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第一章 09. ”AliceGame”

 中央のバルコニーを包囲するように半円の陣を敷いたのは、髪の色と瞳の色からして、さまざまな異なる人種の者達だった。群青を連想させるような黒髪、濃い黒の燕尾服、淡い太陽のような金髪、民族衣装のような華やぎのある衣装、篝火にも似た朱色のふたつの頭部、銀の装飾も凝ったデザインの軍服、ゆるりと巻いたモスグリーンの不可解な色をしたポニーテイル、しっかりと着込まれたブレザー。

 頭部に獣の耳朶を生やしている者も居れば、豪奢な装飾のシルクハットを被ったままの者も居る。土に汚れたままの手袋を手持無沙汰にいじっている者に、瓜ふたつの容姿をした二人が何事かを囁く。



「まぁた女王陛下のきまぐれかな」

「どうしたって俺らなんかをこう中庭に呼び付けたりするんだか、面倒くせェ」

「大体なんでこんなふうに呼ばれたりするの? こんなのはじめてじゃない?」

「”Alice”が来たんだと」

「そんなことは分かってるさ。でも、ボクはアリスに逢うのははじめてだからね。どうして女王がボクらを集めたのかが気にかかってしょうがないよ」


「ゲーム開始の合図だろう?」



 優美な動作でシルクハットのつばを摘み、端麗な美貌を白日に晒した男――帽子屋が言う。


「これが毎回、恒例の儀式なんだ。”女王陛下”殿は、全ての”登場人物”を集めて、アリスの到来と、ゲームの開始を告げる。前も、そうだった」



「その通り」



 どこか侵しがたい威厳を帯びた声が、コンクリートの屋上に殷殷と響く。

 その場に集った者たちの視線を独占し、緋毛氈の上を歩むが如く洗練された足取りで君臨したのは、背後に臣下を侍らせ、その肩に深紅の天鵞絨を翻した、”女王”―――この国を統べる、ハートの女王だった。


 鴉の濡れ羽色と称すのが最も相応しいであろう髪、しかしどこか鮮烈な紅を感じさせる散切りの頭部に、アンティックゴールドの王冠を戴き、日にきらめく真紅の宝石の輝きにも似た切れ長の紅の瞳で、自らを取り巻く者をねめつける。その場にいる誰よりも長身であろう肢体を、流麗な所作で以てバルコニーの上に立つ。




「”登場人物(やくしゃ)”は出揃ったか? 宜しい、それでは仕合(ゲィム)を始めようじゃないか!」




 長い腕を大きく掲げ宣言、直後、「……何人かいねえけどな」と頬を引き攣らせて吐き捨てた。見つめるだけで凍りつくような紅玉の瞳が、紺色の華やかな帽子を被った男を睨みつける。



「おい、貴様。帽子屋。クロシェ。あの小賢しいネズミはどうした」

「寝ている」

「しれっと答えんなしれっと! こっちは仮にも”女王”だぞ!? もうちょい敬意くらい払え、あと紅茶飲むなどっから出してきたそれ!」

「魔法瓶だ」

「分かるわそんなん俺が訊いてんのはそんなことじゃねえ、つーか人が話してる時くらい普通にしてろお前は紅茶中毒者かこのいかれ帽子屋め!」

「その通りだがなにか」

「っんだとこの天パ! 抜け、その黒髪根こそぎ刈って売り飛ばしてやる!」「失礼だが女王陛下、貴女も黒髪だ」「黙れハゲ!」「僕はハゲてはいないが」「おいムカつくぞコイツ! 誰か今すぐギロチンか斧を持ってこい! おい、双子!」



「「――――お呼びですかァ、女王様?」」



 朱を帯びた赤毛の人影が、声紋鑑定すら欺けそうなほどそっくり同じ声で、問う。笑いを含んだ声に続いて、くすくすと微笑が続く。



「処刑だってェ」

「殺戮だってェ」

「まだゲームが始まってもいないっていうのに」

「女王様ァ、落ち着こうぜ?」

「女王様ァ、慎もうぜ?」

「まだゲームは始まってもいないっていうのに」

「「そんなに怒るとハゲるぜ、陛下☆」」

「お前らいつからそんな可愛げのないガキどもに育ちやがった!?」



 驚愕と怒りに表情を引き攣らせる女王、ロザリオに、楽しげに爆笑しながら双子は互いをつつき合う。


「――って、そこの庭師! 逃げようとすんな!」


 目をきつく瞑り頭を振って気を取り直すと、ロザリオは、最もバルコニーから遠い地点――薔薇の茂みの脇に佇む人影を指差す。バルコニーに背を向け、薔薇の茂みの中へ歩みを進めようとしていた人影は振り向き、わずかに舌打ちをする。


 バルコニーの手すりに肘をつき「どうして俺の部下はこんなのばっかり……」と苦悩するロザリオの背後から、しっかりとタキシードを着込んだ白髪の青年が話しかける。



「女王陛下、そろそろ始めましょう。貴女の登場から既に六十八行、貴女の宣言から既に五十三行が経過しています」「行とか言うなアホ!」「私も貴女が登場した時点から既にいたのに完璧にスルーされるし……」



 悩ましげな表情を見せた白兎の頭部をはたきながら、ロザリオはバルコニーから眼下を見下ろす。


 ひとつため息をつき、そして、彼女は、





 悲劇の開幕を宣言する。





「――――さあ、お立ち会い、お立ち会い!

 今宵”不思議の国(ワンダーランド)”にて行われまするは、”アリスゲーム”。それは”アリスの夢(アリスゲーム)”でしかない、しかし同時に”アリスの*(アリスゲーム)”だ!

 誰だ誰だ誰だ、”アリス”を射止める狩人は? ”アリスゲーム”の勝者とは?

 最早何回目かも分からぬ”アリスゲーム”とやらを開催といこうではないか、子羊(役者)達?


 さあ我らが”アリス”を歓迎しよう! トチ狂った御茶会で、頭のいかれた迷いの森で、血飛沫飛び散るハートの城で、罪人眠る裁きの塔で!


 不思議の国の”アリスゲーム”? 一体全体それはなんだ、トランプ達のお遊戯会(カードゲーム)? それとも死のチェス(ボードゲーム)? そんなの誰にだって分からない、これがこの世界の理だ!」



 酔ったようにのべつまくなしに捲くし立てる。何かに憑かれたように女王は叫ぶ。


「生憎役者は揃っちゃいないが、舞台は準備万端だ、さあ歌え、踊れ、子羊達よ! 舞台は疾うに始まっている、我らがアリスを歓迎せよ! 歓迎せよ! 歓迎せよ!


 She is supremacy. She is abyss. She is noble. She is chaos. She is a girl to see a world end.


 さあ、」





  歓 迎 せ よ !






 狂気の宣誓に、役者は一同――――頭を垂れる。



「我らが”アリス”に」

「我らが”Alice”に」

「忠誠を」

「親愛を」

「敬愛を」

「寵愛を」



 先程までの喧騒はなりを潜め、まるで一同、人形のように―――――頭を垂れる。そして、捧げる。








「我らの”Alice”に、愛と愛と愛と愛と、最上級の愛を!」







 振りかざされた手が、すべての始まりを告げる。






 ――Let's start the "GAME" that doesn't end!――






「――――――始まったな」


 ざわり、と。


 森の梢がざわめき、鳥がさざめく、そして、彼の中の心臓が、確かにそれ(・・)を告げた。



 金の瞳が刹那、炎のように揺らめいた。


 紅蓮の、炎のように。





「さあ、アリス(・・・)――――――」




 紫の髪が、渦巻く風に舞い上がる。







「****」







 一人で見る夢は、それは夢にしか過ぎない。しかし、皆で見る夢は現実となる。

 ―――エドアルド・ガレアーノ

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