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どこまでも続きそうな大きな街は、遠くに薄っすら見える壁にグルリと囲まれている。
路地裏は薄暗そうではあるが、表の通りは人通りが非常に多く、街中は活気に溢れていた。
整頓された石畳と家々はまるで映画のセットのようだ。
屋台も多くあるようで、昼時だからか多くの人間が外で食事を取っており、街の中にある綺麗に整備された水路では、子供達が水浴びをして遊んでいた。
高い壁の東西南北4か所に出入口があるようで、強固な造りであろう門前と壁上には兵士が周囲に目を光らせている。
街の中央ある建造物が王城である事は一目で分かるが、その造りは豪華と言うよりは要塞に近い。
武の国バドルデレ帝国。
ここまでバドルデレ帝国が周囲の国よりも復興が進んだかと言えば、第一に数多く存在した国々の中でスタンピードの被害を最も最小限に食い留めた事が大きい。
旧バドルデレ国国王ファウスト・デ・バドルデレは領土拡大や資源確保のために周辺国との小競り合いを行うよりも、国内の軍事態勢と国を囲む防壁の整備を優先した名君である。
また、周辺の小国との関係も常に中立を保ち時には物資の支援や国同士の橋渡し役を行っていた事で、後にスタンピードで消えた国の領土と民を吸収する際にも大きな反発は無く、スムーズに復興に着工する事が出来たのである。
さらには、当時バドルデレ国が吸収した国の一つでは、生命力が高く天気や土地の栄養に左右されにくい作物が主食とされており、これも後の食糧難を救った。
中にはバドルデレ国の傘下に自ら下る事を志願する国もあったほどだ。
こうして領土を広げ旧バドルデレ国はバドルデレ帝国と名を変え、より強固に街を造り変え現在に至る。
そのような歴史がある国が誇る最も強固な建築物。
偉大な魔法使いが残した防御魔法に守られた王城の中、バドルデレ帝国第一王子ヴォルフラムと執務室の机に向かっていた男、ギースは窓の外に目を向けた。
目の下のクマは相変わらず濃く、その温度の無い目をさらに鋭くしている。
「…気の所為…か。」
暫く眺めた後、小く呟くと再び机の上に積まれた書類に目を戻したのであった。
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ザワザワと眼下に広がる人間の営みはまるで祭りのようだ。
ザクに会いに行くと決めた後、私はしっかりと荷造り(と言っても非常食と食べた人間が残していた金類と魔物から出た魔石を持っただけ)をして、ザクの魔力の残滓を追った。
転移を使ったから数秒ではあったけど、私にとってはまぁまぁ冒険。
やっぱり森とは全然違う様子に、とりあえず上空待機。
「どうするかなぁ~ザクの場所はもう分かってるけど。アイツ変に感が良いから気を付けないと気づかれちゃうしな。」
街の中央にある大きな建物。
城と言うには無骨すぎる造りのその中にいる事は分かっている。
取り敢えず、街に降りてみようかな。
見た目を人間に変えてついでに栗髪碧眼にする。
…前世も黒髪黒目だったから、なんだかすごく違和感。
少しほつれているけど、服も白いブラウスと紺のロングスカートにかえて(これは別のヴァンシーが攫った女の1人の物だ。既に衰弱死してたから、ヴァンシーを食べるついでに食べてあげて服も貰った。)
屋台が集まっている通りの一本裏の道に降りる。
決して屋台の匂いに魅かれたからではない!
不可視を掛けたから誰にも気づけれていないはず。
狭い路地から大通りに向かう。
だんだんと近づく美味しそうな匂いと活気、人間達の声。
「うぁ~!」
視界が開け、そこに広がる光景に思わず声が漏れる。
空から見るのと全然違う!
人間達の熱量…生きている力?それを直に肌に感じて、鱗があったら逆立っていたかもしれない。
しかも色々な屋台で出ている食べ物がすっごくいい匂い~。
金品持っているし、ザクに会いに行く前に少し寄り道しても良いかもしれない。
キョロキョロしながら見て周る。
これだけ沢山のお店があると悩むなぁ、なんだかオマツリみたいで楽しい。
ヒソヒソ…
ヒソヒソ…
…?
何かすごく見られてる?。
視線を感じた方を見るけど、ササ…ッと顔を逸らされた。
え、もしかしてちゃんと人間に見えていないのかな。
爪は…短い。鱗も…出てないけど…。
(おおお誰だあの美女は!ここらへんで見かけた事ないぞ)
(キョロキョロしてる!かわいい!)
(おい、お前声かけろよ。)
(いやいや無理に決まってるだろ!)
…まぁバレたら殺せば良いだけだし、気にしないでいっか!
それより何食べようかな~。
あ、あれサンドイッチに似てる。
チュロスみたいなものもある!
良く見れば屋台だけじゃなくて肉や魚、花や服、色々なものが売っているみたいだ。
そいえば森では肉ばかり食べてたけど、魚も久しぶりに食べたいな。
ジョシダイセーだった頃に食べていたスシを食べたいけど、コメが無いだろうなぁ。
「そこのお嬢ちゃん!悩んでいるなら食べて行ってくれよ、自慢のバングだ!」
悩んでいたらハンバーガーに似た食べ物を売っていた人間に声を掛けられた。
うん、おいしそうだし取り敢えずここで良いか。
「じゃー、ひとつもらおうかな。」
「まいど!焼き立てを用意するから少し待ってくれ。……しっかし、お嬢ちゃんここら辺では見ないくらい美人だな。魔族は美形が多いらしいが、お嬢ちゃんも人間とは思えないな!」
ガハハと笑う人間の言葉にドキッと…しないな。当たってるもん。
「うん、ここら辺の人間じゃなよ。」
「やっぱりな。俺の娘も中々の美人だが、お嬢ちゃんは別格だな。」
話しながら手元は美味しそうな肉を焼いている。
頭はツルッとしているのに髭もじゃで筋肉ムキムキの娘が美人なんて信じられないけど。
そう思ってバングが出来上がるのを待っていた時、赤毛を一つ縛りにした若い女がバタバタと屋台に入ってきた。
「おとうさーーーん!」
おとうさん?と言うことはこの若い女が言っていた美人の娘かな。
確かに…いや、ヴァンシーになってから人間の美醜は良く分からなくなったんだよね。
「マルリ、お客様がいるんだぞ!それにお前、頼んだ材料はどうした?」
「はいこれ材料!軍神様が街に来てるって聞いて!急いで見に行きたいの!」
「なに?珍しい事もあるんだな…っておいマルリ店番は!」
「ごめん、すぐに帰って来るからーー!」
袋をほぼ投げて来た時と同じように娘は走って行った。
すごい、嵐みたい。
「ったく!うるさくてすまなかったな。ほら、お待ちどうさん。」
「わ!おいしそう!」
受け取って堪らずその場で噛り付く。
男は少しびっくりした様子だったけど、すぐ良い食いっぷりだと笑う。
「んんん~~~!おいしぃい~!」
硬めのパンかと思ったら、肉汁を吸って少し柔らかくなっている。
肉は思ったよりさっぱりしていて、それがまたコッテリしたタレに合ってる。
あれ、私食レポうまくない?
ニコニコと笑っていると、男がいかつい顔を少し赤くしてこちらを見ていた。
「いやぁ、本当に美人だな…。お嬢ちゃんは1人みたいだし、ここら辺は荒っぽい若者も多いから心配だ。まぁ、今日は珍しく軍神様が降りてきてるってんだ、馬鹿な真似する奴はいないだろうが。」
「ふんひん?(軍神?)」
「ん?結構他国でも有名だと思うがお嬢ちゃんは知らないか?バドルデレ帝国が誇る軍の最高司令官さ。」
ふぅん、でも今は国同士戦争もしてなかったと思うけど。(これは食べた人間の知識だ)
軍神(チュウニビョウみたい!)なんていう名前が付くほど大層なものなんだろうか。
「深淵の森に結界が張ってあるとは言え、たまに魔物が出てきちまう。特にバドルデレ帝国に近い場所に❝穴❞があるらしいからな。それでも俺達が何事も無く暮らしていられるのは、軍神様のおかげさ。」
あーなるほど。
人間じゃなくて魔物も怖いもんね。
森を囲うように薄っすら膜?見たいのが貼ってあって、確かにそれが魔物が森から出るのを邪魔しているみたい。たまに劣化しちゃった所に穴が空いてそこから魔物が出ちゃうみたいだけど。
ちなみに私達ヴァンシーには結界なんてあってないようなものだ。
他のヴァンシーは少し手間取るらしいけど、私は森から出る時に少し違和感があるくらい。
「娘に人気があるのは断然第一王子だし、軍神様が恐ろしいって言う奴等も多い。だが、軍神様はマリルみたいな一部の娘達に人気なんだ。普段は中々お目にかかれないが、今日は街に来ているらしい。」
「へー、そいつ強いの?」
「強いってもんじゃないぞ!魔物の束を一人で全滅させちまう。しかも、あのヴァンシーを倒した事もあるらしい。」
おお、やるじゃん。
ていうか、人間如きにヤられるそのヴァンシーが弱かったんじゃないかな。
「ふふ、いつか食べてみたいなぁ。」
まだ見ぬ男を思い浮かべ、指についたソースを舐め取る。
あっと言う間に食べちゃった!
「お、お嬢ちゃん…随分大胆だな…。」
ん?なんで顔赤くしてるの?
「ふぅ、おいしかった!お前がつくる食べ物、気に入ったよ。今度何かあってもお前は間違えて殺さないようにしてあげる。」
「は?お、おぉ…ありがとよ…?」
うっかり殺しちゃったらこのおいしいバングが食べられなくなっちゃう。
「ゴチソウサマ、また来るね〜。」
ちゃーんと人間に合わせてゴチソウサマも言えちゃう。
偉いよね!
怪訝な顔をした男に笑顔で別れを告げまた街をフラフラと歩き始める。
森も楽しいけど、街も中々に気に入った。
しばらくはここにいても良いかもしれないな。
男が言っていたグンシンに会いに行くのも良かも。
何にせよまずは腹ごしらえからだね〜。
さっきのは?なんて聞こえないからな!




