精霊の加護——勇者の覚醒
深い森の奥——夜の静寂に包まれたその場所には、まるで時が止まったかのような神秘的な空気が漂っていた。
レイシュナはゼルガスの体を支えながら、昔からの伝承を思い出していた。
「森の奥深く、千年の時を超えて生きる古代樹がある。その精霊に選ばれし者は、大きな加護を受けることができる——」
レイシュナは、かつての師から学んだその言葉を信じて、ゼルガスを連れてここまでやってきたのだ。
彼は意識が朦朧としていて、時折苦しそうに息をついていた。
命の火が今にも消えそうに見える。
レイシュナは唇を噛みしめる。
(お願い……間に合って……!)
目の前にそびえるのは——千年樹。
幹は太く、空を臨むほどに枝葉を広げ、その表面には古代語で精霊の加護を願う祈りが隙間なく刻まれている。
レイシュナはゼルガスをそっとその前に横たえて、彼の血で濡れた手で木の幹に触れた。
「私は……勇者レイシュナ……。森の精霊よ、この者を救う力を私に……!」
その瞬間——
森全体が光に包まれた。
葉が揺れ、風が歌い、空気が静かに揺れる。
古代樹の中から、まばゆいエメラルド色の光があふれ出す。
レイシュナの体が、精霊の力を受けて温かな光に包まれる。
——我が名はエルダリア。
汝、精霊と契約せし者よ。
我が加護を受け、汝の力を解放せん——
透き通った声が、彼女の意識の奥底にまで響いていた。
「……エルダリア……」
その名を聞いて、レイシュナの体の奥底から、枯渇していた魔力が蘇っていくのを感じた。
精霊の加護が彼女の中に満ち、血の巡りがよみがえり、全身が新たな力で満たされていく——。
指先にふわりと緑の光が灯る。
レイシュナはゼルガスの傷口にそっと手をかざした。
『癒やしの息吹』
精霊の加護を受けた癒やしの魔法が——発動する。
ゼルガスの体を包むように光が広がり、肩の深い傷がみるみるふさがっていく。
ゼルガスの顔からだんだん疲弊の色が消え、呼吸が安定していくのを感じた。
(よかった……!)
安堵のあまり、レイシュナはゼルガスの手をぎゅっと握った。
「……レイシュナ……?」
低い声が響いた。
目を開いたゼルガスが、ぼんやりと彼女を見つめていた。
「……俺を、助けてくれたのか?」
「当たり前でしょ!」
レイシュナは少し怒って答えた。
「バカみたいに私をかばうから、こんなことになったのよ!」
「……ふっ……悪かったな」
ゼルガスはかすかに笑った。
そのままじっとレイシュナを見つめている。
「……お前、すげぇな……。本当に、勇者なんだな……」
「今さら?」
レイシュナはあきれたが、ゼルガスの瞳が真剣なことに気づいた。
少し頬が熱くなるのを感じた。
「お前のその力……綺麗だな」
「……っ!」
ゼルガスはただ純粋に、彼女の力を認めたことを告げたのだが、その言葉が妙に胸に響いてしまう。
「……バカ言ってないで、ちゃんと休んでよ」
レイシュナは誤魔化すように言うと、ゼルガスは軽くうなずいて目を閉じた。
森の静寂の中で、二人の距離は確かに縮まっていた——。