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ヤング老害

作者: P4rn0s

「それ、もう古くない?」


それが最近の若者たちの常套句だった。流行の波が、まるで高波のように襲っては消えていくこの街では、「新しい」が「正義」で、「前の世代」はいとも簡単に“切り捨て対象”になっていた。


駅前のカフェに入ると、店内にはくすんだグレーとくり抜かれたコンクリートの壁面。アンティーク風の椅子がわざと不揃いに並び、壁には「70年代のノイズをリスペクト」したという意識高めのアートがぶら下がっていた。ここに集うのは、アパレル店員、ギャラリーで働くフリーランス、SNSで“カルチャーを語る”者たち。年齢は20代が中心だが、まるで50代の批評家のような口ぶりをしていた。


一誠は、その中心にいたわけではない。ただ、そこから半歩だけ外れた位置にいた。流行には詳しい。アーティストも、ブランドも、サブカルも一通り知っている。だが、“知っている”と“染まる”は違う。


「その靴、ダッドスニーカー? てか、それまだ履いてるんだ」

「そういうの、平成っぽいよね。もう今はY2Kミックスの時代っしょ」


ひとつ下の後輩・遥斗が、悪びれもなく笑う。彼は高校時代からずっと「最先端」だった。最初はサカナクションのライブTを着ていたのに、今はTikTokでバズった韓国インディーズバンドの話ばかりしている。


「そう言ってたお前、去年まで“Z世代は量より質”って言ってたよな。でも今、デカいロゴのバッグで街歩いてるし、スマホケースもキラキラだし」


一誠がそう言うと、遥斗は少し眉をしかめた。


「だって、変化してくのが当たり前でしょ? 時代とズレる方がダサいって」


その言葉を聞いて、一誠は小さく笑った。

“時代とズレること”を恐れる者たちは、“ズレている”という理由だけで他者を否定するようになる。かつて彼らが「老害」として嫌っていた者たちがまさにそうだった。なのに彼らは、自分たちが何に成り果てつつあるかに気づいていない。


“今”を生きていると信じる若者たちは、昨日の自分を裏切り、明日の自分に媚びていく。そのくせ、自分たちは「柔軟だ」と思い込んでいる。だがそれは柔軟性ではなく、芯のなさだった。


「変わることが正義じゃない」

一誠がそう呟くと、遥斗は鼻で笑った。

「逆張り系のポエム、もう流行ってないよ」


まさか、その言葉の重みに気づかずに言ったのだとしたら、彼はもうずいぶん“老いて”しまっている。


その夜、一誠はひとりでレコード屋に立ち寄った。最近の若者が「懐かしさが逆に新しい」ともてはやす90年代の中古棚を横目に、あえて棚の奥、埃をかぶった70年代の無名バンドのEPを手に取った。知らない音に触れることは、まるで違う言語を学ぶような感覚がある。それが“古い”か“新しい”かなんて、どうでもよかった。


「好きか嫌いか、それだけでいい」


誰が何を言おうと、誰の承認が得られなくても、そこに立てる自分でいたい。

だが、街の喧噪はそれを許さない。SNSで目立たなければ「価値がない」とされ、「反応が薄いものは過去」へと押し流される。


翌日、遥斗のSNSに「#今の若者はマジ老害」なんてハッシュタグが流れてきた。

スクロールすれば、パステルカラーのファッション、プラスチックの指輪、韓国語のスローガン。「ナウい」を象った、見慣れた“新しさ”が並んでいる。


それらは、どこかで見た誰かのコピーだった。

輪郭の曖昧な“今っぽさ”を着た群衆。だがその実、皆同じ方向しか見ていなかった。自由のようで、不自由。更新のようで、模倣。


流行は、常に過去を切り捨てる。

だが、「今だけ」が正義なら、昨日の自分すら信じられなくなる。


一誠は、ポケットの中のガラケー型キーホルダーを握った。

誰にも理解されなくても、それを「いい」と思ったあの時の気持ちは、今でもちゃんと生きている。


「老害だって笑えばいい。でも、お前らはただ若さを履き違えただけの“老害予備軍”だ」


誰にも聞こえない声で呟いて、コーヒーをすする。

苦くて、少しだけ温かい。

まるで、自分の価値観そのものみたいだった。

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