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第一王子の穏やかな朝

 王城ルキア·グラードは、中心部から王都を睥睨する都市最大の建築物であり……。

 とりわけ荘厳なのは、七つの塔を持つ天守である。

 この国で最も守りが厚く、かつ、最高の景観が約束されしこの建物へ住まうことが許されるのは、王家一族のみ。

 すなわち、現国王イーデン·ヴァルミナと第一王子カリス·ヴァルミナ、並びに第二王子ディセル·ヴァルミナの三名だけであった。

 なんとももったいないのは、王都を囲う母なるルメイル湖が見下ろせ、王都そのものも一望できるこの展望をその目で堪能できる住人が、第二王子ディセルのみであるということだろう。


 国王イーデンは数年前から病床に伏せ、口さがない国民から『忘れられた王』と呼ばれる有様であり……。

 第一王子カリスもまた、四年前に母共々盛られた毒が原因で、一命こそ取り留めたものの失明するに至っている。


 王都ラディエルを……ひいては王国そのものもこの手にしたかのごとく思えるこの眺望を楽しめてこそ、ヴァルミナの王。

 ならば、いまだ正式な後継者任命こそされていないものの、第二王子ディセルこそが事実上の次期国王であるとみて間違いない。


 もっとも、失明後一年間で急激に周囲からの離反を招き、今や孤独の王子と化している第一王子カリスも、この景観を楽しむことそのものはできているのだが。

 とはいえ、それは己の目で見ているわけではない。

 国内の魔女にこれを治療できる魔法と契約した者はおらず、ましてや、医学の力ではどうにもならぬほど潰れた目であると、国一番の名医から宣告されているカリスなのだ。


 では、何者かが代わりに見て、これを伝聞しているのか?

 ……そうではない。

 真実、カリスは朝焼けに染まるルメイル湖の神秘的光景を見ていた。

 ただし、己の目がある位置よりは、かなり低い視点からであるが……。

 しかも、湖面と漁師などが集まる港をひとしきり眺めた後、視点はカリスの意思と無関係に動き、真横に立つ人物――カリス自身を見て、ピタリと止まったのである。


 私室から突き出たバルコニーにて、昇って間がない陽に照らされる青年は、カリスからしても、昔日の面影がない。

 少年時代に輪をかけて入念な鍛錬を行った結果、樫の木に針金を巻いたかのごとく筋肉が隆起しているというのはあるだろう。

 また、金髪を油で後ろに撫でつけるようになったのも印象を変えているし、何よりやはり、めしいた目を分厚い色眼鏡で隠すようになったのが、最大の差異だ。


 しかし、こうして自信ありげな笑みの自分を見上げていると、カリスはつくづく思う。

 間違いなく、自分は人生の全盛期に達しつつあると。

 気力、体力ともに充実しており、一人の人間として、客観的に見ても分厚くなっているのを感じられた。

 毒により失明してから、一年もの長きに渡り、無駄な年月を貪っていたとは思えない変わりようである。


 それもこれも、こうして『目』となる少女と出会えたから……。

 そのことへしみじみと感謝しつつも、これを言わねばならぬだろ。


「セリア。

 おれの顔に、何か付いているか?

 少なくとも、同じものを見ているおれには、何も気づけないが」


 カリスと見つめ合う形になり、視界共有の魔法を行使する魔女――セリアに向かって尋ねた。


「いいえ、何も付いていません。

 姿見を見るかのように、御身のお姿を確認して頂いただけです」


 返ってきたのは、いつも通りの言葉……。


「いつも言っているがな。

 そういうことなら、身支度が整ってから確認すればよいのだ」


「いつもの言葉をお返ししますが、召使いなど使わない市井の人間は、朝、顔を洗った後、金属鏡などで自分の顔を見ます。

 ならば、カリス殿下も同じように起き抜けの自分自身を見て、問題がないか確認すべきかと」


「おれは召使いを使える身分であるし、お前自身、一応は魔女でなく、おれ付きの侍女であろうが。

 それに、見たところでそう嬉しい顔でもない」


「殿下ほど顔の整ったお方であるならば、それは、人間の顔を見て嬉しいと思うこともないでしょう。

 何しろ、自分以上の美男子というものがそうそう見当たらないのです」


 まさに、ああ言えばこう言う。

 王子と侍女のそれとは思えぬ軽妙なやり取りを快く思いつつ、ふと、こんなことを口に出す。


「いやいや、見て嬉しい顔というものに、一つ心当たりがあるぞ」


「それは、酔狂な。

 一体、どのような御仁のお顔なのですか?」


 セリアの視界共有魔法にかけられている間は、外側から自分の体を見ることになるため、自身の肉体操作にちょっとしたコツが必要となる。

 が、血のにじむような修行を積んだカリスにとっては、もはや慣れたもの。

 色眼鏡に覆われた見えない目をピタリと視界の主――セリアに向けながら、こう言ってやった。


「ずばり、お前だ」


「………………」


 途端に、小気味よい会話が途切れる。


「どうだ?

 ここは一つ、鏡にでも自分の姿を映し、その視界共有魔法でおれに顔を見せてはくれんか?

 こうしてかしずかれて早三年にもなるが、いまだおれはお前の顔を知らんぞ。

 ――む」


 途切れたのは、会話ばかりではない。

 セリアの共有してくれている視界が途絶え、世界は本来の暗闇へと閉ざされたのだ。


「おいおい、まだ見たりぬぞ。

 こうして、朝陽に包まれた王都を眺めるは、おれの欠かせぬ日課なのだ」


「知りません」


 つかつか……と。

 セリアの気配と足音が、遠ざかってしまう。


「おやおや、これはしくじったか」


 軽く肩をすくめたカリスも、つま先で足元を探りながらその後に続いた。

 私室の中には、着替えなどを取り揃えた通常の侍女らが控えており、目が見えぬ主の身支度を素早く整える。


「お前たちも言ってやってはくれんか?

 一度くらい、顔を見せてやってもいいだろうと」


「殿下、恐れながら……。

 今、話しかけたのが顔を見たがっている当人にございます」


 老侍女の言葉に、第一王子付きの侍女たちが朗らかな笑い声を上げた。


「おっと、これはまいったな。

 はっはっは……!」


 カリスも、それにならって笑う。

 このような光景は、毒で失明してからの一年間、考えられなかったものであり……。

 いっそ、光を失う前よりも大人物となった王子の笑い声は、その後しばらくの間、響き渡ったのである。


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