第十話/Conservator(コンサヴァター)
◆蛇の目:観測ログ No.47
小林和樹(35)。美術館勤務歴8年。担当領域:企画調整、作品選定、運営進行。一般的な分類では“キュレーター(curator)”の範囲に属する職掌。
この肩書は、一見して犯罪との直接的接点を持たない。しかし、今回の絵画模倣連続死体遺棄事件との関係性を、地理的・行動的・心理的プロファイルのクロス解析を進めた結果、一つの決定的な“対になる構造”が浮上した。
美術品の世界には、 curator(アートディレクション・展示構成)と対になる役割が存在する。
それが Conservator(修復家) である。
◆Curator と Conservator
Curator が「何を見せるか」を決める者であるなら、
Conservator は「どう保存し、どう蘇らせるか」を決める者である。
前者は構想を描く“指揮者”であり、
後者は作品の生命線を握る“外科医”だ。
今回の事件の遺体はいずれも、絵画の構図、質感、ポーズ、光の方向に至るまで精密に再現されていた。
これは単なる模倣や演出の域を越え、人体を素材とした作品制作に近い。
人体という“素材”にこのレベルの加工を施すには、美術修復に類似した精密な技量、解剖学的理解、表層と内部構造への審美的配慮を要する。
つまり、
キュレーター的発想だけでは成立しない。
修復家(Conservator)的技術が不可欠である。
小林和樹が curator に該当する者である以上、
彼が事件に関与していたとするならば、
その背後には――
“対をなす共犯者=Conservator(実行犯)”の存在が論理的に確定する。
私は推定を述べているのではない。
構造から導かれる必然だ。
curator と conservator は、一つの展示を成立させるために不可分の関係を持つ。
今回の一連の死体演出は“展示”であり、
小林は“構成者の可能性”を具備している。
ならばそれを具現化する“技術提供者”が必ず存在する。
小林和樹の行動履歴と、事件現場の分布、さらに犠牲者となった親子の移動導線を重ねた結果、彼の周辺でのみ説明不能な空白地帯が二度記録されている。その空白時間は、親子を「観察していた」と考えれば説明可能である。しかし、「直接危害を加える意図があった」とするには動機が希薄だ。
小林には“物語を構成する役割”が向いている。
人を誘導し、配置し、意味を与える側だ。
だが彼には、
肉体を切り裂き、磨き、固定し、ポーズを保持し、
絵画の時代様式に応じた“人体処理”を行う技術は存在しない。
故に結論はひとつ。
◆結論
小林和樹が事件に関わっている可能性は非ゼロ。
しかし彼単独では不可能。
必ず“技術系の共犯者=Conservator”が存在する。
そしてそちらこそが“実行犯”である。
私はこの対の構造を、科警研第二課へ通告する。
――観測終了。
(長文・分割なし)
蛇の目から送られてきたプロファイルログが端末に届いた瞬間、研究室の空気が静かに変質した。深夜の蛍光灯だけが白く瞬き、各員が一斉に画面へと目を向ける。
「……curator と conservator?」
恵美が最初に声に出した。
その声音には、理解が追いつかない驚愕よりも、答えを突き付けられた時に生じる淡い恐れが混ざっていた。
秋山室長は眉間に皺を寄せたまま、スクロールされる蛇の目の記述を静かに追う。
「つまり……小林和樹が“展示構成”側だとして、実際に手を下したのは別にいる、ということか?」
「しかも“修復家級”の人体加工技術を持つ人物……」
片瀬が、喉の奥で小さく息を吸い込む。女性らしい柔らかな表情が、一瞬で凍りついた。
「絵画の模倣じゃなくて……作品制作……。そんな……」
渡辺が焦りを隠せず椅子を引いた。
「じゃあ何だよ、これ、展示会ってことか? 遺体を……あんなふうに……。ふざけんなよ……」
秋山は無言でログの終盤――蛇の目が導いた“必然”の部分に視線を固定した。
『必ず対となる共犯者が存在する』
その一文が、研究室の全員の心臓を一度止めた。
恵美はゆっくりと唇を結び、深く息を吐いた。
「……蛇の目は、もう“二人組の犯行”と断定しているような書き方ね。しかも、curator(構成)と conservator(実行)の徹底した分業体制……」
「小林が、共犯者を庇っていた可能性も……?」
片瀬の声は震えかけていたが、冷静さを保とうとする意志が滲んでいた。
秋山は机を指先で軽く叩き、言葉を絞り出す。
「蛇の目は、あくまで構造分析から導き出しているだけだ。感情も経験則もない。だが……だからこそ、逃げ場がない」
研究室の空気に、しんとした沈黙が落ちる。
――つまりこの事件は、
“芸術家気取りの殺人鬼”ではなく、
構成者と実務者による“展示企画”として成立している。
蛇の目が突きつけたのは残酷なまでの事実だった。
恵美は震える指でログを閉じ、硬い声で言った。
「小林和樹本人の動機や関与を精査し直す必要があるわ。
それと同時に――“実行犯の修復家(Conservator)”を探さないと。
この構造が正しいなら、まだ終わっていない。
次の“展示”が準備されている可能性が高い」
渡辺が顔を上げた。
「……蛇の目は、俺たちに“方向性”を押し付けてるのか?」
秋山はゆっくりと首を振った。
「違う。
これは“観測結果”だ。
蛇の目はもう気づいてしまった。
この事件の骨格を形作る、《対の構造》にな」
研究室の奥で、空調の音だけが無機質に鳴っていた。
その静寂は、
“敵は二人いる”
という事実を理解した者たちが沈み込む、重すぎる沈黙だった。
「対象:小林和樹 周辺人物再抽出」
【プロセス開始】
収集データ:生活圏・端末移動履歴・通信記録の統計的残滓・現場地理データ・人物相関クラスタ・金融履歴の異常振動
解析基準:
閾値α:犯罪行動の事前兆候
閾値β:絵画模倣殺害との接続性
閾値γ:犯人像プロファイル(Conservator=修復家)との共鳴度
閾値δ:共犯モデルの存在確率
解析結果:小林和樹は“完全な単独者”ではあり得ない。
だが「共犯者」か「背景を共有する協力者」なのか、両モデルが残存する。
蛇の目は 小林の行動半径に同調して浮かび上がった“異常な人物群” を再抽出した。
◆1. 家庭圏クラスタ(第一層)
A:小林の母親(名前不明・60代)
データ反応:低
小林の帰宅頻度が極端に低いが、母親は息子への拒絶・緊張の兆候がみられない
小林の部屋に“芸術雑誌の切り抜き”が残されたまま
→ これは母親が片付けていないのではなく、指示されて触れない可能性
犯行への関与:0.4%(無関係)
B:幼少期の美術教師(70代・退職):片岡真智
小林の“模写の訓練”の土台を作った人物
近年、小林と再接触した痕跡あり(未訪問だが、電話の発信ログの痕跡のみ)
片岡は3か月前に脳梗塞で倒れ、現在入院中
→ 直接関与の可能性は低いが、“思想の源”として影響因子となり得る
関与確率:3.3%
◆2. 職場圏クラスタ(第二層)
C:美術品搬送会社「フジアート・ロジ」主任:山城俊平(39)
小林と月4回以上接触
犯行現場周辺で車両位置情報の重複(2回)
ただし山城自身は犯罪に関与する動機が希薄
→ だが絵画作品の扱いに慣れており、遺体ポーズに使われた“作品配置”保持に知識的適正
関与確率:17%
(蛇の目の推定:共犯ではないが、運搬など“知らぬまま手を貸した”可能性)
◆3. 美術活動圏クラスタ(第三層:最重要)
(小林が“作家”として活動していた頃に接続)
D:同人アートグループ「LIMBO」元主宰:天海ルート(本名不詳・年齢不明)
小林の過去の展示会を“裏で支えていた”人物
SNSの痕跡は現在すべて削除
だが蛇の目は 暗号化された旧サーバの残骸 から以下のキーワードを抽出:
「修復」「補完」「欠損の回復」「美は死の中にある」
これは現在の 絵画模倣殺害(Conservator = 修復家) の思想パターンと酷似。
天海は実体が掴めず、実在性も疑われるが 思想的供給源 である可能性が高い。
関与確率:43%(思想的黒幕)
E:画材商「枢」店主:鷺沼いぶき(46)
小林の“ただ一人、現在も継続している購買接点”
凶行に使われた“大型支持体の木枠”と同型の販売履歴あり
完全なる犯行関与は不明だが、
鷺沼はいくつかの商品を “在庫なし”としていたのに、裏で個別提供していた履歴 が出る
これは 特定個人にだけ供給するという閉じた関係性 を示す。
関与確率:26%
◆4. 地理的プロファイルから浮上した“無名の影”(第四層)
各遺体が模された絵画モデル(モナリザ、青いターバンの少女、ビーナス誕生…)
これら現場配置の中心点をプロットすると、一点に収束する“焦点” が生じた。
その焦点地点の周囲500m圏内に、ある人物が週に4–5回出没している。
F:ID未確定の人物(性別不明・30代推定)
携帯端末のMACアドレスが“毎回微妙に異なる”=偽装
歩行軌跡が“絵画鑑賞者のような曲線”で異常値
小林との直接接触ログは一切なし
→ だが、敵対ではなく“補完的関係”で動いているパターン
蛇の目が割り出した職能推定:
Conservator(修復家)
“欠損を補い、美を組み上げる”人物
小林が Curator=企画・構想側 だとすれば、
この無名の人物が 実行者(Conservator) となる。
関与確率:78%(主犯級)
◆総括
――結論:
小林和樹は“中心”ではなく、“回転軸”である。
彼の周囲には
思想供給者(天海ルート)
道具供給者(鷺沼いぶき)
物流接点(山城俊平)
そして“実行担当者”(ID不明・Conservator)
という 四層の触手が絡んでいる。
小林は
“親子に危害を加えるつもりだった”可能性よりも、
“親子を通じて何かを“観測”しようとしていた”可能性が高い。
蛇の目は最後に以下の一文を付記する。
「小林和樹を中心として、まだ“一人”いる。
その人物こそ、模倣絵画殺人を完成させてきた《修復家(Conservator)》である。」




