セーブポイント
「人生で一度だけ、セーブができるとしたらどうする?」
「セーブ?」
ぼくはききかえした。
「セーブって、ゲームとかにでてくるセーブのこと?」
おねえさんはわらってこういった。「そう」
「セーブポイントを設置するには、『ここでセーブしたい』と強く念じればいいの」
「そうしたら、「セーブしますか?」って聞かれるから、声に出して「はい」って言うのよ」
わかった?とおねえさんはきいた。ぼくはうなずいた。
「セーブしたら、やりなおせるのは一回だけよ」
「やりなおすときは、「セーブポイントまでもどる」って言うの。簡単でしょう?」
おねえさんは、にっこりわらうと、またね、といった。きづいたら、おねえさんはいなかった。
***
高校にあがった僕はふと、あの時の女の子の話を思い出していた。
ふしぎな体験だったな。いまでも、鮮明におぼえている。この国の人じゃないような青い目をしてた。
どうしたの、と彼女が聞いた。僕は笑って、なんでもないよ、と言った。
「他の子のこと考えてたの?」「さあね」
「変なの」彼女はちょっと笑った。
他愛のない会話が、うれしかった。
すべてがまぼろしのように思えた。そして、怖かった。
いまが人生で最高のときだとしたら、ここから先は・・・
これから起こる幸せを、もう一度やりなおしたい。
僕は「ここでセーブしたい」と強く念じた。
***
「なあ」
私はそばにいる部下に尋ねる。
「私の人生は、幸せだったのだろうか」
部下は答えて言う。
「今さら、何をおっしゃるのです。あなたはこの国のトップまで上り詰めたお方ではないですか」
「しかし」
「あなたの決断力は、国民のだれからみてもすばらしいものだった」
他の部下も言う。
「断固たる決断力で経済を再生させ、国民の英雄となった」
「危険をかえりみず他国との、交渉に堂々とした態度で臨んだ」
「断固とした勇気をもって、不正をあばき悪をくじいた」
部下が映像を流して言う。
「見てください。国民がみな、広場に集まってあなたの病気の回復を、願っているのです」
窓の外を見ると、私にも涙を流す国民の姿が見えた。
「私だって何度もやりなおしたい時はあったよ」
セーブしてからまもなく、戦争がおこった。他の国どうしの戦争のとばっちりだった。
逃げても無駄だった。街どころか、国全体が焼かれ、すべては失われた。
最愛の人とはぐれ、次の日彼女を見つけた時には、もうすでにがれきの下で・・・
私は絶望した。この世の中のすべてがどうでもよかった。
すぐに「セーブポイントまでもどる」と言いかけた。
しかし、私はおじけづいてやめた。
やりなおせば、必ず悲劇をくりかえすことになる・・・
それからの私は、がむしゃらに働いた。この国だろうが、よその国だろうが対象など何でも良かった。
彼女に見てもらえなくとも、彼女を奪ったものをなくそうとした。
彼女が心を痛めていたものすべてを、この世からなくすために生きた。
貧しさが問題なのであれば貧しさをなくした。他国に戦争があれば飛んでいって仲裁をした。
もし間違えて死ぬのなら、それで本望だ。
私に優柔不断などという言葉は存在しなかった。
誰もが迷うことでも、思い切り良く決めることができた。
それが国民の支持につながり、すべてうまくいった。
そして私は今、死の床にいる。
「私は、褒めてもらえるのだろうか」私はつぶやいた。
「もちろんです」部下は言った。
「国民はあなたの事を褒め称えてやみません。あなたが亡くなったあとには、石碑がたち、数百年のあいだ語り継がれるでしょう」
「いや、違うのだ」
違うのだ。私は、たったひとりに認めてもらえさえすれば。
あぁ、意識が遠のく。私は、たしかめなければならない。
いつもあなたが、そばにいたのだ。いなくなってすら。あなたがいたから、ここまでやってこれた。
あの日。あのなつかしい場所へ。帰るのだ。
私は最後の息を振り絞り、言った。
「セーブポイントまでもどる」
私の意識は白い光につつまれ、何も見えなくなった。
***
「これでよかったのだろうな」どこかで誰かが言った。
「当たり前だ」もう一人の誰かが答えた。
「我々は『ここでセーブしたい』と強く念じると、『セーブしますか』と頭のなかで強く響く効能のある薬品を開発した」
「だがそれだけだ。セーブポイントなんて、存在しない。ゲームじゃあるまいし。『セーブポイントまでもどる』と言葉にすると、副作用で死に至る薬だ」
「だがあの人間はそれを信じた」
「その通り。セーブがあると信じたから、何をするにも思い切りが良かった。まさか、あの薬にこんな使い道があるとはね。あの役者の女の子の演技も、なかなか真にせまっていたようだ」
「一度ぐらい、セーブポイントまで戻ろうとしてみなかったのだろうか」
「していたら、そこで死んでいるからな」
「やり直しがきくと思い込むということで、結局はやり直さなくてもよいぐらい、後悔しない人生を送れるというわけ、か・・・」
誰かは黙って何かを考えているようだった。
「おい、どうした。そろそろ我々は、我々の星に帰らなければならない。実験の結果を報告するのだ」
「わかっている、だが・・・」
だが、何か大事なことを見落としているような気がするのだ。
***
地球からは、偉大な英雄が死んだ瞬間、大きな流れ星がひとつ飛び出して、すぐに消えたように見えた。