プロローグ
複数の松明が壁に等間隔に並び、ぼんやりと部屋一面を照らす。
薄暗い部屋の中には、多くの人々がひしめいている。
彼らは、一様に壇上を見つめていた。
松明が消え一瞬の暗闇の後、壇上に魔道具によってスポットライトが当たると、シルクハットを被った黒ずくめの男が現れる。
「お待たせいたしました。それでは、次の商品です」
そう言って、壇上の男は背後に置かれた布を勢いよく取り除く。
その瞬間、会場からどよめきが上がる。
「”ネロピドロの感応器官”の封瓶!! 「集団意識」を持つネロピドロの感応器官を、魔法で半永久的に保存した逸品です。闇薬物”アスピリア”の原材料であり、大陸素材連盟指定の禁制品となっているため、現在正規の市場ではまず手に入りません。この素材の価値は、ここにいる方たちであればお分かりでしょう。――では、スタートは5万ゴールドから!!」
その言葉を皮切りに、会場にいる者たちは次々と声を上げる。
「5万5000!」「6万!」「6万8000!」「……7万だ!」
会場は一気に熱気を帯び、その値段はどんどん吊り上げられて行く。
熱狂はすさまじく、雰囲気だけで酔ってしまいそうだ。
俺は、そんな熱狂を部屋の隅の壁にもたれ掛かりながら見つめ、小さくため息をつく。
「なんで俺がこんなところに……場違いすぎるよな、やっぱ」
どう考えてもそれは明らかだった。
そもそも、俺はこんなアンダーグラウンドな場所に顔を出すような人間じゃないんだよ。
普通の異世界転移者だったら今頃冒険者ギルドに所属して依頼をこなしたり、チート能力で無双したりしているはずだ。それなのに、片や俺はこんな怪しいオークション会場で一人……。俺って、裏社会とは無縁のただの高校生だったんですけど……。
瞬間、脳内に馴染んだ声が滑り込んでくる。
(――こちらシルキィ。ライカ、狙いのブツはどう? 競りは順調?)
耳に嵌めた念話を可能とする特注の魔導具が、シルキィの少し高い声を届けてくれる。通話範囲は半径約50メートル。この世界にはさすがにスマホなんていう便利な道具はないから、これでも異次元の性能だ。
これ一個で屋敷が建つらしいが……なくしたら殺されるかな……。俺は耳に指を当てて脳内で答える。
(……こちらライカ、順調だよ。狙いの品はカタログ通りならこの次の次だ。ネロピドロの感応器官は……もう少し競りが続きそうだ)
(了解。もう少ししたら合流する)
そこで念話はブツッと切れる。
「ふぅ……」
俺は会場の方へ視線を移す。
ここにいるのは、闇コレクターやそれをクライアントとした闇ギルド、マフィアに密売組織、盗賊団……。
表では見られない、裏社会の住人達による闇市場。
この世界に来る前は、どう考えても関わりあうことなどなかった世界の住人達。
異世界に行けばチートでハーレムで無双? ……ふざけんな、なんで俺だけこんなハードモードなんだよ! 俺はただ、異世界でスローライフを送りたかっただけなのに……!
俺は深いため息と共に、オークション会場へと降りていく。
「おい……あれ」
俺の姿を見て、ざわっと周囲がざわつく。
「まじか……! 堂々と登場するとは……まだ日はそんなに経ってないはずだが……」
「ギルムファミリーをほぼ一人で潰したらしいが、そうは見えねえな」
「こういう奴が意外とやるもんさ」
「剣聖とやりあったっていうが……実在したのか」
「依頼したいなあ、暗殺いくらでやってくれるんだろ?」
すれ違いざまに聞こえてくる”嫌な”評判達。
「……なんでこうなったんだ、まじで」
完全に過大評価されてるよ……俺はそんなつもりで異世界生活してきたつもりじゃないのにさあ……!
――いや、気合を入れろ、俺。この依頼を終わらせて、すべてをリセットするんだ。これをこなせば、俺の指名手配を解除してもらえるはず……。それで、ようやく堂々と街を歩き、安心してスローライフを送れるようになるはずだ。
こんな、厄介者だらけの後ろ暗い世界はさっさと抜け出すんだ。
こんなイレギュラーな異世界転移なんて、俺は認めない……!
「――うし」
【回帰】は残り58回……か。
無駄に死ねないな。――いや、そもそも、そんな苦しい思いはしたくない。
今度こそ、死なずに終わりますように……。
新連載です! スローライフがしたいのになぜか裏社会で俺つえええして行く物語です。
本日複数話更新予定ですので、是非。
モチベにもつながりますので、面白かったor続きが気になると思っていただけた方は、
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