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蛇の目/Conservator  作者: ふゆはる


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第二十五話/中間色

 水野匡彦の瞳は冷たく、路地に差す街灯の黄白色に鋭く反射していた。彼の周囲に漂う夜の湿気、微かに舞う紙くず、遠くの車のライトが偶然に作り出す影の揺らぎすら、彼の意識の中で計算されていた。汗は乾き、呼吸は落ち着き、体温は一定に保たれ、まるで生物の本能よりも計算機に近い冷徹さで周囲をスキャンする。手元の小さなケースの重さが掌に伝わるたび、任務の確実性を再確認する。それは画材を握る感覚であり、標的の体を操作するための道具であり、同時に心理的な優位を象徴するものだった。

 村上紗英が勤務先のオフィスビルを出る。彼女の足取りは規則正しく、日常の延長にある無防備さを帯びている。バッグの中で小さく響くファスナーの音、靴底の接地音、肩の揺れ、視線の動き――すべてが水野の神経に入力される情報だ。彼はわずかに膝を曲げ、注射器の先端を確認する。針先は冷たく、金属の光沢が夜の空気に微かに反射する。使用タイミングは完璧に計算されていたが、わずかでも誤差が生じれば、全ては水泡に帰す。

 一方、課室の秋山は端末を睨みつけ、無線で指示を出す。「渡辺、片瀬、監視位置の再確認!紗英の動きに目を離すな!」恵美はモニターの映像を凝視し、無意識に手を握りしめる。緊張のあまり、唇を軽く噛む音すら耳に入る。渡辺と片瀬は人混みに紛れ、路地の入り口と出口で息を潜めながら待機する。影に隠れた彼らの目には、わずか数メートル先で緊張を孕む標的の姿が映る。

 水野は息を整え、慎重に距離を詰める。街灯の光が瞬き、建物の影が揺れる。わずか数秒の光景に、彼の心理は研ぎ澄まされる。頭の中では象徴的モンロー像が具現化され、目の前の現実の村上紗英と合致する瞬間を計算する。完璧な象徴、完璧な「画材」としての被害者を前に、冷徹さと計算の優越感が静かに昂ぶる。

 しかし、その瞬間、片瀬が路地の奥から静かに間合いを詰める。呼吸を抑え、音を立てず、影の中で絶妙な位置を確保する。渡辺も路地の外側から視線を合わせ、逃走経路を封鎖するための位置を取る。課室では秋山が端末で状況を分析し、低く指示を発する。「全員、接触までの距離を維持!動きを止めるな!」恵美もモニターの映像を見つめ、目を細めながら指示を繰り返す。「片瀬、渡辺、距離を詰めろ。今が勝負だ!」

 水野の掌にある注射器は微かに震え、心理的揺らぎがわずかに入り始める。計算された完璧なタイミングが、予期せぬ障害により狂い始めている。彼の目の前には影が迫り、わずかな緊張が冷静さを蝕む。息を整え、意識を集中させるが、視界の片隅に映る二課の配置が心理的圧迫となり、動作に微妙な遅延が生じる。

 その一瞬を見逃さず、村上紗英は本能的に体をひねり、足を速める。無意識のうちに逃走経路を選び、危険から距離を取ろうとする。都市の路地の冷たい空気、微かに湿ったアスファルトの感触、背後から迫る影――すべてが彼女の危険信号となる。

 水野は即座に判断を切り替え、注射器を使用するのをためらう。わずかな躊躇が、心理的優位を削ぎ、完璧と思われた計画に亀裂を入れる。都市の闇に吸い込まれる彼の影は、孤独で計算された狂気の一端を象徴するが、二課の存在がその孤独な優位を確実に制約していた。

 課室では秋山が冷静に無線を飛ばす。「渡辺、片瀬、距離を詰めるな、封鎖完了を確認。標的を守れ!」恵美は心臓の鼓動が早まるのを感じながらも、息を整え、モニターを注視する。全員の意識が一点に凝縮され、街の暗闇に緊張の糸が張り巡らされる。

 都市の路地で、水野の冷徹な計算と二課の迅速な対応が交錯する瞬間、心理的な駆け引きは極限に達する。影の中で注射器を握る手は揺れ、目の前の標的は本能的な回避行動を取る。二課は全力でその動きを制御し、都市の夜は張り詰めた緊張に包まれる。

 そして、僅かな瞬間の心理的隙間を縫うように、村上紗英は二課の防護網の中に滑り込み、辛くも危機を回避する。息を荒げ、心臓の鼓動が耳元で響く。秋山も恵美も、画面越しに安堵の息を漏らすが、潜在的危険は完全には消えていない。水野の視線は冷たく、まだ執念を失ってはいなかった。都市の夜は静寂を取り戻すが、心理的緊張と恐怖の余韻は、二課の面々の神経に深く刻まれていた。

 街灯の光が路地のアスファルトに淡く反射する中、二課と修復家の緊迫した心理戦は終わらず、象徴としてのモンローを具現化させる計画は未だ水野の中で温められている。都市の闇に溶け込むその影は、次なる行動の予兆を秘めながら、夜の街を支配するかのように静かに佇んでいた。


 水野匡彦は路地の陰に潜み、村上紗英が二課の防護網に滑り込んだ瞬間を冷静に観察していた。彼の瞳にはわずかな苛立ちと焦燥が混ざるが、表情は動かず、まるで都市の影そのものに同化しているかのようだった。注射器はまだ手元にあり、冷たく光る金属が掌に重く伝わる。その重さは心理的にも象徴的にも、次の行動の決意を映し出していた。

 紗英は一瞬立ち止まり、背後の気配に気づく。心臓の鼓動が耳鳴りのように響き、呼吸は浅く速くなる。足元のアスファルトの感触、微かに漂う排気ガス、冷たい夜風――それらが本能に危険信号を送る。彼女はわずかに身体を低くし、影に紛れるようにして前進を試みる。目の前の暗がりに潜む水野の影が、まるで彼女の不安を具体的に形にした存在のように見えた。

 同時に、課室では秋山が蛇の目の解析ログを凝視していた。無線機を握りながら、低く指示を飛ばす。「片瀬、渡辺、標的の動きを追え!水野の位置は計算済み、逃走経路を封鎖しろ!」恵美はモニターの映像に釘付けになり、息を整える。「動かないで…動かないで、紗英!」声に出さずとも心の中で祈る。

 水野は再び動き始める。路地の影を巧みに利用し、無駄のないステップで紗英との距離を詰める。手元の注射器を握る指先には冷徹な緊張が走り、呼吸は一定のリズムを刻む。彼の頭の中では象徴的モンロー像が鮮明に浮かび、目の前の標的との対比が計算されている。若すぎず、年齢が高すぎず、微妙な身体的特徴が理想像と一致する瞬間を逃すまいと、全神経を集中させる。

 しかし、路地の奥から片瀬が影のように現れ、水野の進行を制約する。渡辺も外側から視線を合わせ、逃走経路の封鎖を完了させる。都市の闇に潜む緊張が、一瞬で濃密な圧迫感に変わる。水野は注射器を手にしたまま、心理的優位を維持するために深呼吸し、次の瞬間を計算する。

 紗英は影に隠れながらも、心拍の高まりと不安に押されて体を素早く動かす。都市の暗闇が彼女の背中を押すかのように、足は自然と早まる。街灯が瞬き、壁に映る影がわずかに揺れ、心理的圧迫は頂点に達する。彼女の胸の中で恐怖と覚悟が交錯し、逃げる本能と冷静な判断が同時に働く。

 水野はその瞬間、心理的焦りと計算の板挟みに直面する。二課の存在が圧力となり、注射器を使用するタイミングを逸する。その隙を逃さず、片瀬と渡辺は確実に標的に近づき、距離を詰める。水野は冷徹な頭脳で再度判断を切り替え、最短での接触経路を修正するが、心理的な揺らぎは完全には消えない。

 都市の夜は静かだが、路地の影で交錯する心理戦は激烈を極める。水野の手は微かに震え、心理的焦燥が計算された動作をわずかに歪める。紗英は無意識のうちに二課の防護網に滑り込み、わずかに安心を覚えるが、背後の影が完全に消えたわけではない。

 そして水野は最後の瞬間、注射器を握った手を止め、わずかな呼吸の遅れとともに、都市の闇に溶け込む。心理的駆け引きは終了したが、象徴としてのマリリン・モンローを具現化する計画はまだ終わっていない。二課は安堵の息をつくが、冷静に次の潜在的危険の予測と阻止に意識を切り替える。

 村上紗英は微かに震える肩で深呼吸し、夜の空気を肺に取り込む。都市の暗闇に潜む影、冷たく光る注射器、そして二課の影響――すべてが彼女の体験として刻まれ、心理的な恐怖の余韻として残る。課室では秋山、恵美、渡辺、片瀬がモニター越しに状況を確認し、次の一手を冷静に検討する。都市の静寂の中で、緊迫と冷静、心理的圧迫と物理的阻止が交錯し、夜は深く沈み込むように静まった。

 水野匡彦は一時的に計画を後退させたが、その瞳は未だ冷たく光り、次の機会を虎視眈々と狙っている。都市の暗闇に潜む修復家の影は、次なる象徴具現化の瞬間まで、静かに、しかし確実に存在感を増していく。二課の面々は、潜在的危険を回避した安堵の裏で、次なる衝撃に備え、都市の夜を睨み続けるのだった。

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