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9ページ目

危機回避能力は野生動物が生きていく上で必要不可欠な能力だ。


自分の命に関わる恐怖を予兆として察知し鋭い感覚で危険を回避する能力は、生まれてから常に死と隣り合わせで生きる野生動物達の特別な能力であろう。


だが、発達した文明に頼っている人間にその能力は未だ健在だろうか?

狩る側だと疑わない人間にこそ、その能力は必要であると言えないだろうか。


己の命を脅かす存在に気づくために。





「おいおい、噂通りの美人じゃねーか。」


「可愛いお嬢ちゃん〜どこから来たんだ?」


「女一人フラフラしたちゃ危ないぜ。俺が案内してやるよ。」


「お前が一番危ないっての。お嬢さん、コイツは悪〜い男だから俺が守ってあげるよ〜。」


「ありゃ、震えちゃってんじゃねーかよ。ははは、お前らはお呼びじゃねーってさ!」


目の前にはいかにも頭と柄が悪そうな男達が数人。

まさに三下が言いそうな陳腐なセリフと一緒に通路を塞がれちゃったら…


笑うしかないよねー!

面白すぎて体が震えちゃう!


「アンタ、この国の人間じゃないだろ?今日泊まる所決まってんの?何ならタダで宿提供しても良いよ?」


「お前が行くのは連れ込み宿だろーが。コイツも信用できないよな、お嬢ちゃん?」


こう言う奴らなんて言うんだっけ…あ、モブだ!

本当にマンガみたいだなぁ。くふふ。


「なぁ、お嬢ちゃん……あん?なに笑ってんだ、お前。」


「人が話し掛けてんのに失礼なんじゃねーの?」


「あ〜ぁ、サシとゼブダは怒らせると怖いぜ。まぁ、俺達あんま気が長い方じゃないんだよね〜。」


「おい…おい!」


むさ苦しい男達に囲まれ、その内のゼブダと呼ばれた一人が目の前に迫る。


んー、


「うるさい虫達だな。」


………


「んだと、テメェ…。」


「虫如きが私の前に立つな。邪魔だ。消えろ。」


ドゥーユーアンダースタン?

迫った男以外も私の言葉に顔色を変える。


「お嬢ちゃん、いくら女だからって、俺が痛めつけねーとでも思ってんのか?」


逆にこの見た目で紳士的だったら面白いわ。

でもさ、そんなことより。


「痛めつける…お前達が私を?痛めつけられるの間違いじゃないのクソ虫が。」


言った瞬間、男が拳を振り上げた。

あーあ。今日来たばっかなのに、もうお終いかぁ。


男が振りかざした拳を引きちぎり、そのまま首を刎ねる。

他の男達も一瞬で胴体と頭をサヨナラして、こちらを遠巻きに見ていた他の人間達が叫びながら逃げ出す。


それを一人残らず殺す。

一瞬でそこまでの流れが見えた私はその通りにしようと手を上げた。


けれど、先程のイメージが実現することは無かった。


私の伸ばした爪が獲物の命を正しく刈り取る前に、男の振り上げた拳を止めた人物がいたからだ。


「女に手をあげようとするとは、バドルデレ帝国の人間として恥ずべき行為だ。」


背後から男の拳を受け止められる程に迫っていたその気配に、私が気付かないなんて。


その人物。

私が会いに行こうと決めた人間。


黒い軍服に身を包んだザクが、男の手首を掴むようにして拳を止めながら私を見下ろしていたのだった。


「テメェ…おぉ、誰かと思えば軍神様じゃねーかよ。」


「勘違いしないでほしいなぁ。俺達はこのお嬢ちゃんが1人でフラフラと危なっかしいから心配で声掛けただけだぜ。」


「とてもそうは見えなかったがな。」


嘯く男に冷たい声が返す。


「それはアンタの目が悪ぃだけだっぃててて、いでぇえ!!は、離せ!!手が…っ折れ…っ!!」


「おい!!!何しやがる!?」


「…相手の力量を図る事だな。痛い目に遭いたくなければ。」


「いっつぅ!!…チッ、クソが!!」


ザクに取られた手をギリギリと音がしそうなくらい痛め付けられた男が、絡んで来た時と同じくらい三下のセリフを吐き、他の男達を連れ逃げて行く。


本当、どこの世界にもああいう奴はいるんだなぁ…。

なんて現実逃避。


ザクが男達を追い払っているその間、私が何をしていたかと言うと…何も。


「…大丈夫か?」


固まったまま振り向きもできない。


いや、会いに行こうと思ってたよ?!

でもでも、不意打ちすぎるタイミングはこちらの心の準備がさ!

って、心の準備って何だよ。そんなの必要ないでしょ。


いやいや何一人ツッコミしてんだ私!


「どうした、どこか怪我をしたか?」


動かない私を覗き込んできたその顔は…うん、間違いじゃなくてやっぱりザクだ。


「…っ、だ、だいじょうぶ…。」


森にいた時は、ザクを目にしたら直ぐにでも肉を味わってやろうと思っていたのに、そんな気が起きない。食べすぎたかな。


「そうか。恥ずかしながら、大通りから離れた路地裏にはああ言った素行の悪い男達もいる。あまり女1人でフラフラしない方が良い。」


色んなお店に寄って楽しんでいたら、いつの間にか人通りの多い場所から離れていたらしい。

でもこんな所でザクこそ何をしてたんだ?


「宿はどこだ?送っていこう。」


「え!だいじょうぶだから!」


「いや、貴女を1人にはできない。」


「平気!もう人通りの多いところから離れない。」


「そうは言ってもここから大通りへどう行けば戻るか分かるのか?」


「…わ、わかる…。」


「その様子は分かっていないだろう。それに、大通りであっても安全とは言い切れない。」


ぬあー!しつこいな!

お前そんなレディーファースト?だったの?!


「私まだ用事があるから。ていうかしつこい!」


「しつこいだろうと言う事は自覚しているが、いつもこのように引かない訳ではない。」


「自覚あるなら…「だが、何より、俺が貴女を心配なんだ。」


…………。


「途中、までなら、イイヨ…。」


宿なんて適当に目立たなそうな家の人間食べて寝床にしようと思ってたんだけど。

まぁ…大通りに出たら適当にコイツを撒けばいいか。うん。


「ああ、ありがとう。では、案内しよう。」


ザクが私の背中に手を当てる。

これはもしや噂のえすこーとと言うもの?!こいつ手慣れてるな。むぅ……。



「今日こちらに来たのか?」


「うん。」


「そうか。どうだ、この国は。もう見て回ったのか?」


「うん。おいしいものタクサン。」


「そうか。…1人で?」


「うん。」


背中に添えられた手が気になりますぎて適当な返事になっちゃう。


「…誰かに、会いにでも?」


「まぁ、そんなところ。」


お前にだけどね。

ザクのただ添えてあった手のひらにグ…ッと力がこもる。


「……そうか……。」


何だか空気が薄くなった気がするけど気のせいか?

ザクを仰ぎ見ようとしたけど、いつの間にか戻って来た大通りへと背中を押されてた事で叶わなかった。


「トリマージュのモアトはもう食べたか?最近かなり人気の菓子なんだが。」


「菓子?」


「ああ。綿のような見た目で、口に入れると甘くて溶けていくらしい。」


えー!それってワタアメみたいなものかな。

オマツリでよく食べたなぁ。

ちょうどしょっぱいものばかり食べたし、デザートにしても良いかもしれない。


「良ければ、案内させてくれないか?」


モアトが気になってソワソワしているのがザクに伝わったらしい。

笑いを含んで声で言われて、そのまま大通りを進まされる。


「ちょと!まだ行くなんて言ってない!」


森の時と印象が全然違う。

助け方だとか、そこからの案内がちょっとチャラすぎない?!

そう言えば、ザクにあった衝撃で忘れてたけどさっきグンシンサマって呼ばれてたよね。


いつか食べてやろうと思った奴だよね。

魔物を一人で倒しちゃう奴だよね。

一部の女に人気の奴だよね!!


「あのさ!お前、一部の女に人気なんでしょ。そいつらと行けばいいじゃん。」


さっきから大通りですれ違う女達もザクをチラチラ見ている。


たまたま私が誘われてるけど、別に私じゃなくても良いんだろうし。

そもそも私ヴァンシーだし、こいつを食いにきた訳だし。


なんか分からないけどムカムカしていると背中からザクの手が離れた。

手を離し、立ち止まったザクを振り返る。


「もう一度言うが、いつも女性に声を掛けている訳でもこのように強引な訳でも無い。」


そこには、ただ真っ直ぐにこちらを見る赤銅の色があった。


「…貴女だからと言えば、信じてもらえるだろうか。」


そう言って、握るでもなくただ添えているかのように、ザクは私の指に自分の指を触れさせる。

あの森で感じる事がなかった熱を感じた。


「正直俺は貴女が俺に会いに来てくれたのではと期待した。」


「…は、」


「自惚れだったが、こうして姿を見れてよかったと思っている。」


生命を簡単に切り裂ける私の指に触れ、ザクが笑う。

その言葉の意味が分からないほど馬鹿ではない。


「…自惚れじゃないかもしれないよ。お前を、殺しに来たと言ったらどうする?」


硬化し長くなった私の黒い爪が、ザクの硬い指の皮膚に食い込む。

少し力を加えれば、すぐに皮膚を突き破るだろう。


それでもザクは避けることもしない。

ただそっと、私の指に触れている。


「その時は、全力で抵抗させてもらう。ただで死ぬ気はない。」


そう言ったザクの目は指先の優しい触れ合いなんて無いかのように鋭くこちらを射抜いていた。

その目に映る感情は…。



ドカァアァン!!!!!


「!?」


ー…キャアアァ…ー

ー…わぁあ…ー



それを読み取る前に、大きな爆発音と叫び声が遠くで響き、次いで大きな魔力を感じた。


「これは…。」


「様子を見ていくる。この国の住人は何かあった際の避難訓練を受けている。貴女は周りの人間と一緒に安全な場所へ避難してくれ。」


「は?私に何か起きるとでも?」


食物連鎖の頂点であるヴァンシーさえも喰らう私が避難?

あれ、もしかして今までの会話、すれ違っている?


「ふ、貴女は考えが顔に出やすいな。…貴女の強さを疑っている訳では無い。これは、俺の我儘だ。」


そう言って笑ったザクがの手が指先から手首に移り、柔らかく握ってから離れて行く。

もう一度私の目を真っ直ぐに見つめてから、ザクは爆発音の方向へと走っていった。


「…あーぁ。」


これが死亡フラグと言うのだろうか。

ザクは何が待ち受けているのか知らないのだろう。


常人ではあり得ない大きな魔力。

この質、凶悪さは…ヴァンシーだ。


それも1匹じゃない、4匹はいる。


普段なら気にしない。

誰が何に襲われてようが、命を落とそうが、それが弱肉強食で自然の摂理だ。


「…でも、バング美味しかったしな。」


それに。

私の獲物を取ろうだなんて…


許せないよね。


最近増えた言い訳のような言葉を吐き、私は逃げる人間達とは反対方向へと足を進めた。


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