自警団団長との食事会
王族の仕事といえば、書類の決裁から伝統ある儀礼の実行、有力者への顔つなぎに至るまで、多岐に渡るものであり……。
これらの全てをこなすとなれば、庶民が抱きがちな玉座へふんぞり返った姿と異なり、かなり忙しく働き回ることになる。
食事の席などは、まさにその象徴。
さすがに、起き抜けの朝食などはゆるりと食べることも許されるが、それ以外の食事は、多くの場合、国内有力者との会食で埋め尽くされた。
と、いっても、王都金庫院長や宮廷魔女長、判事長や宮廷文書官長など、きらびやかな……あるいはそうそうたる面子と会食するのは、もっぱら第二王子ディセルであり……。
第一王子カリスが食事を共にするのは、王都自警団団長や王都内に散らばっている王立塾の塾長たちなど、半ば以上に閑職と化している立場の者たちなのだが……。
「それで、どうだ?
お前の手下たちは、存分に働けているか?」
あえて余分な装飾を廃し、存分に食事へ意識を割けるよう整えられた食堂内……。
無駄に長いテーブルを挟んだ対面へ腰かける者に、カリスが尋ねる。
この日、落ち目の兄王子相手とはいえ、王族相手の昼食という栄誉にまたもありついた者……。
自警団団長のダントが、豊かな……それでいて、見事な形に整えられたヒゲを撫でてみせた。
と、いっても、この様子を見ているのは、カリス本人ではない。
その左後ろへ、影のように付き従うセリアである。
彼女の視界を共有することで、カリスはこのダントという男が、平民とは思えぬ気品を備えた中年男であると、知ることができているのであった。
それだけでなく、仮にレイピアを使わせたとしたら、相当な腕前であるはずだ。
ちょっとした動作から滲み出る強者の気配というものは、隠そうとしてもそうそう隠せるものではないのである。
「正直、第一王子殿下のご支援があるおかげで、ずいぶんと助かっています。
俺の稼ぎや有徳衆からの寄付で養える配下の数など、たかが知れていますからな」
肉料理を口に運んだダントが、葡萄酒で喉を潤してから答えた。
その表情から察せられる感情は、わずかばかりの口惜しさか。
こうは言っているが、本来は、カリスの支援も受けたくないのだ。
自ら警備すると書いて、自警団。
その名の通り、一応は王が名において立場を保証されているというだけであり、基本的にはなんの権力もない民間人たちの集まりである。
よって、その活動資金は――自前。
まったくの手弁当によって、王都の治安を守らなければならないのであった。
とはいえ、人を動かすには金がかかるというのは、水が高きから低きへ流れるかのごとき自明の理屈である。
ならば、これまではどうやってこれを賄ってきたのかといえば、それは商売や寄付であった。
例えば、目の前で見事な食器の使い方をしてみせるダントは、作法が完全に身についていることから分かる通り、王都でもそれと知られた裕福な商家の出身。
自身、繁盛している大酒場を立ち上げて経営しており、彼が自警団団長の役割を引き継いで以降は、その店から出た利益の一部を自警団活動に当ててきたのだ。
その他、王都で代表的な商人の集まりである有徳衆――ダントの父もその一員だ――からもたらされる寄付金と合わせて、自警団はどうにか活動資金を確保してきたのである。
これは、精神貴族的な発想に基づくもの……。
王都の民から利益を得ている自分たちが、王都の治安を守るべしという奉仕の精神に基づく活動だ。
とはいえ、物事には限度というものがあった。
利益の一部は一部であり、寄付は寄付だ。そこまでの大金にはならぬ。
従って、これまで王都自警団は解決せねばならない事件に対し、圧倒的少数でもって挑んでこなければならなかったのである。
そのため、カリスは曲がりなりにも第一王子として自由に扱うことが許されている私財の半分近くを自警団に投じ、援助することに決めたのであった。
そうしてから今に至るまで、およそ半年近くが過ぎており……。
そろそろ効果が出る頃かと思っていたが、やはり、金というのは万能の薬だったようだ。
「人を増やすことができたか?
どの程度だ?」
「ずばり……五人」
礼儀作法から外れ、ダントが右手の指を大きく開いて見せつける。
セリアの目を借りて見たカリスは、意図して自分自身の顔に驚きの表情を浮かべてみせた。
「たった五人か?」
「二心なき者を選び抜き、既存の人間につけて仕上げていかねばならないのです。
正直、五人というのはかなり思い切った数ですよ。
鼻薬を嗅がされて、悪事が見えなくなったでは話になりませぬから」
「ああ……」
鼻薬とは、要するに賄賂のこと。
人間の心というものがいかに弱く、簡単に堕落するものであるかは、語るまでもない。
それに揺るがぬと見込める人間が五人も掘り出せたというのは、もしかしたら、僥倖だったのやもしれない。
「そうか。
なら、五人というのはむしろ多い方かな」
「いかにも。
第一王子殿下のおかげで十分な給与も与えられますし、仕上げていけば、街を守る真の勇士となるかと」
「お前がそこまで言う者たちならば、心強い」
自身の体を操作し、腕組みしながらうなずく。
セリアの魔法を受けている時は視点と肉体の感覚が大きくズレるため、これは操り人形を扱うようなものだ。
「それにまあ、これは幸か不幸か微妙なところですが……」
「うん?
言い淀むとは、珍しいな」
先の態度から分かる通り、ダントという男は何事においてもハッキリと告げるのが信条である。
そんな男が口をつぐみかけたので、あえてうながす。
すると、ヒゲの隙間から漏らすように告げられたのは……。
「近頃、王都の夜は二人組の怪人が出現し、悪党を成敗して回るようになっていますから。
きちんと証拠となる品もそろえて置き去っていくので、こちらとしては楽は楽ですがね……」
「ああ……。
噂は、聞いているとも」
グラスの水を一口飲みながら、またうなずく。
視界と肉体の感覚が乖離する中、こんなことをすればこぼしてしまいそうなものだが……。
カリスにとってみれば、もはや無意識にできる行為である。
そうでなくては、夜ごとに大立ち回りをすることなど……。
「外法には外法を。
行き過ぎている悪党どもの跳梁を抑えるには、そのくらい過激な動きが必要であると考える者もいるということだろう」
「ですが、おっしゃる通り外法です。
市民の中には、英雄視する者も多いようですが、な……」
ジロリ……とした視線を向けたダントが、どこか忠言めいた口調で告げた。
まさか、勘づいているということはあるまいが……。
「本当に英雄足り得るかどうかは、すべきことがなくなった時、素直に退場できるかで決まることだろうさ」
本当に優秀な男であると思いつつ、カリスも己の見識を述べたのである。