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第9話 一矢報いる

 動かなければ何も変わらず、ただ100回目の死を迎えるだけ。


 この100リトライは、いわば俺の人生を圧縮したようなものだ。

 最期には死ぬとわかっていて、その道中自分で選択もせずただ生を浪費する。そんな自分に終止符を打ちたかった。


 ――タイミングは一瞬。


 剣聖の”雷豪の剣”は、来るとわかっていたとしても簡単に避けられるものじゃない。

 動き出しが早すぎれば、その分剣聖も俺の動きを見て攻撃の軌道を変てる。下手に逃げに徹すれば、この攻撃は簡単に追随してくる。


 つまり、相手が攻撃した刹那に、完璧なタイミングで、予想外の方向に動く必要がある。

 普通なら無謀で不可能な作戦。――だが、俺はこの攻撃を既に”11回”も見ている。

 環境差異のある状態じゃない。

 この瞬間、この状況……このシチュエーションを11回。


 仮に失敗すれば、致命傷を負ったうえに一撃では死ねず、以降のリトライは致命傷からのスタートとなる。そうなれば、絶望的。


 ――だが、だからこそやる。

 この経験を失敗しないためじゃなく、成功するために使う。

 これまでのリトライは、このための布石だったと――そう自分を納得させる。


 剣聖は魔術を発動し、その剣に雷が纏われる。

 そして、剣を一瞬垂直方向に傾けた――その瞬間。


 ()()()、唯一無二の。


「ッ!!」


 攻撃はあまりの速さに視認できないがここで、今までの経験を活かしてタイミングを合わせる……!

 

 その時、違和感を覚える。

 ――あれ……なんか……()()()


 前回よりも、俺の目にその剣聖の動きは良く見えた。

 ハッキリとではないが、ギリギリ視認できる。フレームレートが上がった感覚。

 目の慣れ……というには、その感覚はあまりにも平常だった。あたかも視えて当然とでもいうよな、安定感があった。


 ――いや、考えるな……今は何でもいい!! 重要なのは、今……ここ――!


 俺は剣聖の剣が届くより先に、一気に踏み込む。

 銃弾に向かって突っ込むようなものだ。本来ならありえない捨て身の攻撃。

 だからこそ、虚を付ける。


「!」


 剣聖は初めてその表情をわずかにゆがませる。


 ここまで死んだ表情で防御に徹してきたんだ。一人の人間が急に、極端に行動を変えられるわけがないという思考が普通だ。こんな刹那で、そんな事不可能だ。


 ――だが、俺には”死んだ数”だけの思考と、幾度もの試行がある。


 俺を”防御特化の生得魔法”だと思い込んでいるとすれば、その行動は理解不能だ。いくら最強といえど、一瞬の脳が混乱する。


 この剣聖の動揺が、おそらく最初で最後……唯一の隙だ。


「――ぐっ!! ……あぁ!!!」


 マジかよ……!


 完璧なタイミングと状態で動きだしたにも関わらず、その神速の突きは完全に避けきることはできず、俺の左肩をえぐり取る。視えたからと言って、まだ身体は完全にイメージ通りの速度と正確性を出せていない。


 うめき声が漏れるが、痛みを奥歯で噛みめる。俺はそのままひるまず一歩を踏み込むと、右手に持っていたナイフを一気に振りぬく。


「う――おぉああああ!!」


 肉を裂く感覚――。血飛沫が舞う。

 勢いのまま前方にゴロゴロと転がると、血が噴き出す左肩を抑えながらなんとか立ち上がり、よろよろと剣聖から距離をとる。


 俺のナイフは剣聖の右腕の内側を切り裂いた。

 剣聖は剣を落とし、だらんと右腕を宙に放っている。


 よしっ……!


「……一矢……報いたぜ……!」


 今まで味わったことのない達成感が、俺の脳を駆け巡っていた。


 ギリギリの、細い線を通したピンポイントの命懸け。すがすがしい気分だった。

 自分の選択が、物語を進展させた感覚。レールに乗っているだけでは味わえない高揚感だ。


 肘の内側の神経束近辺を切り裂いてやった。普通だったら、これで指の動きを奪えるはず……。これで剣聖の戦力は大幅にダウンしたはずだ。


 剣聖は、震える右手を見つめた後、俺を見る。


「君は本当に……予想外だよ」


 剣聖は嬉しそうに口角を上げる。

 切られたのに嬉しそうにするその顔に、俺は思わず唾を飲み込む。


「僕の攻撃をナイフだけで十数秒耐えるだけでなく、まさか傷までつけるとは。……君は、何者だい?」


 剣聖の纏っている雰囲気が変わる。

 さっきまでの柔和な空気は消え、一気に場が張り詰める。


「素人のようなナイフ捌き。だけど、まるで未来を予知でもしているかのように最短ルートを通る防御技術。君の存在はチグハグだ。だが何よりも、この僕に向かって突撃してくるその覚悟。常軌を逸しているよ」

「……大袈裟だよ。俺は一般人だ」

「だとしたら、末恐ろしいね。だが、いい勉強になったよ。この傷は、君を測るような真似をしてしまった故の戒めというところかな」

「…………」

「僕は少しばかり、慢心していたようだ。――だが、もうそれはない」


 その雰囲気に、俺は思わずぞわっと鳥肌が立つ。


 やだやだ、強い人は慢心しててくれないと、俺たちみたいな一般人では太刀打ちできなくなるだろ!

 もしかすると、俺はとんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない……ごめんね、この世界の人達。


 ここから、おそらく剣聖の攻撃は苛烈さを増すだろう。

 これまでのように様子見はしてこない。そう、その眼は物語っていた。

 こうなっては、俺に勝ち目はない。【回帰】が覚醒でもして巻き戻される時間が延びればワンチャンあるかもしれないが、現実的じゃない。


 剣聖は血が流れる右腕を垂らしながら、左手で剣を拾い上げる。

 さすがに手を抜いていたからって、利き手を使ってないなんていうことはないだろうから、これで多少はこいつの攻撃を受けやすくなるかもしれない。


 俺の決死の行動が、左肩の負傷と引き換えに手に入れた唯一の戦果だ。

 希望は潰えたと思っていたが、もしかするとほんのわずかでも……蜘蛛の糸くらいの細い光明が見えたかもしれない。


 ――が、次の瞬間。俺は思わず絶句する。


 剣聖は左手を自身の右腕にかざし、短く詠唱を唱えると、パッと光があふれる。

 直後、剣聖は右手をグーパーと握りしめて感覚を確かめると、持っていた剣を右手に持ち替えた。


 ……は? なんだ今の……手が……まさか――


「回……復…………した…………?」


 冗談……だろ……!?

 これだけ積み上げてきた俺の戦果が……たった一瞬で振り出し……!?


 愕然とする俺を見て、剣聖は「あぁ」と声を上げる。


「回復魔術は初めてかい? もしかしたら、これで何とかなるかも――なんて期待させてしまったかもしれないが、残念だったね」

「聞いてねえよ……そんなの……!」


 回復なんて、チートじゃねえか……!

 こんなのどうしろってんだよ……ラスボスが回復して形態を変えるのはプレイヤーのストレス溜めるだけだって学ばねえのか……!


 確かに無理だとは思ってたけど、ここまで心を完璧にへし折りに来なくてもいいだろうが!!


「君には気付きを与えてもらったからね。苦しませずに一瞬で屠ってあげよう」


 ……これ以上はもうどうしようもねえよ……!

 肩の傷も痛すぎるし、体力がだいぶ消耗してる……正直、今まで通りの回避は不可能だ。


 だが、”意味のある死”……それはきっと、達成できた。

 はたから見れば何の意味もない行動だっただろうが、少なくとも俺にとっては価値のあるものとなった。


「くそ……最強かよ……」

「楽しかったよ。これで――――ッ!」


 瞬間、剣聖が後ろに飛びのく。

 すると、さっきまで立っていた足元に一本の剣が深々と突き刺ささり、激しい音をたてて砂埃を舞い上げる。


「!?」


 なんだ!? 奇襲!?


 いや、まさか――。

 すると、土煙の中から聞き覚えのある声が聞こえる。


「ライカ、生きてる? よく耐えたわね!」


 視線を上げるとそこには、美しいブロンドヘアが靡いていた。

 

「――ユーナさん!!」


 俺の前に仁王立するユーナさんは、こちらを振り返り笑う。


 間に合った……! 後方でユーナさんも戦っていたのはわかっていた。

 俺に生き残る可能性があるとすれば、ユーナさんとの合流が絶対条件。

 少しでも耐えてひ必要があると思っていたが……本当に……!


 すると、剣聖は静かにたたずみ口を開く。


「”蜘蛛姫”ユーナ・ミレム……。この数十秒で僕の部下たちをすべて倒したか。さすがだよ。そう簡単には殺させてもらえないみたいだね」

「そういうあなたは、騎士の最高傑作……人類最強の”剣聖”。避けていたつもりだったけど、どうやら私の行動は筒抜けだったみたいね。どこから情報が漏れたのか知らないけど、待ち伏せ何て姑息なことしてくれるわ。おかげで私の取引先から仲間から、全員お陀仏よ……どうしてくれるの?」

「!」


 振り返ると、地面に横たわる三人の姿が目に入る。

 残されたのは、俺とユーナさんのみだった。


 くそっ……!


「君たちの活動は、多くの善良な国民に害を及ぼす。仲間の心配をする前に、そっちを心配して欲しいものだね」

「私は困っている人を助けるだけ。それが善人であれ悪人であれ関係ない。人を選り好みして、片方は助け片方は殺そうとするあなたたちより、よっぽど人道的でしょ?」

「なるほど、弁が立つ。君みたいなタイプは多くの仲間を作る。そのネットワークの広さと影響を鑑みての450万の懸賞金というわけだ」

「どうかしら? それだけじゃなくて私、それなりに戦えるわよ?」

「知っているさ。君の生得魔法である【反撃】はS級魔法……厄介だ。使われる前に、細切れにさせてもらおう」


 しかし、ユーナさんはベッと舌を出し、俺の肩を抱き寄せる。


「残念だけど、それはまたの機会に」

「おっと、僕から逃げられるつもりかい? 負傷した彼を連れて、僕から逃げられるとでも?」

「一流は逃走経路も用意しておくものよ。私は――二重生得者ダブルよ」

「!」


 そういって、ユーナさんは胸の谷間にある紋章をさらけ出す。


「楔の紋……【帰還】か! 用意周到な女だ……させないよ!」


 剣聖は剣を握り、一気に距離を詰めてくる。

 しかし、ユーナさんの動きはそれより早い。


「一手遅い。私がただおしゃべりしていたとでも? 魔力は充填済みよ。――――”帰還リープ”」


 瞬間、俺たちの身体は青白い光に包まれ、前後左右の間隔が曖昧になる。

 目の前が真っ白になり、浮遊感が襲う。


「くっ! ……やるね、ユーナ・ミレム」


 剣聖の声が、遠のいていく。

 こうして、俺たちは剣聖から逃げ切ったのだった。


 ――【回帰】残り72――

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