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【短編小説】紹介状をお持ちの方専用ダイヤル

掲載日:2025/12/18

 もしもし、幸せになりたいです。


 だがおれの左半身は死んでいる。

 正確には死につつある。

 なんの関係があるか分からない間抜けたお前の為に説明してやる。

 幸福なんてのはその殆どが五体満足の上に成立している。結束しているなら最大値が低くなる。

 分かったか?そうしたら続きを読んでいい。


 一昨年は左わき腹の肋骨を折った。

 左耳の聴力は著しく下がっている。

 おれはエレファントマンだから仕方ないんだ。神経がね、死んでいくんだ。

 日常生活に支障は無い。

 医者は渋い顔をする。

 喉の左側にある筋肉も著しく機能が低下している。嚥下に若干の難があるのはそのせいだ。

 恐らくは上手く流し込めていないのだろう、ナッツ類などは喉に張り付いてよく咽る。

 アイ アム エレファントマン。

 姦しい?冗談は顔だけにしとけ。


「それで、死ぬの?」

 そんな事は関係なしに彼女はロイヤルミルクティーが好きだった。

 彼女はそのロイヤルミルクティーを飲みながらおれに訊く。

「死ぬかも知れないし、死なないかも知れない」

 ハルキは読んだことが無い。

 沸騰した牛乳の中で茶葉が躍っていた時間、おれは彼女に何を話したのか。

 茶葉の断末魔。

 溶けていくおれの言葉。


 インド人は鉛筆の芯みたいな匂いがする。

 それを差別だと思うなら帰ってくれないか。そんなチャバに用は無いから。

 おれは畳の上を歩いて古式ゆかしい日本型アルミサッシになっている引き戸を開ける。

 巨大な河が流れているのが見えた。

 風の強い日には浸水するだろう。

 フランク・ロイドの家みたいなものさ。



 目の鼻の先にある河の中を、巨大なジンベイザメが泳いでいるのが見えた。

 何日か前にTwitterと言うインターネットで見た写真に良く似ていた。

 最近ではネットで見た、と言うケースの殆どはTwitterで見たと同義だ。

 誤魔化す必要は無いし恥ずかしがる必要も無い。

 おれだってそうさ。

 とにかくそのジンベイザメは巨大だった。

 アナコンダほどの長さがある。

 おれはサメが蛇の様に長くなる事はあるのか考えていたが結論は出なかった。

 世界についておれが知っていることなんてあまりないからな。


 おれはアルミサッシを閉める。

 ジンベイザメや世界に背を向ける。

 そうやって釈迦堂で涅槃湯を浴びる。

 灯りを消した風呂。

 おれは湯舟で丸くなる。

 胎内めぐり。バスクリン。LCL。お前の鎖骨に溜まった般若湯。

 おれがお前を貫くとそのまま釣り上げられておれは死ぬことになる。



「あれから何か月も考えてみたんだけど、白や光と言うのはどうしても死そのものだ」

 君は曖昧に頷く。

「夏が死の季節である様に死そのものだ」

 おれも曖昧に続ける。

 女が濡れているのはおれ自身じゃない、おれの知性だとかだ。

「夜の山だとか海だとかに直面した時に、その暗い中に無数の生命が存在している気配に圧倒されて何もできずに立ち尽くしている時、それは自身の生命と向き合っていると言う事だ」

 おれはおれが何を言ってるか分からない時がある。いまだってそうだ。


 そうしてそのまま曖昧に服を脱ぐ。

 生の瞬間だ。

 闇にこそ、その瞬間がある。

 光の下で誤魔化されて仮死していた無数の気配が蘇る。

 光は感覚の死だ。

 自己中心的な個人主義者どもの勝手な白昼夢だ。

「そんなものは目開きの妄想だ」

 おれはジャン・クロードの睡蓮やソバットを潜り抜けて立ち尽くしている。


 陰茎を拭ったティッシュと陰唇を拭ったティッシュが小さなゴミ箱の中で邂逅する。

 おれは眠ろうとする。

 その左半身は光りに照らされている。

 左半身は不具合に仮死している。


 おれはミルクの中で茹でられる茶葉の中から彼女を見上げる。

 白の中で死ぬ。光の中で死ぬ。

 おれら光りの中に溶けていく。

 おれがチャバであった時の物語。

 もしおれがチャバであったならお前を貫く事も無く釣り上げられる事も無かっただろう。

 もう何も分からない。

 それでも続けよう。

 おれはお前にそっくりなルアー別名ドールaka夢または呪いに喰いついた魚だ。

 あの巨大なジンベイザメが何を食べるかは知らないが少なくとも人間ではないのだろう。

 サメは魚類と言うイメージが無いから得をしているよな。

 チャバはそう言って笑った。

 チャバはお前か?

 おれも愛想笑いをした。

 今から死ぬ日を決めて逆算しながら生きていく必要性について考えながら一週間が経った日の話をしている。

 切り替えてくれ。

 おれは脳味噌の奥に鎮座する腫瘍細胞が消える事を願いつつ、そんな奇跡が起きない事を知っているから自身で蹴りを付ける事をずっと考えているし、ここ一週間はそれが強くなった。



 幸せになりたいんだ。

 さようならだね。

 もしもし、もしもし。


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