仮面の怪人たち 下
質の悪い傭兵たちが、室内に突入してくるのを見つつ……。
「いつも思う……。
どうして、お前たちのような人種は、こうも往生際が悪いのか、とな」
――カチャリ。
……といういやに響く音を鳴らしながら、長身の怪人が腰の得物を引き抜いた。
「ハアン? 見ねえ武器だな?」
再び蛮刀を肩に担いだキドが、興味深げな視線を送ってしまったのも、無理はない。
怪剣士が手にしたのは、およそ見た者がいないだろう奇妙な剣であったのだ。
刀身は細身だが、主流のレイピアに比べればガシリとした造りであり、何より……反りがある。
それは、この剣が刺突ではなく、斬撃に重きを置いている証左であった。
その推測を裏付けるかのように、刃は……片刃。
反りの内側へ刃を付けてもあまり実用性がなく、かえって持ち主の手を切ってしまうからであろう。
さらなる刀身の特徴として、刃の部分には、美しい……波打つような模様が浮き上がっている。
一瞬、なんらかの塗料を塗りつけたのかと疑ってしまうこの模様だが、色合いを見れば、金属そのものが鍛造過程で変色したものと推測できた。
武具としての命たる刀身から目を離しても、この剣は王国で見られる刀剣類と大きく異なる特徴を有している。
今は手に握られて見えないが、柄は滑り止めとして、それそのものも装飾と成り得る糸巻きが施されており……。
握った手を保護する金属製の鍔もまた、なんらかの紋章を意味するのだろう美術的なこしらえ。
総じて、ただ切れればよいという性質の武器ではなく、造り手の魂が込められた芸術品のごとき刃物であるのだ。
「東洋から渡りきた刃……。
切れ味は、その身で知るがいい」
部屋の中に突入し、すでに包囲を済ませている傭兵は十人ばかり。
相手がたった二人であることを思えば、必勝を期せる数だ。
だが、怪剣士の口元に浮かぶは、余裕の笑み。
なんということはない。
斬って捨てるのみだと、その悠然とした態度が告げていた。
「――とくと、視よ」
奇妙な剣を、顔の横に添えるがごとく屹立させた構えで、怪剣士がつぶやく。
今さら、何を見ろというのか?
疑問に思うが、それをいちいち聞くキドではない。
クスリをキメていた半裸の若者たちが、どうしたものか分からず、呆けたように立ち尽くす中……。
「――かかれ!」
蛮刀を指揮棒代わりとし、傭兵たちに命じた。
言われただけで命をかけるほど殊勝な連中ではないが、勝ちを確信できる状態なら、支払った金に見合う仕事はする。
「――おおっ!」
「――いやあっ!」
怪人二人を囲んだ傭兵たちが、武技も何もなく、力任せに得物を振り下ろした。
彼らの武器は、鋳造品の剣であったり、あるいは手斧であったりと、とりあえずは打ち込めば痛打が期待できる品々だ。
次の瞬間には、肉が潰れる鈍い音を聞けると踏んだが……。
その予想は、アッサリと裏切られる。
「――ぎゃっ!?」
「――ぐおっ!?」
「――うあっ!?」
まるで、違う時の流れを生きているかのように……。
ためらうことなく傭兵たちの中へ踊り込んだ怪剣士が、次から次へとこやつらを斬り倒したのだ。
「何っ!?」
ここへきて初めて、キドの顔から余裕が消えた。
まるで、水が流れていくかのような流麗さで……。
あるいは、金で雇い入れた傭兵たちが、自ら相手の刃へ飛び込んでいるかのように……。
完全に囲い込んでいたはずのこちら陣営があっという間に数を減らし、壊滅状態へ陥ったからである。
いや、一人だけ……。
連中の背後から、手を出さず見守っている方――小柄な方の怪人に迫っている傭兵がいた。
「――死いねえええっ!」
そやつが、手にしていた粗雑な造りの長剣を振り下ろす。
刃の鈍い半ば鈍器じみた武器は、しかし、空を切る。
中腰のまま、床を滑るような独自の歩法により、たやすく怪人が回避してみせたのだ。
いや、それだけではない。
小柄な怪人は、そのまま俊敏な跳躍により、襲いかかった傭兵の首を両足で絡み取った。
そのまま、傭兵の首を支点に独楽がごとく回転し、遠心力を増大。
自らの体重と飛びついた勢い、遠心力の三者合一により、傭兵を投げ捨てたのである。
「――ぎゅうっ!?
投げられた傭兵が、潰れた蛙のような声と共に気絶した。
いや、ろくに受け身も取れず頭から床へ落ちたので、これはもしかしたら、死んでいるやもしれぬ。
「な、何イイイィィ……!」
呻くようにつぶやくキドだ。
――全滅。
あれだけいた傭兵たちが、いつの間にか全滅である。
それも、投げ捨てられた最後の一人を除いては、全てが怪剣士に切り捨てられていた。
「やれやれ……。
少し、目が回るな」
「申し訳ありません」
目眩がするかのように仮面を抑える剣士の背後へ、従者のごとく小柄な方が回り込む。
そのまま、両者の顔がこちらへ向けられる。
「う、うう……」
ことに異常な迫力を誇るのは、小柄な方だ。
ただ、見据えているのではない。
蝶をかたどった仮面から覗き見える黄金の瞳には、こちらの一挙一投足を見逃すまいという尋常ならざる眼光が宿っていた。
「うおおおおおっ!」
命乞いが無意味なことは、直感済み。
かといって、もはや手勢もなし。
ゆえにキドは、遮二無二となって蛮刀で切りかかったが……。
そんなものは通じず、怪剣士の妙技によって討ち果たされたのである。
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――王都ラディエルに、正義の怪人たちあり!
王都の夜に出没し、正義を執行する仮面の二人組……。
この夜、トリューマン家の屋敷で行われていた薬物パーティーとそれに対する成敗も、たちまちの内に彼らの活躍譚へ加えられ、人々の噂話となっていった。
お読み頂きありがとうございます。
というわけで、こういう方向性のお話です。
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