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蛇の目/Conservator  作者: ふゆはる


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第九話/迷宮

 ◆ 観測ログ:Subject-K(小林和樹)

 観測主体:蛇の目 — JN-Ω視覚層/状況分析アルゴリズムVer.4.8.12

 記録形式:非分割ログ/自動時系列整合

【LOG-START】

 対象:小林和樹(Subject-K)小林和樹/美術館勤務歴8年。担当領域:企画調整、作品選定、運営進行。一般的な分類では“キュレーター(curator)”の範囲に属する職掌。

 属性:住所:市内北部・松葉地区6-14

 接触イベント:3日前に“親子(母+幼児)”と接触/理由不明

 ◇1.行動軌跡の再構築

 蛇の目が把握している小林和樹の48時間以内の行動ログは、一見無秩序に見えて、**3つの地理的偏り(クラスター)**を示していた。

 クラスターA:松葉地区住宅地(自宅周辺)

 滞在時間の約61%。

 特徴:往復動作を複数回繰り返す“落ち着きのなさ”。

 同時に、GPSの微細揺らぎから判断して「歩行速度の変動が激しい」。

 → これは“迷い・逡巡・目的の再検討”を示す。

 クラスターB:市立第一公園周辺(親子を視認した場所)

 滞在時間の約18%。

 特徴:ベンチの周囲を楕円状に周回する軌跡。

 →“様子見”“接触時期の判断”“被害者選別行動”と一致。

 クラスターC:旧市街・廃校舎近く(絵画殺人遺棄地点の1つ)

 滞在時間の約6%。

 だが、この区域に定期的に接近する理由は、生活導線から完全に外れている。

 → 不自然。

 → 絵画殺人との接続可能性が生じる点。

 残り15%は目的のない散策系軌跡と推定され、ノイズとして扱う。

 ◇2.親子との接触意図:3パターンの仮説モデル

 蛇の目は Subject-K が親子へ向けていた“意図確率”をモデリングする。

 以下は、地理的プロファイル/行動特徴/動機推定を学習済みモデルに投入した結果である。

【仮説①:加害意図(攻撃的接触)

 確率:34.1%】

 親子が公園に現れる時間帯に合わせて3回同時刻に出現

 周回軌跡の角度が、母親の視界の死角に常に入ろうとするパターン

 小林は過去に「子どもを守る仕事に未練」を周囲に漏らしているが、

 近隣住民の証言では“怒鳴り声が聞こえた日”が複数ある

 → 養育や庇護ではなく、支配的欲求とストレス解放衝動の混在型に近い行動。

 ただし、直接的な誘拐準備行動(道具の所持等)はゼロ。

 そのため **“衝動的不定型”**と推定。

【仮説②:無関係(偶然の重なり)

 確率:23.7%】

 小林はキュレーターであり、徘徊的行動が増えている

 行動半径が不規則で、意図のない移動パターンが多い

 公園は生活圏ギリギリの範囲で、偶然接触はあり得る

 視線追尾ログでも“観察集中度”は極端ではない(47%程度)

 ただし、廃校舎方面への立ち寄りが無関係である可能性を下げている。

【仮説③:絵画殺人との関係(共犯・模倣)

 確率:42.2%】

 もっとも高い確率帯。

 根拠は以下の通り:

 遺棄地点近くへの不自然な接近

 通常の生活圏から完全に外れる。

 “探索系徘徊”ではなく“確認行動”に近い動き。

 小林のネット検索履歴(蛇の目推定)

「有名絵画 モチーフ 殺人」

「肉を使ったアート作品 日本」

 → 『我が子を食らうサトゥルヌス』事件で報道される以前。

 親子に向けた視線行動が“肖像的”

 → あたかも“被写体候補”を見る視線

 → 犯人が“絵画の構図を模倣する”殺人を実行している事実と一致

 以上より蛇の目は **“模倣犯または周辺協力者ローカルスカウト”**としての行動が合理的と判断する。

 ◇3.地理的プロファイル:絵画殺人との交差点

 蛇の目は科警研第二課が作成中のプロファイルを参照せず、独自の算定を行った。

 その結果、Subject-K は **4件中3件の遺体遺棄地点の“半径1.2km以内”**に

 重大事件発生の1ヶ月以内に滞在していた記録がある。

 これは偶然としては p=0.003 の低確率。

 さらに注目点として:

 遺棄空間は必ず「象徴的な構図」が成立する角度で発見されている


 → 主犯が別に存在し、小林が“素材提供(=候補者の粗選別)”を担っている可能性。

 特に親子に対する観察行動は

【ビーナス誕生】【青いターバンの少女】

 の“女性+子 or 若い顔立ち”という犯人の嗜好パターンにも一致する。

 ◇4.心理分析:Subject-K の揺らぎ

 蛇の目は行動の“微変動”から心理を推定する。

 歩行パターンの“歪み”は 葛藤・恐怖・従属関係の兆候

 犯人がもし複数であれば、小林は “下位役職”にいる

 主犯格に従属し、絵画構図に合う人物を“眺めていた”可能性

 しかし、親子への視線には“ためらい”が強い

 → 殺意ではなく使命感による観察の特徴

 → 自分の意思ではなく“指示された行動”

 つまり、

 “加害者の側面”と“被害者になり得る従属者としての側面”が同時に存在する。

 ◇5.蛇の目結論:

 小林和樹は—

【偶然の通行人】でも、

【単独の加害者】でもなく、

【絵画殺人の周辺協力者・スカウト要員】である可能性が最も高い。

 親子への接触は“攻撃”ではなく、

 **“構図に適合するかの確認行動”**として最も整合性が取れる。

 だが、小林本人はその役割に強い葛藤と恐怖を抱いており、

 近い将来 **“見捨てられる側(=次の素材)”**に落ちる危険も高い。

 蛇の目は最後に、以下を内部警告として記録する。

 Subject-K はまだ“死者”ではない。

 だが、彼の未来は既に犯人の絵画の一部として獲物の位置にある。


 紙束を手にした片瀬は、ゆっくり、慎重に読み進めていった。

 ページを繰るたびに眉間へ深い縦皺が刻まれていく。

「……この軌跡、普通のストーカーじゃない。

 近づくチャンスがあっても小林は絶対に踏み込んでない。

 でも見てる。ずっと……子どもを」

 声が震える。

「母親じゃなく、男の子だけ偏って見てる。

 加害なのか喪失なのか、判断がつかない……。

 こういう人間が一番怖いのよ」

 片瀬の口調は淡々としているのに、

 その手は紙を握りしめて白くなっていた。


 渡辺はページの中盤で完全に固まった。

 蛇の目が算出した“獣の使者の影響”という文字列に、

 喉がひゅっと鳴る。

「おいおい……これ、分析の域超えてるだろ。

 地理的プロファイルに“引き寄せられた存在”なんて項目あったか?」

 動揺を隠そうとして失敗し、

 笑おうとして笑えず、ただ呼吸だけが乱れる。

「小林が犯人じゃないって言うのは、まあ分かる。

 でも……“引き寄せられた”って何だよ。

 誰に? 何に?

 絵画殺人犯か? それとも……あの黒い異物か?」

 渡辺の目に、あの掴みどころのない恐怖が浮かんだ。

 第二課の誰もが薄々感づき始めていた、

 “この事件は人間だけの問題じゃない”という疑念が

 言葉の形を取り始めてしまった瞬間だった。


 秋山は紙束を机に置き、

 両手で顔を覆うように押さえた。

「……蛇の目は嘘はつかない。

 だが、真実だけを見せるとは限らない」

 低く、重い声。

「小林和樹は無関係……そう言い切りたい。

 だが“無関係ではない可能性”が残る以上、俺たちは動かざるを得ない。

 親子の安全確保、小林の保護観察、両方だ」

 少し沈黙を置き、秋山はさらに続けた。

「それより問題なのはここだ」

 ページを指で叩く。

 

 誰も反論しなかった。

 反論できなかった。

 秋山は椅子にもたれ、静かに息を吐き出した。

「……この事件はすでに、常識の外側にある。

 小林は“狂気に巻き込まれた傍観者”かもしれない。

 俺たちが彼を助けなければ、

 次に遺体として発見されるのは彼だ」

 その言葉に、室内の温度が一気に下がった。


 吉羽は机に両手をつき、ログのラストページを見つめていた。

 蛇の目の結語——

「放置すれば、いずれ“何かが起きる”」

 恵美は唇を噛みながら言った。

「……小林和樹は、被害者にも加害者にもなり得る。

 放置できない。

 でも一つだけ分かったことがある」

 みんなが吉羽を見た。

「この事件の中心にいるのは、

 “人間”だけじゃないということ。

 そして、蛇の目は――

 私たちよりもっと深い場所を見ている」

 誰も否定しなかった。

 科警研第二課は、

 ようやく気づき始めていた。

 彼らが追っているのは犯人だけではない。

 世界そのものが、別の何かに侵食され始めている。

 そして、小林和樹は、

 その“侵食の端っこ”に触れてしまったのだ。

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