2(早く捨てる)
祖母から切り落としたパンの耳を貰い、姉とふたりで神社に行った。盆にはまだ日があり、灯籠も準備されておらず、木枠だけが組まれている。人気はなく、境内は木々に囲まれてはいるものの、セミの声も控えめだった。陽射しは強かったが、吹き抜ける風は気持ちよかった。見遣った向こうに逃げ水の揺れる石畳を並んで歩き、手水舎へ向かう途中で姉が袋からパンの欠片を取り出し、投げた。すぐに鳩がやって来た。群がる数羽に笑いながらぽいぽい放る。ばさばさと空を裂いて、幾羽もの後続が先客の上に乗るようにして降り立った。鳩の群れは咽喉を鳴らし、数え切れないほど集まって、笑っていた姉も悲鳴に似た声を上げながら袋を裏返して走り去る。残された自分の手の中を鳩が見たと思った。間違いなく、見た。ばっと翼を大きく広げ飛び上がると、空を覆うかのように襲ってきた。姉が叫んだ。羽ばたきが幾重にもなって、羽毛を巻き上げた。顔を庇ったむき出し腕に痛みが走る。怖くて目が開けられなかった。
「袋! 早く捨てるの!」
姉の言葉に何か応えたはずだけど、変で嫌なにおいが口の中に広がり、咳き込んだ。
その時だった。「ホラ、こっちだ!」女の子の高い声がした。持っていた袋がむしり取られ、暗がりを作る影が自分から離れた。
「オメーら、行儀悪いぞ!」
離れた砂利の向こうで、自分とそれほど年の変わらない女の子が鳩の群れと上手く距離を取りながらパンの切れ端を撒いていた。
「がっつくんじゃねぇって」
心底楽しそうに笑っていた。さっくりと切り揃えたおかっぱ頭。袖を肩に捲った黄色のTシャツに水色のショートパンツ。日に焼けた真っ黒な手足はひょろ長く、口元からこぼれ出る糸切り歯が印象的だった。
「行った、行った。店仕舞いだ」
少女が両手をはたくと、鳩が一斉に飛び立った。空が一瞬、暗くなる。巻き上がった粉っぽい羽毛と嫌なにおいは、一拍の後、すいと吹いた風に一掃された。
*
斎場での葬儀が済むと、白木の棺を乗せた黒い車を追って藤色のマイクロバスが焼き場へ向かう。木々の合間を縫うようにして右に左に曲がりくねった道を進む。それはうっそうとした森を切り取ったかのようにぽっかりとあった。メモリアルホールなどと云う小洒落た名前の付いた施設で、佳奈子が思い描いていた火葬場とは真逆の印象だった。