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少し長めです
そこは街が拓けた場所で、元は公園みたいな所だったんだろう。今はキレイに更地になっちゃってるそこかしこに死体が散らばっていた。
転がっているのは一般市民ってより、この間森に来ていた騎士みたいな奴らばかり。
えっ、と?雄のヴァンシー2匹に行きている人間が50人くらい。
あれ、ヴァンシーが2匹になってる!凄い凄い、もう1匹殺したんだ。
人間の方を見ると、見た事がある気がする、やけにキラキラした男を皆囲むようにしている。
「殿下!ここは我々に任せて城へ!!」
んん、キラキラはデンカと言うらしい。
「馬鹿を言え!お前達を置い逃げれば、何のために私は…ッ!!」
おー、ウツクシイ友情?ね。でも皆ボロボロ。デンカだって剣は構えてるけど右腕が垂れ下がったままだ。
デンカの一番近くで守るようにしているのはザクだ。
こっちもボロボロになってる。
デンカの言葉を聞いてザクがデンカの胸ぐらを掴む。
「…お前が死んだら、お前を守って散った命にどう報う。この状況ではお前は足手まといだ。」
怒っているような感じには見えなくて、あくまでも冷たくて淡々とした言い方だ。
ただし、その目は苛烈な色でデンカを見据えてる。
「……っ、だが…」
なるほど。よく分からないけど、このデンカって奴を守るためにザクも守りに徹しなきゃいけないんだ。なんてバカなんだろ。
「お願いです、行ってください!」
「国のためにも…殿下!」
デンカ、デンカと周りの人間達が叫ぶ。
当の本人は何か苦しそうな顔をしたけど、それを堪えるように頷いた。
んん、何か話がまとまってきてるみたいだけど、そう簡単にはいかないと思うなぁ。
だって目の前の雄達は殺せた2匹とは比べられないくらい強いみたいだし。
「おぉい、ごちゃごちゃ言ってるとこ悪ぃが、誰一人生きて帰さねぇよ?」
ニヤニヤ笑いながら雄が言う。ムカつく笑い方だな。
そのヴァンシーが手のひらを人間達に向けかざすと、10Mの横幅がありそうな火の玉。ってかマグマ?が創り出される。
「姑息な防壁張りやがって。まぁ、1人の力でどれだけ耐えられるか見せてくれ…よっ!」
言いながら腕を振りかぶり、人間達へとソレを放つ。
だけど、攻撃が当たる寸前にその炎は跡形も無く消え去った。
「チクショウが!!!…本当、目障りだなぁ、お前。」
放った雄が睨みつけているのはザクだ。
ザク1人で攻撃を防いでる。
「ははは!ほら、どけよ。次は俺の番だ。」
「…チッ。」
もう1匹が前に出る。
どちらの攻撃で防壁が崩れるか、順番に仕掛けているらしい。完全に楽しんでるね。
だからこそ、人間ごときがヴァンシーの攻撃を吸収している異様さに気づかない。
ただの防壁なら、完全に攻撃が無くなることは無い。
自分の身を防ぐ事はできるけど、その防いだ攻撃は大なり小なり散らばって周囲に被害が出る筈なんだよね。
でもあれはそうじゃない。
防壁と転移を合わせている気がするけど、私でもすぐに詳しくは解析できないな。
いずれにせよ、ヴァンシーであれ他種族であれこんな魔法を使う奴は見た事がない。
ふふ、すごいなぁ。
どれだけコイツは楽しませてくれるんだろう。
前に出た2匹目の雄は、上空に沢山の紅い剣を出現させる。
大の大人よりも大きいであろうその剣は、少しでも体に掠ると消滅しちゃうものだ。
「いくぞオラァ!!!」
雄はそれを人間達に放った。
ドドドドと言う地響きにも似た音を立てながら剣が人間達に降り注ぐ。
余りの衝撃に土煙が上がる。
あちゃー、今回はどうだろう…。
結構な威力のはずだけど。
もしや全滅した?と思いつつ見ていると、煙が風で晴れていく。
そこには無傷の人間達。そしてソイツらを背に立つ赤銅の男。
魔力はどんな種族であっても無尽蔵じゃない。まして奴は人間だ。
既にザクはかなりの魔力を消費しているみたいで、その証拠に息が上がり始めて額には汗が浮かんでいる。
一体どれくらいの時間1人でこうやって人間達を守っていたんだろう。
このままずっと魔力を使い続けたら確実に死ぬ。
でも、防壁を解いてヴァンシー達へ向かったとしても2匹相手に疲弊した状態のザクがどこまで戦えるか。
しかも、後ろの人間達を守りながらなんて無理だ。
そう私が思っても…この先には死しかないであろうに、絶望を映さない獰猛な赤銅の瞳。
同じ色の髪が土煙に舞っている。
鍛え抜かれた身体。
太い首や腕
広い肩幅
ゾクリ、
その目を見た瞬間私の体に何かが駆け抜けた。
欲しい。
あの森で感じたそれは、食欲かと思っていたけど似ているようで全く違う事に気づいた。
今、あの目を見てやっと分かった。
ヴァンシーになってずっと埋まらなかった何かが彼処にある。私の渇きを満たす何かが。そう直感した。
攻撃を防がれたからだろう。雄共は怒りに顔を歪めたが、ふと何かを思いついたかのように1匹が
笑う。
「あーぁ!もう、飽きた。あの黒髪も出て来ねぇし、人間どもはうざってぇし。」
そう言って魔力を練っていく。
何をしようとしているか気づいたもう1匹も笑い、同じように魔力を練り始める。
「ああ、全くだ。さっさと片付けちまおう。」
そうして創られた2匹の炎が混ざり合い、さっきの火の玉よりずっとずっと大きな塊になる。
「…なッ!!」
「くそ!我々も防壁を張るんだ!!」
「殿下の転移はまだ出来ないのか?!」
人間達がざわつき、何とかデンカを逃そうとする。
でも残念。雄共によって逃げられないように妨害魔法がかかって発動できない。
それを見てザクが顔を歪めて唇を噛んだ。
ジワリと血が滲む。それが男らしい顎を伝い、ぽたりと地面に落ちていく。
ーーあぁ、ダメだよ。血が出てる。血の一滴さえも…私のモノだ。ーー
雄共が醜悪な笑みを貼り付け、炎を放ち、残った人間達とザクがデンカを庇う様に前に出た。
「ハハハッ!やっと死んだぜ!!ゴミ共がッ!!」
「かなり殺したなぁ。あの人間も中々だったし、俺達黒髪より強くなったんじゃねぇか?」
「今の炎ヤバかったよなぁ!俺達なら黒髪殺せるんじゃねぇか?」
「黒髪って、私のコト?」
「「!!?」」
目の前には固まる馬鹿面の雄共。
「お前は………。」
私は惚けた様な声を背にして、雄共とザクの間にいた。
まぁ、馬鹿共は置いといてクルリとザクに振り向く。そして確信する。
やっぱり私はこの男が欲しい。
私の縦に割れた瞳孔や体に散る鱗を見て、ザク以外の人間達の顔に絶望がよぎる。
「もう1匹ヴァンシーだと…ッ?」
「そんな…。」
ザクも戸惑ったのは一瞬、私の目的が分からないからか、あの目を向けてきた。
生きる事を諦めていない目。
ふふ、ゾクゾクするねー。
そこで馬鹿共が立ち直ったのか僅かに震えた声で怒鳴り散らす。
「黒髪ィ、やっぱりこの国にいやがったか!!」
「おい、邪魔すんじゃねぇ。てめぇはソイツ等の後にぶっ殺してやるよ!」
んー。
「ウルサイ。」
私が右腕を上げると雄共の下の地面が盛り上がり、一気に2匹を鼻下まで飲み込む。
それに強化魔法をかければ簡単には抜け出せないだろう。
騒がれるのも嫌だから口も覆ったけど言葉にならない唸り声をあげてる。
うるさいけど、それまで構う程暇ではない。だって、早く手に入れないといけないんだから。
ザクへ振り向くと後ろにいる人間達が一斉に剣を構えた。ありゃ、警戒されてる。
まぁ、今まで自分達の生死を握っていた雄共を一瞬で動けないようにしたんだから仕方ないか。
えーっと
「コンニチワ。」
し……ん。
「あれ?違う?挨拶だった気がするんだけどな。じゃぁゴキゲンヨウ?イイテンキネ?ダッフンダ?」
「……いや、最後のは知らない。」
あ、ザクが反応してくれた。反応してほしい時はダッフンダなんだね。(違う)
「私はヴァンシーです。名前はまだ無い。」
敬語とタメ口が混ざってるけど仕方ない。なんせ人間相手に会話する事自体中々無い。不恰好だけど挨拶と自己紹介は大切だから兎に角笑顔で感じ良く。
ヴァンシーって言ったら後ろの人間達が2、3歩下がってしまった。
いかん、優しく語りかけなきゃ。よし。
「このままお前らは死ぬよ。」
満面の笑みで。…あれ?
次の瞬間、ザクが地面に落ちている剣を取ろうとするのに気付いて素早くその上に手を重ねる。
この間は私を信じたくせに、敵になる可能性があれば迷いなく剣を取る。
やっぱりイイネ。
「!」
「ごめんごめん、間違えちゃった。…えっと、このままじゃお前らは皆殺しにされちゃうよ。だけらさ、ねぇ、私と取引をしません?」
「…取引?」
ザクの目が訝しげに細められる。
「うん。お前ら全員助けてアゲルよ。」
それを聞いて後ろのヴァンシーが更に騒ぎ立てるが、知らん。無視!
「みぃんな助けてアゲルよ。私、強いもん。」
ザクに近づき甘く甘く囁く。少し身を引かれたのが悲しい。
「……条件は。」
ザクの男の目が揺らぐ。
もしかしたら、本当はもう駄目だとどこかで感じていたのかもしれない。
自分だけではなく、デンカの命も無いだろうって。
だから私はそこに漬け込む。欲しいモノを手に入れるために甘い毒をあげるんだ。
「お前。……お前を、頂戴?」
「待てッ!!!」
それまで青い顔で成り行きを伺っていたデンカが前に出てきた。ザクは肩でそれを制するが、デンカは必死な顔でこちらに身を乗り出して来る。
「私を、私を捧げよう!!煮るなり焼くなり好きにすればいい!だから…この者には手を出さないでくれ!!」
「ヴォルフ!!」
ザクがデンカの名前を読ぶ。ふむ、キラキラの名前はデンカはじゃなかったのか。
「相手はヴァンシーだ、本当に助けるとは思えない。それに、どちらにせよお前一人が犠牲になる等あってはならない!代わりに俺がッ!」
ザクなんかお構いなしに言ってるけど。
何、コイツ。
「黙っててよ。」
私から溢れた殺気で二人とも石のように固まる。だって、だって。すんごーっく腹立つ。
「お前はなんかいらない。私が欲しいのはこの男。何にも出来ないで守られる事しか出来ない無力な奴は邪魔しないで。」
「……ッ。」
デンカの顔が複雑な感情で歪む。
「周りの死体はお前を守る為に死んだんじゃないの?お前を逃そうと皆が必死になってお前の前に出て行ったのに、そう言う風に自分を捧げようなんて言う。俺が俺がって、自己犠牲も大概にしなよ。…そうゆうの、キライ。」
きっとコイツは守られるべき立場の人間。
そしてそれを受け入れなければならない筈だ。
それが出来ないのは、コイツを守っている人間達、守って死んでいった人間達に対する冒とくだ。
「もし、俺が先程の条件を断ったら?」
ザクが聞く。
「人間達が皆殺しされたのを見た後にあの雄共を殺す。」
お前だけは助けるけどね、とは言わない。
「助けてもらえる保証は?」
「未だにお前達が死んでいない事が保証だと思うけど。それに、私負けないもん。」
あっけらかんと言い放つ。相手はヴァンシーだって言うけど、私が純粋なヴァンシーだったら既にここにいる人間達…いや、この国は無くなっているはず。
雄共に関しては、あの程度の捕縛で身動き出来ないんじゃ、まだまだ私のが強い。
「…ふ、まさかこんなに早く捕らわれるとは……黒のヴァンシー、貴女に俺をやろう。力を貸してくれ。」
最初何を呟いたのか小さな声だったから分からなかったけど別に気にしない。
だって口にしたんだから、私に自分を捧げるって。
「お前の名は?」
「ギース・レンツァルト。」
真っ直ぐに見つめる瞳。
これは、契約。
「ギース・レンツァルト。私に、名を。」
「……名…。」
意味など無いけれど、私にとっては大切な契約。
私の、証。
「……アナト。」
「アナト…。私の名は、アナト。」
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その契約を、誰もが息を詰めて見つめていた。
やがて名が与えられた黒のヴァンシーの紅い瞳孔が妖しく光り、唇が笑みの形を象る。靡く長い黒髪が顔を縁取る姿は。
状況を忘れるほど妖艶であり、美しかった。
アナト
それは古の神の名だ。
美しく、血にまみれた、戦いの女神。
これでお前は
「私のモノだ。」




