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13ページ目

アナト不在です

ヴァンシーの蹂躙はこの世界に生きる生物にとっては自然災害に等しい。

人の都合とは関係無く瞬く間に村や街、大きくなれば国をも飲み込んでいく。


今回、バドルデレ帝国も国を100年以上護り続けていた障壁の崩壊に加え中心部の家々が無惨な姿に崩落し、多くの死傷者を出した。


甚大な被害に思えるが、4匹のヴァンシーが襲来した事を考えれば国が残っている事自体が奇跡的なことであると言える。


そして、未だ復興途中という状況の中、今回の顛末や今後のヴァンシーへの対策を話し合うために再び伝魔鏡によって各国が会議を開く事になったのだった。


前回と同じように皆が集まる中、一番先に口を開いたのはワイト国のノアトアだ。


「まずは、此度の災害によって犠牲となった勇敢なバドルデレ帝国の国民に心から追悼の意を示したい。そして、我々に出来ることであれば最大限の支援をさせて頂く。」


彼はヴォルフリートと年齢的にも近く、かつて幼少期ではお互い学友でもあった仲である。

恩を売りたい云々を抜かし、純粋にバドルデレ帝国の力になりたいと考える優しい心の持ち主であった。


「ヴァンシーは単独でしか行動しない魔物でしたのに…まさか、集団で襲ってくるなんて。」


「今後、同じように集団で国を襲う可能性が高いかもしれないな…。」


そう顔色を悪くしているのはドルテアナ国参謀リリアとリデバルス聖国サミュエルだ。

だが、彼女達だけではない。その場にいる全員の顔は強ばっている。

それは今まで無かった此度のヴァンシー達の結束による襲撃に対しての事だけではなかった。


今までに見ない容貌と強さを持つ新種、もしくは異種のヴァンシーが現れた事。そしてそのヴァンシーがバドルデレ帝国を救い、国の最高軍司と何かしらの契約を結んだ。


国同士の力関係が大きく変わる、もしくは少しのきっかけでバドルデレ帝国だけではなく、自国も滅ぼされる危険性を孕んだ事由を誰しもが当事者に問いただしたくて仕方なかった。


そして、その場にいる全員が今回の重要人物であるバドルデレ帝国最高軍司ギース・レンツァルトに意識を向けていた。


彼はその場の張り詰めた空気など関係が無いかのようにバドルデレ帝国国王べフルベーズの後ろに静かに控えている。

そして彼の君主もそれを無視し、ノアトアに視線を向けた。


「ノアトア王よ。労りの言葉、感謝する。だが、復興も当初の予定よりはかなり早い段階で終わりそうだ。」


「は、しかし、家屋だけでもかなりの被害が出たと聞いております。せめて、人手だけでも…。」


そのノアトアの言葉にべフルベーズは首を横に振った。

その表情は彼も起きている事に戸惑っているかのような普段では見ないような様だ。


「我々も当初は復興に時間がかかると考えていた。だが、例の…黒のヴァンシーによって、復興がかなり助けられている状況だ。あとひと月もすれば街の整備は戻り、ある程度日常生活に戻る事ができるだろう。」


「!!」


バドルデレ帝国以外の国々が騒つく。


「有り得ん!!!そもそも、今回の騒動はヴァンシーによるものだろう!なのに、あんな化け物を国の中に入れておくなど…正気の沙汰とは思えん!」


テイハイム国でデバノが噛み付く。


「バドルデレの王よ、あの化け物に洗脳でもされたか?!」


普段であれば彼の物言いを注意する面々も、皆一様に黙りべフルベーズを見る。

それ程までに賢王と呼ばれていた彼に対する不信感が強い事が窺えた。


「ふむ…デバノ王の言いたい事もよく分かる。私が逆の立場であればその国、王の正気を疑うだろう。確かに我々はヴァンシー達によって多大な被害を受けた。場合によっては我が国が滅亡していたかもしれん。…だが、その滅亡を救ったのもまたヴァンシーである事を忘れてはならぬだろう。」


口に蓄えた髭に触れながらベフルベーズが言う。


「彼女…ああ、我が国を救ってくれたヴァンシーは雌の個体なのだが、彼女は他の個体とは異なる。姿形や力だが、何より知能が非常に高く理性的だ。」


「理性が他の個体よりあるからとは言え、他種族を食さないとでも?」


「いや、この国に来る以前は他のヴァンシー同様他種族が彼女の食事だったそうだ。」


「な…っ!馬鹿馬鹿しい!!何が理性的だ!言っている事がおかしいと思わないのか?!」


サミュエルの質問の答えを聞いたデバノが再び吠える。


「彼女は他のヴァンシーとは異なり無闇な殺戮はしていないそうだ。森から出ることも殆どなく、ただ必要な分もしくはテリトリーや自分を狙う物を狩っていたという。」


「それを信じろと?」


「最初は私も信じれなかった。だが、彼女はこの国に来てから我々と同じ食事をとり過ごしている。誰かを傷つけてもいないし、食べてもいない。そして、我々が想像も出来ない魔法により復興の手助けをしてくれている。それが事実だ。」


だが、その言葉を信じた様な表情は誰にも浮かばない。

不安、疑心、怒り。それらを見たべフルベーズは疲れたかのようにギースを振り返った。


「私から説明させて頂きたく存じます。」


主君の意図を正確に汲み取ったギースが一歩前に出る。


「他のヴァンシーに当てはまるかは分かりませんが、彼女は我々と同じ食事からでも栄養を摂り生きていく事ができるそうです。今までは狩って食べるしか手段が無かったと。そして、残虐なヴァンシーと比較し殺戮に快楽を得ないようです。また、村などを襲わなかった理由としては“面倒だし必要がない”と申しておりました。」


「め、面倒?」


「はい。彼女は我々に“食べ物は森に十分にあった。人間は食べもしない生き物を探し、わざわざ遊びで殺して散らかすのか?”と言いました。つまり、彼女にとって他種族は理由もなく無闇に命を奪う物ではなく、等しく食材なのです。」


ノアトアが不安な顔をしつつ納得の表情も浮かべるが他の面々は未だ疑心的だ。


「他種族を食べる食べないだけが問題ではありません。そのヴァンシーが理性的であったとしてもいつ気まぐれに牙を剥かれるかわからないですし、逆に、復興を手助けしている事実があるならバドルデレ帝国はヴァンシーの力をも手に入れたと言う事…とてもでは無いが見過ごす事など出来ません。」


リリアが眼鏡を押し上げながらギースを睨む。

ヴァンシーと言う大きな力がいつバドルデレ帝国に牙を剥くか分からない。その時にこちらまで被害が出る可能性もある。


逆にヴァンシーがバドルデレ帝国に力を貸すのであれば、それも大きな問題だ。


だが、リリアの視線を受けたギースは微かに彼女の言葉を鼻で笑った。


「こちらの言う事を聞く…それは違います。先程言った通り、彼女にとって他種族は等しく食材です。それがバドルデレ帝国の王であっても他国の一般市民でも変わらない。()()()()()()()()()()()()|が彼女には無いのです。」


「だが、やはりそちらの国にのみヴァンシーを置いておくなど黙認できん!!」


「では、デバノ王、貴方の国へ彼女が行けば良いのですか?」


叫んだデバノにすかさずギースが問う。

彼の問いにデバノは言葉を詰まらせ答える事ができなかった。


「彼女を殺す事は、例えば全ての国が力を合わせたとしても無理でしょう。彼女にはそれだけの力がある…ならば、黒の森から出て来た彼女をどうすれば良いのか…。彼女が気まぐれを起こさないよう制御するしか無いのです。」


「軍司殿が交わされた契約では制御出来ないのですか?」


「出来ません。私には何の契約だったのかは分からないのです。ただ彼女曰く、身体的または精神的な契約ではない…とだけ。私が彼女に奴属するわけでも勿論逆でもない様です。一応精神系の呪い等が掛けられていないか魔法研究所には調べて貰いましたが…こればかりは彼女の言う事を信じる他ありません。」


ここで全員が返す言葉もなく黙った。

淡々と話すギースの言葉を全て信じる訳ではないが、確かめる術もない。


一度森から出てしまった危険なヴァンシーを自由にさせるよりはバドルデレ帝国で制御していた方が安全だ。

この会議に参加する全員、歴代一の賢王と言われるべフルベーズには掌握出来る力があると考えていた。


「まぁ…ここまで言われても信じられない気持ちも分かる。そこで、だ。雌のヴァンシーのおかげで復興はかなり早い段階で終わる見込みになっている。その復興が終わり次第、復興舞踏会を開催し、彼女にも参加してもらおうと考えている。勿論、其方たちにも招待状は送るつもり故、自分の目で確かめるが良い。」


べフルベーズの言葉に全員息を呑んだ。


だが、先程のように直ぐに異を唱える人物はいない。各国がお互いの顔色と出方を伺っている様子だ。


ここまでが、べフルベーズのシナリオだった。

ヴァンシーが自国にその力を貸している事で力の均衡が大きく崩れる事を恐れた各国が口を出してくる事は必然。


ならば、各国の恐怖心を懐疑心に変え、それを確かめるチャンスを与える。

他の国が参加する会議の手前、国の代表がこのチャンスを断ればヴァンシーの力に怖気付いた烙印を押される可能性があると考える、絶妙な均衡を保つ国家間だからこそ出来ることであった。


「…何か、万が一でもあれば…「それが無いと我々は確信しているが、其方たちはそうでは無いだろう?」


否定の言葉も封じたべフルベーズの言葉に反論する者はもはや誰もいなかった。


勿論べフルベーズとてアナトが安全であると本気で思っている訳ではない。

だが、そうであっても彼女が出してきた提案は乗る以外の手立ては無いほど魅力的だった。


多少脅されはしたものの、自国の男を気に入っている様子も見える。

こちらは友好的な姿勢を崩さず、彼女の能力を徐々に手の内に入れればいい。


そう、べフルベーズは彼らしくもない短絡的な考えに至ってしまった。

それはこの緊迫が続くあり得ない状況と、賢王と呼ばれ他国の王より優れ彼らでさえコントロール出来ているという無自覚な驕りが原因であった。


だからこそ彼は気付かなかった。

自分の腹心である人物が一つ嘘をついている事に。


既に復興舞踏会への算段へ考えを巡らせている王を、昏い赤銅色が感情も無く見つめていた。



次回からまた二人の絡みになります;

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