表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

12ページ目

ドォオン!!


アナトの言葉と同時に、雄共の拘束がボロボロに崩れる。

その顔は憎悪に歪み、溢れ出る殺気で紅い髪が逆立っていた。


「あれ、やっぱり少しは強くなってるんだね。…ちょっと待ってて。」


そう言うとアナトは雄のヴァンシー達に向き直った。

その際に人間側に防壁を張る。


目で確認できるほどの強力な防壁にギースを含め人間達が一様に驚く。


「黒髪ィ…テメェ、その人間共に味方するって言うのかよ?」


「うん。」


「く、くくく…やっぱりテメェは狂ってやがる。存在しちゃならねぇんだよ、お前みたいなヴァンシーは。」


確かにアナトの行動はヴァンシーにとって、種族としてあり得ない事だった。


そして、本来あるはずの本能と真逆の行動や考え方をするアナトは彼らにとって不穏分子であり、無意識に〝種”として排除するべき対象だった。


「後ろの男共々ブッ殺してやる!!」


「………ねぇ、まさかお前達はギースに手を出そうなんて考えてるの?」


雄の言葉を聞いたアナトの表情が抜け落ちる。


「はっ!当たり前だろ馬鹿が。その男だけじゃねぇ、全員内臓引き出して首に括りつけて木に吊るしてやるよ。」


「いいなそれ!ぐちゃぐちゃに脳みそ潰して食わせた方が面白いんじゃないか?」


「ははは、どっちもやってやろうぜ!」


今まで余裕の態度を崩さなかった彼女の変化に気をよくした雄達は更に言い募った。

いや、()()()()()()()()()


それが虎の尾を踏む行為であるとは自覚せずに。


「…はぇ?」


その気が抜けた声を出したのは、つい今しがたアナトを馬鹿呼ばわりしたヴァンシーだ。

雄が自分の体から腸が引きずり出されたと気づいたのは、太陽の光を浴びてテカテカ光るソレが首に巻き付けられ、アナトが創り出した岩の木に吊るされてからだった。


「ぐ、ぎ、あ゛ぁああ゛ぁ!!」


一拍遅れ、耳をつんざくような潰れた悲鳴が雄から上がる。


「ウルサイ。」


ゴキン

鈍い音と共に雄の首があらぬ方向を向く。


間合いを詰め腹を引き裂き、首を腸で括った後にそれを引き首の骨を折る。

ここまでが余りにも一瞬の出来事で、もう一方の雄も、そして人間達も誰一人彼女と無残な死体から目を離す事が出来なかった。


「さいあくー!飛んできたんだけど!汚いなぁもう。」


この惨状を作った当事者は不快に顔を歪め、絶命前の叫び声で飛んできた血を拭っている。

そして、残りの1匹をヒタリと見据えた。


「…で?お前は脳ミソぐちゃぐちゃにされたいんだっけ?」


雄の顔は先程の威勢の良さなど微塵も感じさせない程に真っ青だ。

そして、たじろぎながら必死に声を張る。


「ま、まま待ってくれ!!殺さない、あの野郎に手は出さないから!!だから…ッ!」


「命乞いしなくて良いよ。お前、死ぬんだもん。時間の無駄。」


ニコニコと無邪気に笑っているその顔は非常に美しい。

だが、その目は冷たく残酷さを孕んでいる。


無情に言い放たれたその言葉に雄は唇を震わせ、持てる最大の魔力であろう。

上空を埋め尽くす程の紅い剣を出す。


「おわ。凄い。」


まるで凄いとは思っていないような口ぶりだが、間違いなく最初の比ではない剣を出した雄は確実に強いと言える筈だった。


「がぁあ!!」


雄が手を振るとアナトと人間達を目掛け剣が降り注ぐ。

だが彼女は自分に降ってくるのと同じ数だけの黒い槍を地面に出し、それを紅い剣に放った。


雄が繰り出した本気の攻撃をいとも簡単に相殺させたのだ。


クルリとアナトが人間達を振り返る。


「よかったー、厚めに防壁かけといて。死んでないね。」


自分に降ってくる剣のみ相殺させたため、防壁は多数の攻撃を受けていた。

だが守られた人間は勿論、防壁にはかすり傷ひとつも付いていない。


規格外の力に呆然とする人間達を尻目にアナトは笑顔をギースに向ける。

その無邪気さにギースは苦笑を返したが、彼女の後ろに迫る影に顔色を変えた。


「アナト!!」


「馬鹿がッ!」


ギースがアナトの名前を叫んだ瞬間、彼女の胸から鋭利な形状となった地面が突き出る。

隙をついたヴァンシーが背中から仕掛けた攻撃が、アナトの体を突き破ったのだ。


紅い唇からコプリと口から血が溢れる。


目を見開き、自らを守る防壁にギースが拳を何度も叩きつける。

だが、強固な防壁はびくともしない。


そんな彼の様子を見て、アナトは微笑んだ。

自分に駆け寄ろうとしている姿がまるで心底嬉しいかのように。


「ぎゃはははは!あの剣は囮だ!!…ヤってやったぜ!!あの黒髪を殺した!!!」


狂ったような雄の笑い声が響く。

最強の種であるヴァンシーの中でも恐れられた黒のヴァンシーを殺したのだ。

雄は未だかつてない興奮と喜びに震えた。


そして、唯一助かる道が途絶えた事で、ヴォルフリート含め人間達は自分の最期を悟った。


この強さのヴァンシーに万が一にも勝てる見込みはない。

だが、せめて国の為に時間稼ぎはしなくてはいけない。


各々が防壁が無くなる前に今一度武器を構える。

その中で、ギースだけがアナトを静かに見つめていた。



「ちょと~!服に穴開いたじゃん!!気に入ってたのに!」


「……は?」


そう言って唇を拭ったアナトは自身の胸を貫通している鋭利な地面を引き抜く。

抜いた後には破れた服のみで、傷一つない白い肌があった。


「ふふ、びっくりした?生まれてすぐに再生能力のあるドラゴン食べたからその能力も持ってるんだよね。」


アナトは唖然としている雄に向き合う。


この世界にはドラゴンが存在する。

人間と共存する数少ない魔物であり、非常に知能が高い。


だが、再生能力を持ったドラゴンなど人間達からすれば御伽噺であり、ヴァンシーにとっては手を出すことが憚れる強敵だ。


それを食べた、しかもまだ力も弱い生まれた直後となれば異様さが分かるであろう。


「まぁそんな事はいいか。……で、さ。お前はもうおしまいかい?」


死んでよ。

彼女が言わんとする事をいち早く理解した雄はハッとしたかのように背を向けて逃げ出す。

その速さは人間では到底追いつけないであろうスピードだった。


「つまんないなぁ…。」


そう呟いたアナトが軽く地面を蹴った、次の瞬間ーーー・・・


「離せッ!離せぇッ!!!」


逃げていた筈の雄はアナトに頭ごと掴み上げられていた。

哀れにも足をバタバタと暴れさせる。


「いやだ、死にたくない!たすけて…ッ!」


「死にたくない、ね。だからお前は弱かったんだ。盗む者は盗まれる事を、侵す者は侵される事を。……そして、殺す者は殺される覚悟をしてなくちゃいけない。」


ギリギリと力を込めれば悲鳴も上げずに簡単に、まるでトマトのように雄の顔は砕け散った。


「あ、脳みそ食べさせるつもりが顔握り潰しちゃった。」


血やら内臓の液やらでベトベトになった手を振りながら、2匹を倒した事がまるで何て事無いかのように言う。


多くの命を奪い、絶望を与えたヴァンシー達は彼女に傷一つ負わせる事無く絶命した。


そして、今日の事はすぐに世界各国の知る事となる。

普通のヴァンシーとは異なる黒の色彩を持ったヴァンシーの強さと、バドルデレ国の軍神と契約を結んだという事。


それが今後どのような騒動と思惑、陰謀を引き寄せるか、それはアナトには関係ない事。

所詮、彼女にとって取るに足らない弱い種族が、騒ぐだけの事であった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



全く。言うほど大したこと無いくせに態度だけは大きいんだから。


雄共を殺した手を魔法で出した水で洗う。

素手で殺すのは良いけど、こうやってキレイにしなきゃいけないのが面倒だよね。


よし、キレイになった。


防壁を解いてギースに近づく。後ろの人間達は皆後退りして剣を構えるけど気にしない。


ギースに触れたい。

今まで感じた事がないそんな思いが胸を占め、近づいた勢いのまま手を広げて抱き着こうとする。


だけどギースが体を硬くし息を詰めたのを見て私は止まった。


…あ、何か今、凄く…。


広げた手を力無く垂らす。だけど完全に垂らす前に私の手をギースが掴んだ。


「…え?」


「すまない。貴女のお陰で助かった。………だから、そんな顔をするな。」


そんな顔?分からないけど今の私の顔はギースにとって罰が悪そうになる様な顔なんだろう。


「…アナタじゃないよ。」


手を掴んでいたギースの手にスルリと自分の指を絡ませる。

ガサガサしてて、硬くて、剣だこがある大きな手。


「…アナト。」


「うん。」


今の私の顔は自分でも分かる、だって名前を呼んで貰うだけで何だか楽しい…?気持ちになるんだもん。

ギースはきっと私の事を恐ろしい化け物と思っているのかもしれない。でも、そんなの関係ないや。


「アナト。…殺すなら出来れば一思いに殺してほしい。」


…は?

人が良い気分に浸っているのに何を言い出すんだ。


「隊長……ッ!」


「ギース隊長!」


「ギースッ!!」


後ろの人間達まで騒ぎ始めた。何だ何だ!?と言うか!


「え、イヤイヤイヤ。ギースは殺さないし!やだよ!もうサヨナラなんて!?」


せっかく手に入れたのに!言い方か?私の言い方がダメなのかー!?


「…?ならば俺はお前に何を差し出せばいい。」


「え、本人?」


「……食うのか。」


「イヤイヤッ!!!食べないから!私はギースと一緒に居るの。」


そう言ってもまだ理解できないとでも言うかのような顔をしている。うーん、人間はこう言う時は何て言うんだ?


…あ、コレだ!!

パッと閃いた言葉を口にする。


「アナタは私のウンメイの人なの。だからケッコンして下さい。」


言ってる内容はよく分かってないけど、人間の時の記憶がこれを言えばずっと一緒に居られる。って結論付けてる。ドラマとかで使ってた言葉だから間違いない!


でも、あれー?ギースが固まっちゃってる。

ハッ!まさか…


「……嫌、とか言う?」


ニコリと微笑んでギースに問うと勢い良く顔を左右に振る。後々、この時の私の目は1ミリも笑っていなかったとギースは語った。


「良かったぁ。じゃぁ私、この国にしばらく住むから。」


「ヴァンシーを国に置くなど…!」


「お前だけじゃなくてこの国が誰に助けられたかもう忘れたの…ねぇ、デンカ?出来ない、何て言わないでしょ?」


こっちにも微笑んでやり、ついでに後ろの人間達にも微笑めば皆勢い良く顔を上下に振る。そんな勢い付けてたら首取れるよ?


「あの、どうでもいいが胸を隠さないか?」


そう言ってギースは自分の服を私の肩に掛ける。

穴が空いてたんだった。


………空気読めないギースも良い。




叫び出したい様な渇きは、一人の人間を手に入れる事によって満たされた。

そんな存在である彼が私から逃げると言うなら、私は迷わず殺してしまうだろう。でもギースが居ない世界なんて想像できないのも事実。


だから、ねぇ。

もっともっと堕ちてきて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ