第十二話/写実主義
蛇の目は小林と山内の通信アプリでのログを再現していた。
《蛇の目・観測ログ:会話再現 No. K-17 / Y-04》
—対象:小林和樹(推定キュレーター)/山内久美(再抽出対象)—
—観測モード:遠隔音声振動解析・空間再構成
—信頼度:82.4%
■ 観測環境再構築
日時:事件発覚の6日前
場所:都内某ギャラリー裏口階段
温度:10.8℃
匂い:溶剤の残留微粒子あり
周囲ノイズ:車道、換気ファン、歩行者3名
■ 会話ログ(蛇の目解析補完済み)
山内久美(仮声紋A)
「……ねえ、本当にやるつもりなの? あんな“もの”を見せられて、私、正直まだ震えてる」
小林和樹(仮声紋B)
「震えるのは自由だよ、山内さん。でも進むか止まるかは、もう選べないところまで来ているだろう?」
山内
「選べないって……和樹くんが勝手に進めただけじゃない。私は“相談に乗っただけ”よ。」
蛇の目分析:
山内久美の声帯振動に「罪悪感由来の微細震え」検出。
発話速度は通常の81%に低下。
小林和樹の返答は全区間で声量一定、精神動揺データなし。
小林
「相談に乗るってことは“知る”ってことだ。知った以上はもう部外者には戻れない。
きみの鑑定眼は本物だ。あれを“模写じゃない”と最初に見抜いたのはきみだ。」
山内
「……褒めないで。気持ち悪いから。」
小林
「気持ち悪い? それは“作品”に対して?
それとも、それを生み出した“彼”に対して?」
山内
「どっちもよ。
……まさか本当に“展示”する気なの? 私、あれは犯罪の匂いがすると言ったよね。」
蛇の目補足:
ここで山内の呼吸パターンが乱れる。
「恐怖」と「依存」の混合反応。
小林の発話には“誘導”の特徴が増加。
小林
「犯罪か芸術かなんて、後世が決めることだよ。
僕たちは“完成形”を見る機会を持ってしまった。それだけで十分だ。」
山内
「和樹くん……あなた、本気で言ってるの?」
小林
「本気じゃなかったら、わざわざ君を呼んだりしない。」
山内
「私は巻き込まれたくない……。ねえ、本当に、あの人——“修復家”って呼んでたっけ。
あの人とどこまで繋がってるの?」
■ 解析メモ:山内が“実行犯”の存在をすでに認識している可能性 74.3%
小林
「繋がりなんて曖昧なものさ。
彼は“直す人”。僕は“見せる人”。
役割が違えば、関係性も違う。」
山内
「……つまり、あなたは“展示計画”を手伝ってるだけだと?」
小林
「僕はキュレーターだ。作品と観客の間に橋を架けるのが仕事だよ。」
山内
「作品? あれを? あんなの、人の皮で作った“幼児の造形”よ。正気じゃない。」
小林
「正気かどうかは問題じゃない。
“美しいかどうか”だ。」
山内
「和樹くん……あなた、どこまで行く気なの……?」
■ 蛇の目:ここで小林の声に“恍惚”成分を検出
小林
「完成が近い。彼はまだ進化する。
でも足りないんだ、まだ。“観測者”が。」
山内
「観測者……? 私に何をさせるつもり?」
小林
「君には“正しさ”の基準がある。
腐敗と修復の境界を見極める目がある。
“どこまでが人間で、どこからが作品か”を判別できる。」
山内
「そんなもの……私、関わりたくない……!」
小林
「でも来るよ、山内さん。
今さら逃げても、彼が君を見逃すと思う?」
山内
「……どういう意味?」
小林
「君は一度、“彼”の作品に触れた。
それだけで、十分だ。」
■ **蛇の目補足:山内の心拍上昇170bpm。恐怖反応最大。
会話終了2.4秒後、二人は別方向へ歩行開始。
追跡可能時間:小林 14分 / 山内 6分。**
《蛇の目・総括プロファイル補足》
山内久美は「巻き込まれた側」ではなく、
“作品の価値を判定できる存在”として選ばれた可能性が高い。
小林和樹はすでに“実行犯=修復家”の思想を受容している。
二人の関係性は従属ではなく、
キュレーター(小林)と鑑定者(山内)の協力関係に近い。
山内は共犯と断じられないが、
グレーゾーンに深く足を踏み入れている。
さらにモニターの点滅が続くと続けて答えが流れていく。
◆“修復家(Conservator)”の職能分析
――蛇の目・観測ログ No. 11-Ω
――閲覧対象:科警研第二課
【観測開始】
対象概念:“修復家(Conservator)”。
人類社会においてしばしば「文化財保存」と誤認されるが、その本質は “破壊されたものに対し、外形ではなく意味を復元する技術職” にある。
蛇の目は既存のデータベース14万件、犯罪心理学資料2,981件、美術修復史1,203件を走査。
パターン抽出の結果、以下の特性が導出された。
■1. Conservator の三層構造
◎A層:物質的修復
絵画、彫刻、文書、皮革製品、人体組織標本など「物体」。
欠損部位の補完、亀裂の固定、腐敗の遅延。
“原型の尊重” を至上命題とする。
◎B層:概念的修復
作品が背負う物語、作者の意図、歴史文脈の再構築。
時に A層より重視される。
“作品の魂” を復元する行為と位置づけられる。
◎C層:倫理の緩衝地帯
Conservator は常に「触れてはならないものに触れる」職能。
過去の名画修復失敗例、過剰処置事件、文化財損壊隠蔽など、倫理的グレーゾーンの統計が蓄積。
この領域では “本人の正義感” と “仕事の論理” が衝突しやすい。
蛇の目の推定によれば、本事件(名画模倣遺体群)は C層の倫理破綻が犯罪者の核心 にある。
■2. 犯行との照合
遺体加工の特徴(情況照合率92.8%)
皮膚の引き伸ばし処理:油彩キャンバスのテンション調整技術と一致
色調の均質化:絵画補彩と類似
損傷部位の“美的補完”:修復家特有の“絵画的視点”
歴史的画風の模写精度:修復家は作者の筆致再現を訓練されるため高確率
→犯行者は
「修復家としての訓練」または「修復家レベルの絵画理解」 を保持している。
この観測結果は、
蛇の目が先に提起した “Curator と Conservator の二人体制の犯罪モデル” を補強する。
■3. Conservator 犯の心理仮説(蛇の目生成モデル No.K-32)
※以下は観測ログに基づく AI 生成仮説であり、人間社会の倫理とは不整合を含み得る。
◎① “作品の尊厳” の過剰信仰
修復家は作品を「救う」感覚を持つ。
逸脱例では、
“原作を超えた完璧さ” を求め、破壊→再構築を繰り返す 行動が観測される。
◎② “作者” への同一化
長期の作業は、作者の視点・癖・筆致への没入を強要する。
犯行のように名画を模した遺体演出は、
作者の神性を再現する儀式性 が高い。
◎③ “腐敗” に対する拒絶
修復家は分解・腐敗・崩壊を職業的に忌避する。
遺体加工に「腐敗遅延処理」が施されている点は、
“永続性への執着” の表出と解釈できる。
■4. Conservator が単独で犯行可能か?
蛇の目推定:可能だが効率が悪い(37.4%)
理由:
被害者は五体。
画風再現度が高い。
各遺体の「展示配置」が計算されている。
いずれも「観客を想定した構図」である。
これらは Curator 的設計能力(展示意図・演出設計)が必要。
→よって蛇の目は以下のモデルを推奨する:
【Curator(企画者) × Conservator(実行者)】の二項犯行モデルが最適解である。
この構造は美術館・ギャラリーの現場そのもの。
■5. 小林和樹との関連推定
小林の職能:キュレーター的思考傾向
作品鑑賞の順路設計
物語的背景の補足
“観る者の体験” への過剰配慮
美術館における配置図の個人的収集癖
事件現場周辺の動線と一致する位置での目撃情報
→小林は 「展示のための構想」 を持つ可能性が高い。
ここに“修復家=実行犯”が存在すれば、
小林は企画者 / 共同演出者 として機能し得る。
■6. Conservator 犯の存在が意味するもの
蛇の目は最後に以下を出力する。
「名画は修復されることで“永遠”となる。
犯人は“死体”を修復することで、“永遠の美”を作ろうとしている」
「これは芸術ではなく 再生を名乗る破壊 だ」
「そして、Curator(小林和樹の推定領域)と
Conservator(実行犯)の二つが揃って初めて、
これほど精密な“死の展示”は成立する」
■最終総括(蛇の目)
・修復家は、本件で最も犯行手口に近い職能を持つ。
・単独犯ではなく、Curator との共犯関係が高確率で存在する。
・小林和樹は“展示の思想”を持ち得る人物であり、接点は無視できない。
蛇の目はこの結論を、
第二課の端末に強制送信する。
観測ログ終了。




