魔女失格セリア·フォルフラウ
ディセル・ヴァルミナは、その姓からも分かる通り、ここヴァルミナ王国において最も貴き一族の血を引く者――王族の一人であり、当然ながら、庶民には高価な鏡も日常的に使用し、己の姿を客観的に見ている。
いや、これは、客観的に見ていたつもりだった、というのが正解か……。
「奇妙なものだな。
他人の視点で、自分の姿を見るというものは……」
この言葉を発したのは間違いなく己自身であり、その証拠として、声の発生源は外部ではなく、この喉であった。
しかし、今見えている視界の中でそれを言っているのは、眼前で横を向く少年だったのだ。
豪奢な調度品を揃えられた王城内の談話室……見慣れているそれに違和感を覚えるのは、普段よりもやや低い視点であるからだろうか。
その談話室を背景に、演技中の役者がごとく腕を曲げてみたり、首を巡らせてみたりしているのが、先ほどの台詞を発した少年である。
金髪碧眼は、代々の王族へ受け継がれてきた特徴。
顔立ちも母に似てよく整っており、耳にかからない程度で刈り揃えた髪の形は、溢れる知性を象徴しているかのようだ。
これら一連の特徴だけでも十分に個人を特定し得るが、決定的なのは、まとった平服に刺繍された王家の紋章であった。
これを直接身にまとえるのは、王家直系の男児のみ。
それでいて、五体満足な少年といえば、これはもうディセル·ヴァルミナ……すなわち、自分しかいない。
「ふうん……。
鏡では、どうやっても自分を真横から見ることはできないからな。
なるほど、このようになっているのか」
視界の中では、レイピアを構えるかのような姿勢となったディセルがそう言っている。
しかし、声が発せられているのは喉の奥であるし、実際、意識して体を動かしているのは視点の外にいる己なのだから、これはなんとも不可思議で……不便な感覚だった。
「少し面白いが、面白いだけだな。
思うように体が動かせない。
こう、自分の体だというのに、操り糸か何かで操作しているかのようだ」
視界の中で、確かめるように腰を回していたディセルが、最終的にそう吐き捨てる。
「解除していいぞ」
ヒラヒラと手を振る姿が、この視点から見る最後の自分だった。
ディセルが命じた瞬間……。
瞬く間に、見えている世界が入れ替わる。
先までと同じ、この目で見ている世界だ。
この視点に戻ると、自分の体を自分の意思で操作しているという実感が湧き、何やらとてもほっとした気分になれた。
「第二王子殿下、いかがでしたか?」
「うん……」
身にまとった黒いローブの重みで、押しつぶされるのではないか……?
いらぬ心配を抱くほど痩せ細った中年女――宮廷魔女レシカ·フォルフラウに尋ねられ、軽く首を振る。
「一応、この身で確かめてはみたが、やはり、魔法と呼べるほどの代物ではない。
従って、こやつを魔女と呼ぶこともあたわなければ、おれの婚約者とすることもできぬ」
そう言いながら、レシカの隣に立つ少女を見やった。
年齢はディセルと同じく、十五歳……。
やや細身で発育が悪く思えるのは、隣に立つ母方の血筋だろうか。
やはり漆黒のローブを身にまとっており、耳を隠せる程度の長さで揃えられた黒髪と、何より黄金に輝くその瞳が印象的な娘である。
そう、この瞳だ。
ぱつりと揃えられた前髪の下、不思議な輝きでもってこちらを見据えてくるこの瞳……。
これが捉えた世界を、自分は先ほどまで体験していたのであった。
(見目は可憐なだけに少し惜しいが……欲しいのは愛妾じゃない)
そう考えながら、沙汰を言い渡す。
「病へ伏せる我が父に代わって、言い渡す。
セリア·フォルフラウを、魔女として認めることはできぬ。
よって、おれとの婚約は破棄だ。
魔女を側室として迎えるは王家の伝統であるゆえ、セリアの妹を暫定的に新たな婚約者とする」
「はっ……! はっ……!」
恐縮しきり、といった様子でかしこまるレシカだ。
自分の娘を一人前の魔女として育て上げ、王家に嫁がせるはこの女にとって唯一無二の使命であるため、この決定は無念極まりなかろう。
「魔法の射程は短く、共有できるものは己の視界のみ。
それを共有された者は、外から自分自身を見るという体験に驚くばかりで、満足に動くことができない。
この娘が契約できた魔法は、通常ならば使い道を思いつけない、な」
「誠に申し訳ございません」
「………………」
何度も頭を下げる母レシカとは対照的に、セリアはじっとこちらを見つめるだけだ。
感情が薄いのか? まあ、どうでもよろしい。
「だが、この王宮には……。
我が一族には、この魔法がピタリとはまる者もいるな。
一年前、毒を盛られて失明した我が兄だ」
そこで、初めて……。
セリアが、ピクリと眉を動かす。
あの兄王子に関しては、こやつも聞き及んでいるところなのだろう。
「セリア·フォルフラウには、第一王子カリス·ヴァルミナ付きの侍女となってもらおう。
別段、魔法の行使に制限は設けないが……。
魔女を名乗るに値する魔法ではないので、あくまで侍女としてだ。
それでいいな?」
「ははーっ!」
今にも這いつくばりそうな勢いで、レシカが頭を下げる。
「………………」
セリアもまた、同様に頭を下げていたが……。
結局、最後まで何を考えているか分からない娘であったと、ディセルはそう思うのだった。
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