仮面の怪人たち 上
三年後……。
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カリエル高台といえば、王都ラディエルを一望できる好立地であり……。
必然、このような場所を居住地とするのは、あらゆる面で他の階級に対し優位性を示さねばならぬ者たち――貴族ということになる。
で、あるから、立ち並ぶのは金に物を言わせた立派な貴族邸宅の数々……。
土地が限られた王都内で、贅沢にも庭を備えているのは、当たり前。
小規模な要塞……いや、城のようにすら見える贅を尽くした屋敷も散見された。
今の世を指して『法服貴族の世』と呼ぶ者も数多いが、まさに、そのような時世が反映された光景であるといえよう。
トリューマン家が住まうのも、そのように豪奢な造りをした屋敷の一つ……。
それにしても、王都金庫院においてはそれなりの地位を誇るトリューマン家の邸宅とはいえ、立場を考えれば、いささか金回りが良すぎる佇まいに思える。
一体、その金はどこから流れているのか……?
屋敷の一室……三階にあるというのに、何を恐れてか分厚いカーテンが張られ、扉も閉め切られた部屋に、その正体があった。
「――――――ッ!」
「――――――ッ!」
響き渡るのは、絶叫。
声の主は、上等な衣服を脱ぎ散らかし、半裸となって踊り狂う――若き男女たちだ。
室内は、いくつかのロウソクで薄暗く照らされているだけであり、楽器の音色など一切流れてはいない。
しかし、彼ら彼女らの耳には、よほど幻想的で楽しい演奏が聞こえているのだろう。
「――――――ッ!」
「――――――ッ!」
「――――――ッ!」
ある者は髪をふり乱し、またある者はキツツキのごとく頭を振りながら、幻聴に酔い、踊り狂っていた。
室内に転がっているのは、なかなか見事な装飾を施されたいくつかの煙管……。
となると、火皿の部分から漂う煙も正体が知れる。
当然ながら、そこで燃やしているのは、刻んだタバコの葉などではあるまい。
もっと刺激的で、中毒的で、危険な何かに火を付けられているのだ。
そして、それを吸うと圧倒的な多幸感と全能感に包まれ……このように正体を失うというわけである。
「ハッハッハ!
ハッハッハ!
いいねえ! もっと楽しみやがれ!」
まるで、大道芸人が使うような……。
大きく反りの入った蛮刀を肩に担いだ青年――キド·トリューマンが、陽気に笑いながら叫ぶ。
真っ赤に染めた髪を、いかにも攻撃的な形で逆立て固めた青年……。
法服のそれとはいえ、貴族家の子弟とは到底思えぬ姿であった。
しかも、無作法にも、椅子などを使わず床へ直接腰かける有様……。
踊り狂う者たちと違い、着崩してはいないし瞳にも正気の色を宿しているが、到底、まともな人間とは思えぬ。
だが、それも当然か。
彼が跡を継ぐ家の屋敷で、明らかに非合法なクスリを用いたパーティーが開かれているのだ。
主催が誰であろうかなど、考えるまでもない。
「フ……フ……フフフ……」
そんな彼の頭上から……。?
「ハハハハハ……!」
なんとも不気味で、底冷えのするような笑い声が響き渡った。
しかもそれは、舞台役者のそれを彷彿とさせる明らかな作り声であり……。
合わせて二人分も、キドの頭上から降り注いでいるのである。
「――むうっ!?」
かかる事態に対し、即座に立ち上がりつつも、キドが意外と冷静な表情をしているのには、理由があった。
単純に、このような者たちが密かに忍び込んでくるかもという予感を抱いていたのだ。
なんとなれば……。
「てめえらが、この頃王都で噂の二人組か!
天井からバカ笑いを浴びせてくるってえ話は、聞いてねえけどなあ!
下りてきて、姿を見せやがれ!」
蛮刀を肩に担ぎながら、天井へ向けて放った言葉……。
「フフフ……!」
「ハハハ……!」
それに答えるように、笑い声の主たちが上から降り立つ。
一人は、長身。
一人は、小柄。
対照的な背丈と体つきの怪人たちであり、共通しているのは、恐ろしく派手な格好をしていることであった。
銀糸の縁取りをされた袖無し外套が、翼のようにひらめき……。
濃紺のダブレットは薔薇の刺繍が浮かび、胸元からは白いレースの襟をこぼれさせている。
脚はピタリと張り付くような乗馬ズボンと膝まで覆う革のブーツで固められており、頭には広いつばのフェルト帽を被っていた。
両者とも、顔は舞踏会用のパピヨンマスクで隠されており……。
二人いる内、長身の方は、腰に反りが入った細身の剣を下げている。
「噂で聞いた以上に、派手な格好じゃねえか。
悪党退治をしているってえ二人組は、てめえらだな?」
キドの問いかけに対し……。
「フッフ……聞かれて答えるはおこがましいがな。
いかにも、その二人組よ。
そして、我らが来るかもしれぬと身構えていたということは、悪事を働いている自覚があるわけだ」
長身の怪人がそう答える間……。
小柄な方の怪人は、抜かりなく相方の背後に移動していた。
まるで、長身の方に庇われるかのような立ち位置。
しかし、相棒が広げるクロークの影から、覗き込むようにこちらを見据えてきており、この怪人からも十分に戦意を感じ取ることができる。
「ハッ……! 悪事ねえ……!
オレたちは、ちいっとばかり内輪で集まって盛り上がってるだけだぜ?」
相変わらず蛮刀を肩に担いだまま告げるキドであるが、そのような口車に乗る怪人たちではなかった。
「キド·トリューマン……。
これと見定めた子弟たちを屋敷に呼び込んではクスリ漬けとする手口、すでに見破っています」
小柄な方の怪人が、いやに高い……女のような声で宣告する。
「貴様のような悪党が吸える空気は、この王都になし。
大人しく、裁きを受けるがいい」
同時に、長身の怪人も腰の得物へ手を伸ばす。
もはや、問答の余地はなし。
「出会え! 出会え!
曲者だ!」
蛮刀を掲げながら叫ぶと、締め切られていた扉を開き、手下たちがなだれ込んできた。




