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蛇の目/Conservator  作者: ふゆはる


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35/37

第三十五話/黙示録の四騎士

 最初に沈黙を破ったのは水野だった。

 取り調べ室の無機質な光の下で、彼は静かにイスの背にもたれ、

 恵美たちを見据える視線だけが異様なまでに澄んでいた。

「あなたたちは“修復家”と呼ぶが、我々は修復だけをしてきたわけではない」

 水野は、まるで講義の冒頭に立つ教授のような口調で言った。

「素材を収集し、構成し、再配置し、美を再生させる……

 コラージュこそ本質だ。

 絵画とは、本来“寄せ集められた断片”から立ち上がる。

 我々は断片を集め、再構築したに過ぎない。」

 “素材”という言葉に、室内の空気が一段冷えた。

 だがその隙を狙うように、伊東美奈子がすぐに口を挟む。

「素材は、選ばれるものなのよ。

 作品のために必要だから存在するの。

 その意味で、被害者たちは“素材としての使命”をまっとうした……

 それだけのことだわ。」

 彼女は感情を持たない標本のような声で言った。

 恵美の背中に寒気が走る。使命。素材。それだけ。

 人間を“必要な色”のように扱う冷酷な価値観は、

 蛇の目の解析でさえ“説明不能”と判定した領域だった。

 次に小川亮が、指先で机をトントンと叩きながら微笑した。

 だがその笑みは、目だけが笑っていない、薄膜のような乾いた笑みだった。

「コラージュは一人では成立しないんだ。

 私は“レイヤー”を整える役目だった。

 色調、質感、距離感、配置……

 水野さんが“中央像”を作り、伊東さんが“修辞”を与え、

 そして中村が……そうだな、“背景”を整える。」

 その言い回しは、長く積み重ねられた共謀の歴史を感じさせた。

 まるで彼らの間には“制作者としての序列”があり、

 互いの役割を当然のように理解し合っている。

 それを否定もしないまま、中村が目を閉じたまま低く呟いた。

「背景は世界そのものだ。

 作品を成立させるためには“舞台”が必要だ。

 場所の選定、死体の保存、温度湿度管理……

 私は世界というキャンバスを整えただけだ。

 どれだけ優れた主題があっても、背景が破綻すれば台無しになる。」

 “世界をキャンバスにした”という言葉の重さが、

 取り調べ室全体を静かに沈めた。

 四人は互いを補完するようで、しかし完全には噛み合わない。

 それぞれの狂気が独立した渦を持ち、その渦同士が触れ合うたび、

 奇妙な共振音を発しているようだった。

 恵美の心に、薄い吐き気と幻聴のようなざわめきが生まれる。

 ――この四人は、本当に単なる共犯者なのか?

 ――あるいは“同じ悪夢を共有した、別々の怪物たち”なのか?

 彼らの会話は、恐ろしく抽象的で、しかし実務的でもあった。

 人間を素材として扱い、死体を“配置”、殺害行為を“工程”、

 その全てを芸術の語彙で語り尽くす姿は、

 残酷さではなく“狂気の完成度”が突出していた。

 ◆

 突然、蛇の目が取り調べ室のスピーカーを震わせた。

 《供述内容のベクトル解析を実行。

 四名の発言は互いに矛盾を含むが、三次元構造としては整合性を持つ。

 結論:四人は“統合された意志”ではなく、“連結された多層構造”。

 水野=中心像/伊東=象徴性付与/小川=構造調整/中村=空間創出。

 四名の供述は、いずれも“最後の晩餐計画”の一部工程を示唆。

 全体構造を算出……完了。投影する。》

 会議室のスクリーンに、蛇の目が生成した巨大な構造図が浮かび上がった。

 それは、四人の脳内に広がる“美学的狂気”を数学で可視化したものだった。

 ・各被害者が“どの人物”に相当するのか

 ・十三人の拉致ポイントがどの工程で決まったか

 ・保存された時間、温度、形状の変化

 ・死体の配置角度、光源、空間の深度

 どれも人間の犯罪計画をはるかに逸脱し、

「芸術作品の制作手順」に近いものだった。

 恵美はスクリーンを見つめながら、呼吸が浅くなるのを感じた。

 ――人間を、こんなふうに扱えるのか。

 ――“美のためなら死は前提”という思考を、四人が共有できてしまうのか。

 蛇の目の解析が進むほど、

 四人の供述に潜む“認識の歪み”が鮮明になっていく。

 《四名とも、自分が“全体の主導者”だと無意識に認識。

 しかし実際には、互いが互いを“素材”として利用している点で一致。

 四名は“共鳴する孤独”であり、“自主的共犯”の構造。

 最も特徴的なのは――

 四人の狂気が互いを補完し、加速させていること。》

 恵美は思った。

 ――この事件は、誰か一人の狂気ではなく、

 “四人の狂気が混ざりあった結果”だったのだ。

 蛇の目はさらに付け加えた。

 《このネットワークは解体されたが、

 四名の意識構造は類似の再発を引き起こす可能性あり。

 理由:四名の供述が“個ではなく集団の創作”であるため。》

 その言葉に、恵美の胸に再び冷たい波が打ち寄せた。

 ――また、どこかで、別の“修復家”が生まれるかもしれない。

 ――四人の歪んだ思想は、誰にでも感染する可能性がある。

 そう思った瞬間、

 恵美は取り調べの席からほんのわずかに背筋を折り曲げた。

 心臓の奥が痛む。

 胃の底がぎり、とねじれる。

 呼吸のテンポが狂い、指先が震えた。

 人間の“狂気の共同体”というものの存在が、

 これほどまでに恐ろしいものだとは思わなかった。

 四人の言葉は、恵美の精神に微細な傷を刻んだ。

 その傷は外から見えないが、彼女の中を確実に蝕んでいく。

 ――私はまた、夢に見る。

 ――殺された人たちだけでなく、“素材”として語られた彼らの声も。

 ――そして、四人が構想した“死の美学”が、私の中に残る。

 取り調べが終わった後、秋山は恵美の肩にそっと手を置いた。

 だが恵美はその温度を“現実”と認識するまでに、数秒の遅れがあった。

 四人の狂気は、既に彼女の内側に影を落としていた。


 四人が供述を終えた瞬間、蛇の目が解析結果を提示した。

 その声は相変わらず無機質で、しかし人間に最も残酷な真実を突きつける精密機械の冷たさがあった。

 《分析結果:四名はヨハネ黙示録の“四騎士”として機能していた可能性が高い。》

 取調室全体がざわめいた。

 蛇の目は続ける。

 《役割推定:

 水野匡彦=Rule(支配)

 伊東美奈子=War(破壊)

 小川亮=Famine(飢饉/欠乏の調整)

 中村智久=Death(死の舞台設定)

 》

 秋山が眉をひそめる。「おい、それは何を根拠に言っている?」

 蛇の目は即答した。

 **《四人の供述内容は、役割が“世界を再構築する四つの原理”に一致。

 支配=中心像の規範。

 破壊=素材を解体し再定義する行為。

 欠乏=レイヤーの調整=存在の希少化。

 死=舞台の創造=生命の終焉の管理。

 四人は美術を装った形而上的解体者である。

 社会における災厄の増幅因子と判断する。》**

 四人はそれぞれ異なる笑みを浮かべた。

 自分たちが“黙示録の象徴”に例えられたことが、

 侮辱ではなく“称号”のように感じられたのだろう。

 水野は鼻で笑った。

「AIは便利だね。

 だが、我々は騎士などではない。

 私たちは“画家”だ。

 世界の裂け目に神を描き、死を配置しただけだ。」

 伊東は静かに頷いた。「美とは破壊の後に生まれるのよ。」

 小川は陶酔した声で呟いた。「飢えは美を尖らせる……。」

 中村は淡々とした声で締める。

「死はすべての背景となる。」

 恵美は椅子の背もたれを握った。

 指が震えていた。

 ◆四人の供述に隠された矛盾と伏線

 蛇の目は四人の会話を解析し、次々に矛盾点を指摘した。

 四人は互いに“主導権”を語るが、中心像の原案が誰か一致していない

 作品配置の最終決定者については全員が沈黙

 最後の晩餐の選定理由が四者四様で、どれも“決定的根拠”になりえない

 死体の運搬経路が互いの証言と微妙にズレている

 誰ひとりとして「イエス像」を誰が創るか明言しない

 《結論:四人以外に“第五の調整者”が存在する可能性が高い。》

 その瞬間、秋山も恵美も言葉を失った。

 第五の修復家。

 四人を束ね、最終作品の構図を決めていた存在。

 蛇の目はすぐ続けた。

 《確率推定:存在の確率 82%。

 コードネーム:“The Architect(建築家)”。

 四人は彼/彼女の指示系統の下に並列化されていたと考える。》

 水野が初めて声を荒げた。

「建築家などいない! 我々は四人だ!

 四騎士で足りるだろう!」

 だがその叫びは、

 まるで“第五の存在を隠そうとしている”ように聞こえた。

 ◆“最後の晩餐”計画の全構造図(蛇の目解析)

 蛇の目は照明を落とし、壁一面にホログラムを投影した。

 《最終計画:“The Last Vision(最後の視界)”》

 恐ろしく緻密な構造図が広がる。

 役割分担

 中央像=水野(Rule)

 素材の選別と破壊=伊東(War)

 配置と印象操作=小川(Famine)

 舞台設定・保存・搬送=中村(Death)

 最終構図と展示空間の決定=Architect(UNKNOWN)

 犠牲者 13名 → 使徒の配置に対応

 地下2階隔離区画12 → “イエスの位置”の照明軸に一致

 死体の温度管理 → “陰影の再現”に必要

 犠牲者の衣服・体位 → 名画の細部まで再現した形跡

 そして蛇の目は最後にこう言った。

 《四名は“最終審判の前座”として機能していた。

 Architectが指示していたのは“世界に揺らぎを与えるための作品”。

 四人はそのための“創造四因子”。》

 恵美はその解析を見ながら、

 心臓がゆっくりと凍っていく感覚を覚えた。


 取調室を出た瞬間、恵美は壁に手をついた。

 足が震えていた。

 息が浅い。

 ――私は、いま、何を見た?

 四人は、殺人犯という枠をはるかに超えていた。

 彼らは“美”という言葉を盾にして、

 人間の痛みも家族の涙も、

 生の価値も、

 すべてを平面化していた。

 恵美の中で、

 怒り、悲しみ、恐怖、嫌悪、吐き気が複雑に混ざり合う。

 そして――

 蛇の目が指摘した 第五の存在 が、

 心に黒い影のように居座って離れなかった。

(この事件……まだ、終わってない。)

 秋山が肩に手を置いた。

「吉羽……今日は帰れ。

 お前の顔、ひどいぞ。」

「……はい。でも、秋山室長。

 私……まだあの四人の言葉が頭から離れません。

 どうしてあんなふうに、美を――」

「答えは簡単だ。

 あいつらは“美のために人間を捨てた”。

 だが、その根っこにいる Architect が何者なのか……

 ここからが本番だ。」

 恵美は静かに頷いた。

 胸の奥には、はっきりとした痛みとともに、

 燃えるような決意が芽生えていた。

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