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遥花と僕の間には暫く沈黙が続いていた。
遥花の思いがけない言葉が、忘れていたはずの記憶
や思いを次々と蘇らせて、僕はその痛みに耐える事
で精一杯だった。
辺りはすっかり日が落ちていたけれど、僕らはどこ
からから漏れてくる微かな光を頼りに、何とかお互
いを確認する事が出来た。
そんな間もなく闇に覆われる世界の、沈黙を破った
のは遥花でも僕でも無かった。
「遥花ちゃーん。」
ほんの数メートル先の暗闇から発せられたはずのそ
の言葉が、僕には心のずっと奥深い所から響いてき
た様に感じられた。
あの頃、とても愛おしくて一番身近に触れていた声。
暗闇から僕らの方に近づいてくる声の主、お互いが
その存在をはっきりと確認出来る距離まで近づく。
僕たちの前に現れたのは、玲菜だった。
それは幻想や幻覚では無い紛れも無い存在だった。
あの頃と何も変わる事の無い玲菜の姿は、僕らの時
間が一年前のあの時以来、その歩みをすっかり止め
てしまった様に感じさせた。
玲菜は一瞬とても驚いた表情を浮かべると、気まず
そうにして視線の置き場所を探していた。
「あっ、玲菜ちゃん。」
僕が何か口にするより先に、遥花が玲菜に声をかける。
それから遥花は僕の所へやって来ると、‘遊んでくれ
て、ありがと。’と言ってポケットの中から何かを取
り出すと、それを僕の手の中にしまった。
「帰えろう。」
そう言うと遥花は玲菜を追い越して帰り始めた。
この公園に来たばかりのころはある程度心の準備が出
来ていた僕だったけれど、今この段階での玲菜の出現
には全く対応が出来ずに、かける言葉すら思い浮かば
なかった。
玲菜の方も相変わらず気まずそうに、僕に視線を合わ
せる事も出来ずに黙ってる様子だった。
「玲菜ちゃん。」
すでに帰り始めていた遥花が玲菜を呼ぶ。
遥花の声に反応した玲菜が視線を彼女の方へ向けると、
急激に焦燥感に駆られた僕は、ほとんど無意識に言葉
を発する。
「あのさ・・、玲菜は・・・今幸せ?」
戸惑いの表情を見せる玲菜ではあったけれど、少し俯
いてから平静を保っちながら答える。
「うん、幸せよ・・・。」
「あなたは?」
少し間をおいて玲菜が聞く。
遥花の時とは違い、迷うことなく僕は答える。
「幸せだよ。」
「ねぇ、早く。」
玲菜を急かす遥花の声が響く。
「遥花ちゃんが読んでるから・・。」
僕たちはそれだけ言葉を交わすと、玲菜はそう言って
遥花の元へ行ってしまった。
僕はそれ以上何も出来ずに、ただ二人の姿が完全に見
えなくなるまでその背中を見送っていた。