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第一章 04. 紫の猫はどこにいる

なんつーか……ギャグとシリアスの切り替えが唐突すぎますね、この話。私、場面転換苦手なんだよなー…… あと、無駄に長いと思います。たぶん。読みにくくてごめんなさい<(_ _)>


***超自分絵ですが、アリスさんの外見イメージの色見本をみてみんに投稿してみました。イメージを壊したくない方は閲覧注意。すみません、画力向上がんばります……(-_-;)

http://5638.mitemin.net/i48331/  ←

 やぁやぁお嬢さん、どこにお行きだい?(そんなに走って、いったい誰を追いかけているの?)







 滴るような翠の天蓋が頭上を覆っている。葉の合間から降る木洩れ日が眩しく、私は眼の上に手を翳した。

 周りの繁みは、白くねじれたつぼみが解け、何かの花が咲いている。淡い芳香は心地良く、深呼吸をして私は立ち止まった。

 さて。


「………ここは、どこだろう?」


 迷子の迷子のアリスちゃん。あなたのおうちはどこですか。

 決まってんじゃねぇか、異世界だよおおっ!


 脳内独りノリツッコミを繰り広げ、私は肩を落とす。あの青年から逃げることができたのは幸いだ。成人男性として適当であろう身長は、私なんかより数段走ることに向いている。とりあえず、一旦色々なことについての危機は無くなったわけだ。


 しかし、逃げたはいいが、本当にここはどこなんだろう。ワンダーランド? これが夢でないとしたら、途轍もない事態に私は巻き込まれていることになる。現実世界で起こるわけがないのに、こんなこと。


 コティングリーのフェアリーテイルも、221Bの探偵事務所も、あるはずないのに。


 楽園は続く。気候は過ごしやすい春の温度だ。私の住んでいたところと季節はあまり差がないのかもしれない。

 さくさくと、靴越しに伝わる草の感触が気持ちいい。現実逃避はとっても素敵。


「どうしようか……」


 別に二、三日野宿したところで死ぬほど私はか弱くない。食用になる植物も毒になる物もちゃんと知ってる。だけど、それはあくまで向こうの世界での話で、こっちの植物に私の常識が通じるのかははたはた疑問である。

 とりあえず私は今、東へ向かいぽくぽく歩き続けている。何故東かって? 私が東って字が好きだからさ。恐らくは直進できているだろうがもしかしたらぐるぐる回ってるだけかもしれない。


 うん、そんなことはどうでもいい。


 今なんかそんなこと一挙にどうでもよくなるような緊急事態が発生。要するに、「……お腹減った」。

 餓死する前に市街へ辿り着かなければ………。

 楽園もいうほど楽ではない。


「ア――リ――スゥ―――……」


 あれ? 幻聴が聞こえたな。


「アリスってば、どーこいっちゃったんでーすかぁ――?」


 うん、なんか幻聴がだんだん大きくなってきている。これはそろそろ私の胃袋が叛乱を起こし始めたようだ。


「早くしないと、女王様に怒られますよぅ――…」


 怒られる? 裁判と首斬りが大好きな不思議の国の女王様に? 殺されるの間違いだろうが。

 しまった、幻聴に返事しちゃった。死んじゃうかも。あれ、それは寝言だったか?


 脳内で馬鹿げたことを考えながら、音をたてないようにけもの道から茂みに逸れる。がさりと葉が擦れる音が鳴るが、梢が風にしなる音にまぎれるだろう。私はそのまま、見覚えのない広葉樹が林立する森の中に、足を踏み入れた。



「―――Are you "Alice"?」



 声が鼓膜を震わせる。


「貴女が、"アリス"?」


 呼びかけに振り向くと―――否。振り向いたわけじゃない。その、気だるげなテノールの声が降ってきたのは、樹上からだったから。


「白兎に、追い掛けられてるの?」


 逆だよそれじゃあ、と、その声にびっくりしたような色が混じる。しかし、それも何だか演技らしさが拭えなかったが。

 私は眼を細め、頭上の重なる樹冠をにらみつけた。


「―――誰だ」


 逆光になり、頭上に広がる枝と葉はよく見えない。そこに誰かが潜んでいようとも、私には認識できない。


「三秒以内に姿を現しなさい。さもないと―――」

「撃つ、って?」


 枝葉の合間に、三日月型に裂けた口が現れた。


「残念」



 ドサァァッ!



「殺す」

「ちょっ、なんで!? 俺ちゃんと姿現したよ!?」

「黙れカス。話す時は人と向き合って眼を見て話せ」

「いや、何これ! だからって何で俺いま関節技かけられてんの!? ちょっとボキボキいってんだけど肩の関節! ひょっとかして折れてんじゃねぇの俺の腕!」


 なんだか私の背中に何かがびしびし当たるけど、それを完璧無視して私はその変質者に腕拉ぎ逆十字をかけている。


「だーもう!」


 叫び声と共に、突然物凄い力で腕を振り解かれた。


「何すんのさアリス嬢!?」

「腕拉ぎ逆十字」

「だからなんでそこでさらっと答えるの!」


 腕拉ぎ逆十字が分かるのか。そして私は貴様に"アリス嬢"などと呼ばれる筋合いは無い。


「調子狂うー。アリス、なんなんだよ貴女ー」


 だから私は貴様にファーストネームで呼ばれる筋合いはない。何なんだと訊かれれば「リデル家の雑用係」と答えてやるさ。


「そーゆー常識的で人をおちょくったような答えを期待してるわけじゃなーいの! つーかそーゆー人を食ったような受け答えは俺の専売特許なんだって!」


 嫌な奴だな。


「――――――ん?」


 何故私の名前を知っている?


「―――――――――――へーぇ。貴女が今回の"アリス"?」


 今回?


「なかなかの美人じゃん。あれ、そういや白兎は? 逃げたの?」


 当り前だあんな変態と一緒にいられるか。じゃなくて。


「何故私の名前を――――――」


 …………。


 視線を上げた私の眼に映ったものとは、人間の肢体であるならば絶対にこんな形である筈がない聴覚器官。

 要するに、



 ……………猫耳。



 見なきゃよかった。というか、青紫の髪ってリアルに人間で表現されるとこんなんになるんだ。

 私の視覚が認識したのは、金の瞳と青紫の髪。ついでに紫とピンクの縞模様の猫耳。もちろん本物。

 信じたくない。いや、目に痛い。

 似合ってるけど。それは認めるけど。有り得ないから。いやぶっちゃけ気持ち悪……


「ア―――リ―――ス――ぅってばぁ――……」


 うっわ、白兎の声が近くなった。


「……アリスはどうやってあの兎から逃げたわけぇ? あいつしつこいよー」


 くいっと長身をかがめて、猫耳男は私に顔を近付けた。おお、美形だ。ちょっと猫っぽいけど美形だ。服がゴシックでズタズタなパンクでエキセントリックだけど、美形ではある。


「いや、手首をこう……ひねって」

「ぶはっ」


 噴き出された。


「ははっ、あははっ、何それっ、貴女なにか剣術でもやってたの? あはっ、ぎゃははははっ」


 なんか延々笑い続けられてるんですけど。イラつく。殺すかな。

 散々笑いちらして、そろそろ私の右腕が血を欲さんとしていたとき、やっと彼は笑うことをやめた。薄く金の瞳を開き、甘ったるいテノールで囁く。


「―――俺は"チェシャ猫"の、リュンヌ。よろしく」


 思わず肩の力が抜けるような、甘い声。艶のある仕草で私を抱き、耳元でそんな声で囁かれた日には―――



「ぐっ」



 私の左拳が、彼の鳩尾に衝突する。くぐもった呻き声を上げ、一瞬前屈みになる彼―――リュンヌ。その隙間を縫い、私は全身全力で地を蹴った。


「変態と痴漢と色欲魔はこの世から消え失せるべし!」


 捨て台詞のつもりではないが、叫んで走る。繁みを飛び越え、樹を避けて、私は風を切る。勿論、白兎の声がした方とは真逆の方向だ。

 できることなら次は"帽子屋"に逢いたいものだ。原典では、そうなっていた筈―――


「ああ、ひとつ忘れてたよ、アリス」


 一瞬、足が鈍る。慌てて速度を上げたのに、声は尚もついてくる。嫌だ、追いかけられている?

 足元から這い上がってきた恐怖に足が前に出る。前のめりに走り続ける私の耳に、まだそのテノールは纏わりついて囁きかけ、



「アリス、――――――なにか、忘れ物は、ない?」



 がくり、と足から力が抜けた。膝が折れ、繁茂する春の草木に埋もれるように倒れ込む。地面についた手が、白い名前の分からない花を潰した。

 すぐに身を起して、ひたすら走る、走る、走る。


 忘れ物? 忘れ物なんて――――――無い、はずだ。


 忘れ――――――







『***にまた*ら*たの? 可**に、**んね、今すぐ****』



『*ってき*ら*****に**ね、**よ』





『***』







 何か、忘れている。


 ぞわりと、背を何か恐ろしいものが這いあがった。


 取り返しのつかない何かを忘れてきてしまったかのような、そんな気持ち。

 急いて、脳内を引っかき回す。私の名前はアリス、16歳、リデル家の養子、金髪碧眼で、義母に憎まれていて、そして――――――――まだ。

 確かにあったはずだ、今もきっと残っているはずだ、

 まだ、何かあったはずなのだ。


 けれどもそこには何もなかった。


「ねえ、アリス」


 声が、私を絡め取る。





「************、**?」





 私は、遠ざかるその声を振り切るように、疾走した。









 十二秒後。

 捕まりました。


「まさかアリスが私の方に自分から向かってきてくれるなんて。とても嬉しいです」

「…………間違えたんだ」


 痛恨のミス―――奥歯を噛みしめる。いや何やってんの私。繁みを飛び越えて着地した場所が白兎の背中だったなんて。


「それにしてもすごく痛かったですよ……手首も背中も」

「……悪かったわね」

「いえ、別に」


 薄く微笑みながら、感情の読みとれない声で言う彼奴は相当な腹黒とみた。いやだって森ってさ、梢や繁みで音が反響するんだようん。風の音もフェイントかけてくるしさ。私悪くないよ。風の悪戯だよ。ただの聞き間違いとかそんなんじゃないんだから。


「―――――――あれ?」


 なぜだか、ふと頭に先程の青紫色の変質者Ⅱが浮かんだ。いや、気になったとかそんなんじゃなく。


 少し、思い出したのだ。

 母は確か、猫をピンクだと言っていたような気がする。

 確かにネコミミ部分などにピンクの色彩は使用されていただ、しかし、それだけを以てしてあれを「ピンク」と形容するものだろうか? どちらかと言えば、紫―――――


「まったく、どこへ行っちゃったのか、心配しましたよ。この森には変質者がうろついてますからね」「既にお前が変質者だろ」


 ちがいますよあんなのと一緒にしないでくださいと、私には同じにしか見えないウサ耳をぴょこんぴょこん揺らして憤慨する似非紳士のウサ耳男から、ため息をひとつついて目をそらす。





「―――――帰りたい……」



 思わず零れ出た弱気な声に。

 白兎は気がついたのだろうか?


「ねえ、白兎……さん」

「はい?」


 私から声をかけたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みで振り返る白兎。いや、ちょっと怪しい。


「次は何処に行く……んですか?」

「女王陛下のお城ですよ。敬語じゃなくていいです」


 それはいけない。


「いや、ダメだ。原典では私は"帽子屋"へ行くんだ!」

「………アリス。貴女ちょっと錯乱してません?」


 うるさい。


「別にいいですよ、通り道ではありますから。寄りましょうか?」


 なんて融通の利く人なんだ。私は白兎をちょっと見直した。こうして逃げるチャンスを作っておくのはいいことだ、まだ相手が自重している間に。


 それにしても―――――




「アリス。貴女は――――驚かないんですね?」



 唐突なその問いに。私は束の間、推敲する。

 先程考えていたことが、その新たな問いに浸食される。どうも異様だというふうに、白兎は首を傾げている。


「驚か、ない?」


「ええ。だって、こんな不思議なとこに連れてこられて、よくそんな落ち着いていられますよね。

 帰れないかもしれないんですよ?」


 一瞬思考が停止した。

 帰れない? ――――――戻れない?

 それは―――――

 想像したことのない。シュミレートしたことのない、恐怖だ。

 だからこそ、全く実感は湧かない。

 湧かないなりに、首筋に氷が滑るような恐怖が、脳に駆け上がった。

 リアルな実感は伴わない。現実味の無い。物語を読む恐怖。


 帰れなかったら。


 そこで私の思考は停止する。

 恐怖から心を守るために。


 ………思考が停止するのは心を守るためだ。心を守るのはよいことだ。よって思考が停止するのはよいことだ。よし、


「―――――――それはこの際いいんだ! 忘れよう!」


 完璧な三段論法に基づき、力強く言い切った私の弁に、白兎は捨てられた子犬を見るような眼で私を見てくる。


「………アリス。私は何があっても貴女をバカだと思ったりしませんからね?」


 だからその哀れむような声をやめろ。しばくぞこら。


「私は貴女がどんな人であっても貴女を見捨てませんからね?」


 黙りなさい。


「―――――見えてきました。あれが、"帽子屋邸"です」


 私の拳がみぞおちに吸い込まれ、苦しげにうずくまる彼はそう言った。

 視界の前方に意識を戻すと、成程森の木々ではない景色が視覚に映る。





 ぽっかりと開けた、小さな空間。やわらかい陽光に満ちたそこでは、本来ならば行われているわけのない―――ティーパーティーが開かれていた。

 真っ白なティーカップを持ち上げ、優雅な動きでそれを口につける人は――大きなシルクハットをかぶっているからもしかしたら獣人の可能性もあるが――その双眸を、こちらに向けた。

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