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 僕は昼休みになると、会社から歩いて数分の距離に

 ある市営の公園で一人休憩をとるようにしていた。

 その公園は普段、近くに大きな団地があったためか

 小さな子供を連れたお母さんたちや、犬の散歩をし

 ている人たちで賑わっていたのだけれど、昼時にな

 るとそれぞれが昼食をとりに家に戻るため、一時的

 に人の姿が疎らになっていたので、ゆっくりと身体

 を休むには恰好の場所であった。

 公園の一角には‘多目的広場’と呼ばれる全体を芝

 生で覆われたスペースがあり、普段は元気に転げま

 わりながら遊ぶ子供たちの為の場所だったが、昼の

 人気の疎らな時間では、世界一大きくて心地よいベ

 ッドとして、独り占めすることができた。

 広場の東側には大きな人口の池があり、ガマやアシ

 といった植物や鯉などの魚が生息しており、季節に

 よってはカルガモの親子にもめぐり合えた。


 僕がいつものように芝生に横たわり目を瞑って、暖

 かな風に運ばれてくる木々の香りや鳥たちの鳴き声

 を楽しんでいると、どこからか「あの。」と言う遠

 慮がちな声が聞こえてきた。

 あまりの小さな声に空耳かなと思いながらも横にな

 ったまま目を開くと、目の前には少し強張った表情

 の彼女が立って僕の顔を覗き込んでいた。


 「あの・・・、この前はありがとうございました。

 私、もう三カ月も経つのにのに・・色々うまく出

 来なくて・・・。」


 少し驚いて上半身だけを起こした僕に彼女は続ける。


 「私・・・どうしていいかわかんなくて・・・、

 そしたら櫻井さん助けてくれたから・・・。」


 「仕方ないよ、新人さんなんだし。 また分かんない

 ことあったらいつでも聞いてもらっていいよ。」


 そう僕がいうと、少し緊張がほぐれたのか、彼女は

 この前と同じ自然な笑顔を見せてくれた。

 

 「この場所、好きなんですか?」

 

 「えっ。」

 

 「あの・・、いつもここで休んでるから。」


 意外だった、今までほとんど話したことすらないのに、

 彼女は僕の名前も僕がお昼にここで休んでいることも

 知っていたのだから。

 僕は、胸の鼓動が少しだけ早くなるのを感じた。


 「うん。ここに寝そべってるときもちいいんだよ。 

 こうやって太陽に照らされて風に当たってると、疲れ

 が吹っ飛ぶんだ。」


 「分かります。 私も一カ月ぐらいにこんな素敵な場

 所あるんだって初めて知って、最近よく通ってたんです。

 今日も散歩してたら櫻井さん見かけたから、この前のお礼

 言わなくちゃって・・・。」


 ほんの少しだけ残念に思う僕の目の前に、彼女は右手

 に持っている物を差し出した。


 「これ・・、よかった・・・らどうぞ。」


 僕の目の前に差し出されたのは、一本の缶コーヒーで、

 彼女のもう一方の手にも、同じ物が握られていた。

 ありがとうと言って僕が缶コーヒーを受け取ると、僕

 らは自然と芝生の上に横並びに並んで腰を下ろした。


 「あの・・・、ごめん・・・、名前良く知らなくて・・ 

 ・・・、教えてもらえるかな・・・。」


 ばつが悪そうにする僕に彼女は一瞬驚いたような表情

 を見せると、少し間をおいて慌てた様子で答える。


 「あの・・・、玲菜です・・・、宮瀬玲菜です。」


 慌てる彼女の姿が僕にはとても愛らしく思えて、思わ

 ず微笑んで顔を見ると、彼女は真っ赤に顔を紅潮させ

 て僕から視線を逸らして俯いた。


 

 後になってこの日の出来事は、控えめな彼女が最大限

 に勇気を出して行動した唯一の瞬間だったんだとつく

 づく思った。

 

 あの時彼女がくれた缶コーヒーは、会社の自動販売機

 以外ではほとんど手に入れることができない名の知れ

 ないメーカーの商品で、僕が休憩時間の度に良く飲ん

 でいたお気に入りだった。


 

 お互い約束していた訳では無かったけれど、その日以

 来僕と玲菜は、この場所で一緒に多くの時間を過ごす

 ようになった。

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