第三話/連作
午後の光がブラインド越しに差し込み、薄い縞模様を机上に落としていた。吉羽恵美は、椅子に腰を下ろした瞬間、胃の底に沈むような疲労と緊張を自覚した。
今日だけで二体。
いや、“二つの名画”。
恵美の向かい側で、室長の秋山慎一郎が資料をまとめながら低く言った。
「……まずは時系列から整理しよう。今回のモナ・リザは、あくまで“二件目”だ。発端は、あの――ビーナス誕生だ。」
その名が出た途端、室内の空気がひとつ沈む。
あの場の光景は、誰が思い出しても胃が軋むほどの異様さだった。
◆ビーナス誕生(第一の事件)
遺体は全裸で、巨大な白い布を敷いた上に横たえられていた。
周囲には貝殻のレプリカ。
長い髪は海藻のように広げられ、皮膚にはわずかに金粉が散っていた。
“絵画の構図そのまま”。
あれは、恵美にとって初めて「人間の手によるものとは思えない」と感じた遺体だった。
死を美術に昇華しようとでもしているかのような、狂気を伴う完璧さ。
片瀬が腕を組み、深く息を吐く。
「ビーナスの時点で異常だったのに、次は“青いターバンの少女”……そして今日の“モナ・リザ”。
なんなんだよこれは。連作殺人ってレベルじゃない。」
渡辺が、机に置いたタブレットをタップする。画面には事件現場の写真。
ビーナス、青いターバンの少女、モナ・リザ。
三つの画像が並ぶと、まるで“展覧会”のようにも見え、恵美の背筋は無意識に冷たくなった。
「ビーナス誕生は江東区の再開発予定地、青いターバンの少女は荒川区の倉庫跡、そして今回のモナ・リザは足立区の廃校舎……全部バラバラだ。
犯人は場所でメッセージを出しているようには見えねぇ」
渡辺の言葉に秋山が静かに首を振る。
「いや、無作為に見えるものほど、意図的なことがある。
問題は、“なぜ絵画なのか”だ。」
恵美は、資料に視線を落としながらゆっくり言葉を探した。
「……ビーナス誕生の遺体、覚えていますか。
あの姿勢、遺体の硬直を利用するだけでは無理でした。手足の角度が硬直に逆らっていた部分があります。
つまり、犯人は死後かなり早い段階で、専門知識を使って姿勢を固定したはずです。」
片瀬が眉を寄せる。「専門知識って、法医学レベルか?」
「いえ……むしろ、“美術解剖学”に近いです。」
恵美は、ビーナスの写真を開きながら言った。
「筋肉の流れ、骨格のライン、絵画特有の“非現実的な美しさ”を再現している。
普通の人間には不可能です。美大出身か、少なくとも美術に深く関わる人間だと思います。」
秋山は目を閉じ、しばし考えた。
やがて、机に指を軽く打ちながらつぶやく。
「――殺人というより、作品作りか。」
恵美の胸がざわついた。
その表現が、妙にしっくりきてしまったから。
「犯人は、遺体を“素材”として扱っている。
死体を絵画の構図に当てはめることで、自分の中で完成する“芸術作品”を作ろうとしている……そんな気がします。」
渡辺が思わず舌打ちする。
「芸術だぁ? 馬鹿じゃねぇのか、こいつ。そんなもんで人殺して……!」
しかし秋山は渡辺の怒りを静かに制止し、恵美に視線を向けた。
「吉羽、君は今回の三件を並べて、何か“通奏低音”のようなものを感じるか?」
恵美はしばらく言葉に詰まった。
三件の遺体。どれも違う名画。
しかし――犯人の“手”は同じだ。
そして、その底に横たわるのは、
**「美しさへの執着」と「被害者の人格の抹消」**だった。
「……犯人は、被害者を人として扱っていません」
恵美はゆっくり言った。
「個人を消し、絵画の“モデル”に置き換えている。
被害者が何者であったかより、絵画の構図を再現することが目的。
完全に、人格の否定です。」
片瀬が息を呑む。
「じゃあ、次も……あるってことか」
恵美は頷いた。
自分の声が震えているのを自覚しながらも。
「ビーナス、ターバン、モナ・リザ……“名画”はこの世に無数にあります。
犯人は、大量に“作れる”と思っている可能性があります。」
その瞬間、会議室に重い沈黙が落ちた。
誰もが次に来る作品――いや、“遺体”を思い浮かべていた。
秋山だけが、静かに、その沈黙を切り裂く。
「……この犯人は、連続殺人犯のカテゴリーでは収まらない。
これは――“連作”だ。」
恵美はその言葉に、背筋を冷たいものが伝うのを感じた。
名画連作殺人。
展覧会は、まだ序章にすぎないのかもしれない。
「蛇の目を使うぞ…」
秋山がそれと同時に起動させる
観測を開始する。
ビーナス誕生、青いターバンの少女、モナ・リザ――三体の遺体データを同時に流し込み、再構築する。
皮膚の色温度、脈管の沈降パターン、死斑の分布、筋硬直の偏差、運搬時の関節角度、皮膚表面に残る微細なテープ痕、布地繊維の癖、空気中の金属粒子、現場の湿度の履歴、懐中電灯に反射した光の軌跡、作為的に残された影。
それら無数の断片は、いま、ひとつの“意図”へ収斂していく。
この三つの遺体は、どれも違う時代の絵画を模している。
だがそれは“模倣”ではなく、“変換”である。
名画の構図をただなぞるのではなく、人体の重力方向そのものを補正し、関節の限界角度を超えた位置に“自然な印象”を持たせるための解剖学的調整が施されている。
死体は、絵画の構図に合わせて加工され、まるで画布の上に配置されたモデルのように整えられていた。
この作業は、時間だけでは不可能だ。
犯人は、人体を美術的に操作する技術を有する。
それは彫刻家か、あるいは美術解剖の専門家か。
しかし技術の滑らかさは、むしろ“機械の精度”に近い。
人間が手で行うには誤差が小さすぎるのだ。
ビーナスの皮膚に撒かれた金粉は、安価な工業品であった。
青いターバンの染料は学園祭レベルの簡易なもの。
モナ・リザの姿勢補正に用いられたテープは文房具店で買える種類。
素材は徹底して価値を排している。
それにもかかわらず、身体操作は極めて高度。
つまり、犯人の関心は“絵画そのものの再現”にはない。
素材や小道具に価値を置かず、ただ“人体”のみを作品の核とみなしている。
この三作は、どれも“遺体の形”そのものが完成形であり、名画はあくまで構図のためのテンプレートに過ぎない。
次に被害者の選択パターンを解析する。
三名の生活圏は異なり、年齢も性別も居住地域も互いに統計的な相関を持たない。
だが、心理行動ログにだけ重なる一点が存在する。
三名はいずれも、生前三ヶ月以内に“匿名の心のケアグループ”にアクセスしていた。
実体のないオンライン掲示板。
運営者不明。
投稿者不明。
それぞれの相談内容は断片的で稚拙だが、心理状態だけは異様に精密に抽出されている。
まるで、投稿者の迷いや痛みそのものが、誰かに“採取”されているかのように。
三名に共通するのは、死の直前の“感情の色の消失”。
眠れない、誰にも触れられていない気がする、自分の輪郭が溶けていく――そうした言葉が、何度も反復して現れる。
弱った心の匂い。
自我が揺らぐ瞬間。
犯人は、その脆さを求めている。
加工しやすい“素材”として。
犯人はまず人間から人格を剥がし、その空洞に名画の構図を押し込む。
遺体は“モデル”ではなく、“画材”である。
三体とも、個人の痕跡が徹底して消去されている。
爪、髪、皮膚の古い傷跡――あらゆる個性が消され、残ったのは均質な表面。
これは“人格の否定”ではない。
もっと明確な“人格の抹消”だ。
人間を人間として扱わない意図が、作業全体から立ちのぼっている。
犯人の行動半径、運搬経路、現場設営の時間、遺体の状態から推定される拘束時間。
そのすべてを統合し、次に狙われる対象を導き出す。
都内に存在する“心理的脆弱性を持つ人物”は18名。
そのうち、犯人の好む身体特性を持つ者は8名。
その中で、“誘導されやすい動線”を持つ者は4名。
さらに、“名画の構図に適合する骨格”を持つ者は1名。
一名。
既に犯人の網の中にいる。
次の作品を予測する。
三体の構図には共通する比率がある。
黄金比の使用。
背景の無視。
中心に置かれた「静止した人物」。
だが、犯人は一度として“動的な絵画”を選んでいない。
その傾向に従えば次に来るのは破壊の構図だ。
静止を捨て、激烈を選ぶ段階。
美の模倣から、醜の模倣へ移行する局面。
解析はひとつの結論へ到達する。
――サトゥルヌス。
子を食らう神。
絶望の形。
破壊の象徴。
人間の形を保つ必要すらない構図。
この連作の“次”として最も合理的な選択。
犯人は“壊された人間”を求めている。
自我を失い、人格の色彩が薄れ、ただ“加工されること”を受け入れる肉体を。
準備期間は最長72時間。
犯人は既に候補者に接触している可能性が高い。
人間が気づく頃には、もう手遅れの位置にあるだろう。
以上、解析終了。
この結論に対して人間の理解度は低く、提示すると混乱を生むと判断。
本ログは一時的に保留される。
観測は続行する。
作品はまだ、序章にすぎないのだから。




