表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

第一章 07. Shall we dance, Ms.Alice?

 女王様の御性別は紛うかたなき女性でした。



「申し訳ありません、女王陛下……」

「気にするな」

「けして陛下の御外見がおかしいとかそういうことではなく、とても凛々しい佇まいが……」

「気にするな、アリス」

「いえ、私が気にしないと陛下のお足もとの白兎が………」



「あっ、アリスッ、助け、ぐはっ、助けてくださいぃっ」



「黙れカス。潰れろ」「痛いっ、苦しいです本当に女王陛下、ちょっ、そこ肺っ」「死ね」「そこは脊椎ッ……」



 目前で繰り広げられるSMプレイ(ハード)を止めるためにも、私は全力で女王陛下に謝罪している。どうしてか女王陛下の左手に鞭の幻影が見えるのだが。革靴の底で背を踏まれている白兎は、菱〇縛りにこそされていないものの、呼吸器官を圧迫されていることで意図せず呼吸が荒くなっていて、なんだかとても変態に見える。ウサ耳ついてるし。


 ちなみに菱〇縛りの意味が分からない人は、絶対におうちの方に訊いたりしてはいけません。


 世の中には知らなくていいことと、知ったら戻れないことがあります。



「アっ……アリスッ…、ほ、んと、に……私、ヤバいんですけど……っ」



 そうこうしているうちに、白兎の頬を伝う汗の量は増え、顔色は褪せて白っぽくなり、荒い呼吸は浅く速く変化し始めた。小刻みに震える腕がこちらに伸ばされる。「あ…り……す………」彼の最後の言葉はそこで途切れ、痙攣した腕が突然床に落ちたかと思うと、苦痛に喘いでいた顔もかくんと下に落ち、床に倒れ伏したまま動かなくなった。その躰から既に脈拍は聴こえず「タンマタンマタンマッ、勝手に殺さないでくださいっ!」


 私の妄想の中では一度死んでいる白兎は、渾身の力を込めて上体を起こそうとあがく。「女王陛下、私には”アリス”を案内する、という役割がまだ残っているんです!」


 おい、私を巻き込むな。とばかりに上げようとした声を遮り、女王陛下が一言、告げる。「黙れ白兎」はい、そうですか……。



「別に”アリス”を案内するのはお前じゃなくても成り立つ仕事じゃないか。お前が死んでも、代わりの”白兎”はいくらでもいる。こんなこともあろうかと、以前に後継者を指名しておけと言ったろう?」「イイエ言ってません!」「黙れ俺に逆らうな」



 陛下。勘違いが嫌ならばまずその言葉づかいを改めるのが先決だと思われます。


 それにしても、彼女は長身だ。男性であっても、平均より高いと思ったくらいなのだから、女性であるなら言わずもがな。抜群のスタイルは、言われてみれば少しウエストが細く締まっていて、首筋や手足の動作に優美なしなやかさが漂う。高級な飼い猫のようだ。しかしそれ以外はどうも……美青年にしか見えない。



 その麗しい右腕を持ち上げ、嗜虐的な笑顔で告げる。「さあ、生殺しと半殺し、どっちがいい? 選ばせてやろうではないか、寛大な女王陛下たる俺は慈悲の心で以て、貴様に貴様自身の処遇を決めさせてやろうぞ。ほーら選べ三秒以内に、いーち、にーい」「陛下っ、お戯れはその程度になさってくださいっ!」



 これが”お戯れ”ですか……。


 女王陛下――ロザリオ、と名乗っていただろうか? 彼女はその顔に嘲笑を浮かべ、長い脚をやっと白兎の上からどけた。無造作に切った黒髪は炎のように揺らめき、端整で鋭い美貌を取り巻くように頬にかかった。



「いいだろう。今日の俺は機嫌がいいんだ。なんてったって、”アリス”が!」



 そこまで言った彼女は、なぜか唐突に、私に大股で歩み寄る。一瞬怯んだ私の畏れを見てとったか、思わぬ優しい力で抱きしめられ、包まれるような人の体温に、私は一瞬、身を硬直させた。



「この世界の根幹が、やってきたんだ」



 枝を伸ばし、葉を茂らせ、花を咲かせて果実をみのらせる――――世界樹の光。


 ”アリス”という名の、光、水、そして。



 何故かそこで、意味深に陛下は言葉を変える。


「――――そう固くならないでくれ、アリス」


 先程の言葉の続きは言わないまま、私の体に回していた長い腕をするりとほどき、そのまま私の頬に触れる。

 体温の低いてのひらが、優しい動作で、私の髪に触れた。


「――――――――この世界には、お前を傷つける者はいない。たとえ”女王()”でも、お前(アリス)の首を刈ったりなんてしないさ」


 その低い声に、ふっと落ち着きを取り戻した。


 彼女の動作、声音、言葉……その中に、何か、とても懐かしくて……いとしいものを、感じた。同時に、胸元が締め付けられるように軋んだ。息を吸うと、痺れるように痛い。熱い何かがこみ上げてきそうだ。


 ……これは、何だ……?



 寂寞感。喪失感。




 私は、なにかを失っている……?




「…ス、アリス!」


 はっ、と、我に返った。


「……というわけで、貴女は、”ゲーム”が終わるまで、この国に滞在していただくことになるんですけれども……」

「え、は、ゲーム?」


 何のゲームだ? チェス? サッカー? それとも女王様のクロケーか。だとしたら私できないんだが。


「”アリスゲーム”……便宜上私たちはそう呼んでいます。太陽が沈み、月が昇るのと同じよう、私たち不思議の国の住人にとっては当たり前の現象ですが」



 強いて言うならば、アリスの歓迎会――――でしょうね、と、白兎は一人ごちる。



「ルールは分かりません。ただ、時折”世界(現実)”から落ちてくるアリスが、不思議の国をさ迷う。そして、”キャラクター”と出会い、帰る、それだけの話です。

 しかしそれではつまらない。何もしなくともアリスは落ちてくる(・・・・・)のですが、はたしてそれがいつ来るのかは分からない。頻繁に現実へ行く用のある白兎(わたし)ですら、殆ど遭遇することはできない、と言われています。恐らく我々(キャラクター)の生涯、一度、多くて二度の機会でしょうね。


―――”アリス”が去れば、――――……

 いえ、この話はいいでしょう。それよりも、ゲームのことです。


 ”アリス”はいつか帰ります。いつ帰るのかは、誰にも分からない。どうやって帰るのかも、誰も知らない。文献も、情報も、あてにならないんです。けれど、アリス、あなたが帰るまで私たちは、そのゲームを続けます」




 白兎のルビーの瞳。透明な色が私を射抜く。


 私は動かない。




「それでは、改めて」





 女王はその痩躯を折り、白兎は跪くように、私に頭を垂れる。



 彼らはふたり、真紅と深紅の二対、四つの瞳で、私を射抜く。



 あかい瞳、その奥に、ゆらりとほのおがさざめいた。







「ようこそ、アリス。不思議の国へ!」












 (哀しや哀しや、あのこは赤と黒に捕らわれた!)(哀れや哀れや、あのこは紅と闇に囚われた!)








      踊ろうアリス死ぬまでずっと

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ