第六話/心理戦
都内の公園は、午前中の柔らかな日差しに包まれていた。
親子の母親は、幼い息子の手を握りながら滑り台へ向かう。子どもの無邪気な笑い声が、空気を暖かく満たす。しかし、その笑いは、静かに忍び寄る危険に対して何の予兆も持たない。
端末の蛇の目は、リアルタイムで親子の動線と心理状態を監視していた。赤い座標の点滅が、公園内のターゲット母子に重なり、突然黄色に変化する。
「……接触兆候発生。」恵美の声は緊張に震えた。
渡辺と片瀬が、瞬間的に画面を確認する。黄色に変わった点は、公園入り口付近に不自然な人物の存在を示していた。
「誰かが近づいている……」片瀬が低く言う。「心理操作の兆候も同時に検知。母親がスマートフォンに一瞬だけ反応しました。」
恵美の瞳は鋭く光る。
「犯人は不意に接触するつもりです。心理的に注意を逸らし、子どもを抱き上げる行為に入る……36時間以内の作業を、すでに開始した可能性があります」
秋山室長が指示を出す。「介入班、即座に出動。公園内と周辺通路を封鎖、接触を阻止。情報班は犯人の動線を追跡、解析を継続せよ。」
課員たちは短い沈黙の後、一斉に動き出す。
渡辺と片瀬は、それぞれ担当区域の監視カメラと端末を操作し、犯人の移動を追う。
「位置確認。犯人は入り口付近から母親に接近、動作は慎重で計算されている」
「心理指数、急上昇。母親の注意が散漫になった瞬間を狙っている」
公園の入り口から、一人の男が静かに現れた。
30代後半、中肉中背、手先の器用さと体格から、蛇の目の解析通りの犯人像だ。
背筋を伸ばし、周囲を警戒しながら、母親と子どもに近づく。
しかし、彼の動きをリアルタイムで監視する課員たちには、すべて手に取るように見える。
恵美は端末の座標を見つめ、指先で緊急信号を送る。
「警告システム、起動。接触前に阻止する」
瞬間、母親のスマートフォンが振動し、耳元で警告音が鳴る。
犯人の動きがわずかに止まった。
「感知された……焦っている」片瀬が囁く。
恵美は深呼吸をして、冷静に指示を出す。「介入班A、公園中央ルートから母親に接近。B班は出口封鎖。心理操作が効く隙を作らせない」
歩調を落とさず、課員たちは迅速に公園内へ配置された。
犯人は一瞬の隙を見て、子どもに手を伸ばす。しかし、情報班の監視カメラが動きを捉え、蛇の目が即座に予測を更新する。
「接触未遂。阻止成功率、87%」
恵美の声に一瞬だけ安堵が混じるが、彼女の目は冷たく光る。
犯人は短い動作の後、身を引き、再度ターゲットの心理を操作しようと試みる。
「母親の注意が逸れる可能性……警告が届くか」
渡辺が端末を操作しながら呟く。
「母親は混乱している。心理的操作が働きつつある」
恵美は冷静に考える。
犯人は一度の接触で全てを完成させるつもりはない。短時間で親子の心理を分析し、次の隙に再び接近する戦略だ。
「36時間以内の作業に入っている……しかし、私たちは先回りできる」
公園内、課員たちは静かに息をひそめ、母親と子どもの安全を確保するため動く。
犯人は再び距離を詰めようとするが、黄色に変化した赤い点が彼の位置を示し、蛇の目が即座に警告を発する。
端末の振動と警告音が、公園内の課員に伝わり、犯人の行動を封じ込める。
「接触阻止成功。心理操作も抑制」恵美は短く言い、次の指示を出す。
「介入班、母親と子どもを安全な場所へ誘導。B班は出口封鎖。犯人が逃走する隙を与えない」
犯人は一瞬の焦りを見せ、足を止める。しかし、冷徹な計算は崩れていない。
彼は心理的影響の予測が外れたことにわずかに苛立ち、別の方向から再接近を試みる。
「次の動きも予測済み。情報班、警告システムを維持。接触させるな」
恵美は端末画面を凝視する。赤と黄色の点が、現実世界の危機と直結している。
課員たちは緊張の中で動き、冷静に犯人の行動を読み取り、常に先回りする。
36時間のタイムリミットの中で、ターゲット親子の命を守るため、冷徹な計算と人間の判断が交錯する。
公園の静寂は一瞬の嵐の前触れのようだ。
しかし、蛇の目の冷たい視線、課員たちの迅速な対応、そして親子の命を守ろうとする決意が、犯人の計算を一歩ずつ押し戻していた。
恵美の心臓は早鐘のように打つ。手に握った端末が震え、画面の赤と黄色の点が絶え間なく変化する。
「恐怖に屈してはいけない。私たちは、先手を打ち、命を守る」
公園の風が、静かに子どもの髪を揺らす。
36時間の戦いは、まだ始まったばかりだった。
しかし、課員たちの冷静な行動と蛇の目の解析が、確実に犯人の行動を封じ込め、未来の惨劇を防ぐための時間を刻み続ける。
公園の静寂がわずかに揺らいだ瞬間、犯人は接触阻止を察知したのか、背筋を伸ばし、周囲の視線を素早く確認した。その動作は計算され尽くしており、まるで獲物を追う捕食者の目線のように冷たい。
赤く点滅していた座標は、瞬時に移動を開始した彼の位置を追いかけ、黄色に変化する。蛇の目は即座に、移動経路と次の行動を解析し、課員たちに伝える。
「犯人、移動開始。逃走の可能性あり。経路は北西方向、駅近くの狭小路を利用する計算です」片瀬が声を上げる。
渡辺が端末に指を走らせ、監視カメラと都市マップを重ねて確認する。「路地や歩道橋、狭い通路を利用する……完全に都市環境を把握している。心理的圧迫をかけながら、ターゲットを追わせるつもりだ」
恵美は端末画面を凝視し、脳内で犯人の思考回路を逆算する。「逃走経路は予測可能。だが、心理的トラップを仕掛けてくる可能性が高い。彼の次の狙いは、別の構図の素材を得ること、あるいは親子に再度接触して心理的屈服を狙う……」
秋山室長が厳しい声で指示を飛ばす。「介入班、移動ルートを封鎖。情報班は心理戦も想定しろ。彼の動きに惑わされるな」
課員たちは無言で動く。監視カメラと都市マップの座標がリアルタイムで更新され、犯人の逃走経路に合わせて介入班が先回りする。
公園から逃げ出す犯人の背後、蛇の目が計算した最短経路を辿る課員の動きは、冷徹な精度でターゲット保護と犯人阻止の両立を目指す。
赤い点が公園を離れ、駅前の路地に入る瞬間、蛇の目が警告を発する。「警告:心理操作による混乱可能性。母親の注意が再び散漫になりつつある」
恵美は息を詰め、即座に指示を出す。「介入班B、駅前路地の封鎖。A班は母親と子どもを安全なルートへ誘導。犯人の心理的圧迫に屈させるな」
渡辺が呟く。「彼、完全に先を読んでいる……一歩でも誤れば、親子の心理を崩す」
公園から逃れた犯人は、人通りの多い通りを避け、狭小路を縫うように移動する。心理的圧迫をかけるためか、母親の行動を監視し、偶然を装って視線を送り続ける。
しかし、蛇の目が解析した心理指数と行動パターンにより、課員は犯人の意図を先読みできる。黄色に点滅する赤い座標が、母親と子どもに影響を与える前に、警告と介入を可能にした。
「接触未遂。心理圧迫も抑制」恵美の声にわずかな安堵が混じる。だが、彼女は即座に次の行動を考える。「犯人は、この接触で全てを諦めるわけではない。次の構図を練り、別のターゲット、または同じ親子を再度心理的に誘導する可能性がある」
片瀬が端末を操作し、路地の死角を強調表示する。「路地裏に一瞬停止。心理指数が上昇……次の接触に向けた準備動作と見られます」
恵美は唇をかみしめ、冷静に指示を出す。「介入班、路地裏の先回り。情報班は接触可能性のある心理的トリガーを全て監視。彼に心理的優位を取らせるな」
犯人は一瞬の間を置き、路地の死角を抜ける。
その動きに合わせ、課員たちは隠密に追跡する。
蛇の目は解析を更新し、次の動作の予測時間と成功率を表示する。赤と黄色の点は、現実世界の危機と、課員の即応可能性を同時に示していた。
恵美の胸は高鳴る。36時間の猶予は、すでに半分を消費し、残された時間は短い。
「恐怖に負けるわけにはいかない。私たちは、常に先手を打つ」
彼女の目には覚悟が宿る。課員たちも同様に冷静さを保ち、心理戦の中で犯人の行動を誘導し、次の接触を阻止する。
犯人は路地を抜け、別の都市空間へ移動を開始する。心理操作による混乱の兆候はあるが、警告システムと介入班の先回りで、母親と子どもは安全圏内に確保されている。
赤と黄色の座標は、まるで冷徹な時計の針のように動き続け、犯人の次の行動を予告し、課員たちの動きを指示する。
街中の騒音に紛れ、犯人の心拍や視線の微細な変化も解析され、蛇の目の冷徹な演算は一瞬たりとも止まらない。
恵美は端末画面に手を置き、指先で警告を繰り返す。
「次の構図を完成させさせはしない。36時間以内に、私たちは先手を打つ」
路地を抜けた犯人は、再びターゲットの心理を揺さぶろうと計算する。
だが、課員たちの冷静な行動と蛇の目の精密な解析が、犯人の計算を一歩ずつ押し戻す。
36時間のタイムリミットは刻一刻と迫る。都市の中、冷徹な解析と人間の判断が交錯する中、科警研第二課の戦いは、未曾有の緊迫感をもって続いていた。
赤と黄色の点滅が絶え間なく続き、現実世界と解析空間が重なり、親子の命を守るための冷徹な心理戦は終わらない。
恵美の胸は早鐘のように打ち、手元の端末に表示されるすべての情報を頭の中で再構築する。
「恐怖に屈さない。次の瞬間も、私たちは守る」
都市に潜む危機の中で、課員たちは静かに、しかし確実に、犯人の次の行動に備え続けた。




