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3ページ目

現在、ムルーフト大陸は大きく6つの大国に分かれている。


武のバドルデレ帝国

知のワイト国

聖のリデバルス聖国

義のテイハイム国

魔のドルテアナ国

唯一妖精が住むナルティア王国


昔は大小多くの国々が存在していたが、殆どは100年程前に起きたスタンピードと、それが引き金となった大凶作によりその歴史に幕を閉じていった。


生き残った国は平和条約締結と共に国と言う形がなくなり残った凶作地帯と、そこに住む難民を平等にそれぞれ自国に迎え入れる事で多くの民を救った。


この決断は英断とされているが、勿論綺麗ごとだけで成り立っていた話ではない。


スタンピードが引き起こした大凶作が飢饉を引き起こしたが、元は豊かな土地である。

閉鎖的な国が消失したその土地を自国に取り込み、行く行くは豊かな土地戻していくと言う目的もあった。


だが幾分ましになったとは言え、未だ土地は豊かさを戻さず。

苦しい生活が農村を襲う蹂躙者を増やすと言う負の連鎖に陥っていた。


そして遂に、今日(こんにち)の苦しい状況を鑑みて、各国の代表者が集まり本格的な打開策に向けた会議が開かれたのだ。




「何を躊躇う必要があるか、早急に深淵の森に入り資材を確保するべきだ!」


興奮で顔を赤く染め唾を飛ばしながら怒鳴る中年の男は、テイハイム国国王デバノである。

粗暴な雰囲気に合う言葉遣いなどから他国から眉を顰められる事も多い。


だがこれはデバノに限った事ではなく、狩猟民族が国の成り立ちであったテイハイム国の民にも言える事だった。


「少し落ち着いたら如何ですか?声を張り上げなくても聞こえます。深淵の森に対しては慎重になるべきです。」


そんなデバノを冷めた目で見る女。

その顔は作り物のように美しく、そして耳の上付近から生えた角が、彼女が人間ではない事を表していた。


デバノは血走った目で自分に意見をしたドルテアナ国参謀リリアを睨みつけた。


「バドルデレ帝国に支援を受けているだけの国は余裕だな。深淵の森に怖気づいているのか?」


「なっ!」


「それを言うなら、テイハイム国とて深淵の森が恐ろしいからこそ、こうして公共の場で騒いでいるのでしょう?」


3年ほど前に大きな代替わりをしたリデバルス聖国皇帝サミュエルがデバノを制する。

頭に輝く豪華な王冠が皇帝の証でもある。それを付けていた前皇帝は既にこの世にはいない。


兄たちが次々に不幸に合い、第三王子であったサミュエルが王位に就いた事には様々な憶測が流れている。


「若造は黙っておれ!…ふん、先代の方がまだ話が通じたな。」


「デバノ王、あまり品が無い事は言わない方が良いですよ。」


分かりやすい侮辱にサミュエルの神経質そうな顔が歪み、ワイト国の王ノアトアがデバノの無礼に口を挟む。


国によってもその困窮具合は様々だ。

だがいずれもどうにかしなければならない状況はどこも同じであり、会議に参加するどの者達も苛立ちや焦りが見える。


収拾がつかなくなり始めたその時、場を制するかのような低く重い声が響いた。


「みな落ち着かれては如何かな。」


今まで事の次第を静観していた男は、壮年を過ぎたであろうに豪華な服の上からでも引き締まった体つきなのが分かる。


6つの国で随一の軍事力と豊かさを誇るバドルデレ帝国の国王ベフルベーズ・デ・バドルデレだ。

口元に蓄えた白髪交じりの髭を撫でながら、ヒタリと見据えるその様はまさに国の頂点に相応しい。


豊かであるとは言え他国と比較すればと言う所である。

貧しい領民からの支援の嘆願書は増える一方で、今は国庫で賄えているがそれもいつまで持つかは分からない。


「この会議は互いを罵り合う為のものか?…今は、深淵の森についてはどうするか決めるべきであろう。」


深淵の森


6つの国の中心に存在している未だ未開拓の森。

見た事も無い素材、手に入れれば一生遊べて暮らせる程の価値を持つ資源に溢れたその森にかつては多くの者達がその森を自分達の物にせんと挑んだ。


だが、その豊かさが原因かは不明だが、森の中には凶暴な魔物が溢れかえり、無事に帰って来られる

者はおらず。帰って来たとしても殆どは精神を壊してしまう者達が殆どであった。


そしてある日何の前触れも無く起きた、スタンピード。

この魔物達が出てきた場所が深淵の森である。


当時の事について、その恐ろしく忌まわしい様子は多くの文献に記されている。

暗い森の奥からおぞましい魔物達が溢れ出し、人々を飲み込んでいく様。


7日間続いた魔物の侵略は、高い魔力を有した優秀な者達の命を犠牲に終わりを迎え、その後、国々は平和条約締結と共に深淵の森への不可侵協定を結んだのだった。


「…であるから、私は今こそ深淵の森に入り困窮する民に資源を分け与えようと申しておる。」


幾分落ち着きを取り戻したデバノが憮然として言う。


「私は反対です。…スタンピードは深淵の森を侵し、大地の怒りを買った結果。そして未だその怒りは治まる事はことは無く、大地は貧しいままです。」


答えたのは男とも女ともつかない声だ。

光が話しているように見えるそれは、先のスタンピードで深淵の森に結界を張る為に犠牲となった1人、前ナルティア国の王女ティレノアーナの娘であり現王女のアイネステレアと言われている。


誰も彼女を見た事がないので真実は分からない。


「そんな事を悠長に言っている場合か?!今こそ国の全軍隊を出し深淵の森の資材を確保すべきだ!」


「資材を確保する事には賛成ですが、デバノ王は早計すぎます!」


「そうか。ならばどうすると言うんだ?我が国は民を救うため、いつでも全兵を森へ向かわせる準備は出来ている。兵力が少ないワイト国はどうだ?」


「…確かに、ワイト国は学者が多いですからねぇ。もし深淵の森へ入るとしてもワイト国からの兵が少ないのであれば確保した資材を平等に分けるわかにはいかないかもしれませんね。」


「待ってください。それであれば、魔力が少ない人間の兵力と我々魔族の兵力では同じではありません。」


再び収拾がつかなくなり始めたのを見てベフルベーズは溜息を吐いた。


伝魔鏡の普及により遠い国同士が集まらなくても会議をする事が可能となった。

だが会議の時間が短くなるわけではない。


この答えが簡単に見つかりそうな会議に答えが出ないのは、言えば根本的な事が問題である。

どの国も深淵の森が、そこに住まい気まぐれに森から出てくる『悪魔』が恐ろしいのだ。


影からの報告によれば、秘密裏に深淵の森へ入っていた密猟者達が1名を残し全滅した。

その助かった1名も片腕を失い精神も壊れている。


何を聞いてもただ笑っているだけらしいが、言葉の断片を聞くに強い力を持つヴァンシー()に遭遇したとの事であった。


その密猟者達の裏に国が絡んでいる事も知っている。

だがそれを今指摘しようとはベフルベーズは思っていない。


手札は多ければ多いほど良い。


多くの人材を失ったが早急に資源が欲しい。そんな国と、資源より失った人材の確保をしたい国、元々兵力が小さく出せる人員が少ない国、信仰心から森に入る事を良しとしない国。


様々な思惑が絡み合い、中々答えが出ないままだった。



「…ギースお前はどう思う。考えを申せ。」


ベフルベーズは己の後ろに控えている男に声を掛けた。


「…資源を確保するために深淵の森へ入る事には賛成です。」


影に潜むように立つ男の目と髪は赤銅色をしており、黒い軍服の服の上からでも分かる鍛え抜かれた逞しい体だ。

その高い身長と鋭い目つきは威圧感すら感じがあるはずだが、鏡の中で騒ぐ誰しもが男の存在に気づいていない。


まるで気配が無いのだ。


「しかし、森から魔物が出ないように結界が張られてから100年の月日が流れています。魔物の生態の変化や本当に未だに潤沢な資源があるのか確かな情報はありません。不確かな情報に兵力を割く事は危険だと考えます。」


人々をスタンピードから救ったのは当時各国を統治していた血族の中でも魔力が高い人物たちであった。


彼らは自分の命と引き換えに深淵の森に結界を張り、こちら側からは入れるが、森側からは魔物が出られないようにしたのだ。


だがそれも完璧な結界ではない。

結界の穴をついて時折魔物がこちらへ出てきてしまう事や、『悪魔』に結界の意味が無い事が未だに問題だった。


「まずは結界が張られた入口から10メーニアの範囲内で調査するに留め、その後再度編成を組み調査の範囲を広げつつ資材の確保にあたるのが良いかと。」


「ふむ…その通りだ。では、すぐに調査団の編成を始めろ。どの部隊を使っても構わん。」


「……は…。」


音も無く下がる男を見送り、ベフルベーズは未だ言い争いを映す鏡に向き直る。

この意味を成さない会議を終わらせなければならない。


彼の優秀な部下はすぐにでも深淵の森へ入る部隊を整える筈だ。

その為に、6つの国がひとつの意見にならなければいけない。


賢王と名高いベフルベーズは溜息を堪えて今一度彼らに語り掛ける。


全ての国から平等な条件を引き出し、彼の優秀な部下たちを深淵の森へ向かわせるために。



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