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それは、彼女が僕の会社に新入社員として入社してか
ら、三か月ほどが過ぎたときのことだった。
机の上のパソコンの前に座った彼女は、どこかおどお
どと落ち着かない様子で、パソコンの画面を覗き込ん
ではは周りをキョロキョロと窺う素振りを繰り返して
いた。
何か分からないことがあるのだけれど、その持前のお
となしい性格のせいか、誰に助けを求めてよいのかわ
からないでいる彼女の姿が目に入ったのは、この広い
空間で僕一人だけだったのかもしれない。
困っている彼女を見てどおしてもほおっておけなかっ
た僕は、いつの間にか彼女の方へと歩きだしていた。
「どうしたの?」
そう言って僕は、少し驚いた表情を見せる彼女の傍らに
たってパソコンを覗き込むと、そこにはパスワードとID
を入力する画面が表示されていた。
僕は黙って、幾つかの数字とアルファベットの組み合わ
された文字を入力するとエンターキーを押した。
「パソコン立ち上げたりするときは、このパスワードと
IDが必要になるから覚えておいたほうがいいよ。」
そう言うと、画面を見つめていた彼女は「あっ、ありが
とうございます。」と言うと、さっきまでの不安な表情
とは違い自然な笑顔をうかべた。
本当はもう一言、何か世間話程度のことを話したかった
のだけれど、その頃の僕はあまり女性と話したりする事
にほとんどなれていず、その言葉を見つけることが出来
なかった僕はそのまま自分の机に戻ることにした。
それでもなんとなく気になって振り返ってみると、彼女
はまだ僕の方に微笑んでいてくれた。
僕は彼女に向って軽く右手を上げると、また自分の机の
方に歩きだした。
彼女の愛らしい笑顔と、その独特な‘温かで澄んだ空間’
に初めて触れた僕は、なんだかとても落ち着かない気分
になった。
その日以、僕は来事あるごと無意識のうちに、彼女の
姿を探すようになっていた。