恐怖、再臨──蘇る地獄
突然、世界が揺れた。
そのはずみでレイシュナの剣がゼルガスの胸から引き抜かれる。
黒き魔力が波のように広がり、空間を震わせる。魔王城の石壁にヒビが走り、天井から瓦礫が崩れ落ちる。
「……ぐっ……」
レイシュナがたまらず膝をつく。
その瞬間、城の奥深くから何かがうごめく気配がした。
(何……?)
レイシュナは直感的に、ただ事ではないことを悟った。
今まで感じたことのない──強烈な邪悪な気配。
「……まずいな」
ゼルガスが低くつぶやく。
胸を貫かれたはずなのに、彼はまだ生きていた。
だが、かつての威圧感は感じられない。
「あなた……どうして……?」
「どうやら……魔王としての力を、失ったらしい」
ゼルガスは自嘲気味に笑った。
胸の傷の血はすでに止まっていたが、魔力が抜けていく感覚がある。
もはや、彼に魔族を統べる力はない。
「お前の剣は、俺を殺すのではなく……俺を"魔王"から引きずり下ろした、というわけだ」
レイシュナの背筋に冷たいものが走る。
魔王が、その力を失ったということは──
──代わりに、新たな魔王が誕生する。
それは、世界の法則のようなものだった。
「まさか……最悪だな……」
かつて感じた、そして二度と感じたくなかったその気配に、ゼルガスが険しい顔でつぶやく。
その時──
「ククク……」
闇の底から響くような、邪悪な笑い声が響いた。
「久しいな……ゼルガスよ。我が力を奪い、魔王の座に就いた貴様が──まさか敗れるとはな」
空間が歪み、黒い霧の中から巨大な影が現れる。
レイシュナは、その禍々しい気配に息を呑んだ。
「……まさか……!」
「前魔王、ヴァルグレム……!」
ゼルガスの声に、レイシュナの目が見開かれる。
数百年前、世界を恐怖に陥れた伝説の魔王。
その圧倒的な力を持って人間と魔族の双方を蹂躙し、世界を支配しようとした存在。
ゼルガスがかつて彼を倒し、新たな魔王となったことで、辛うじてその野望は断たれていた。
だが──ゼルガスが魔王の力を失った今、封印されていたヴァルグレムが復活してしまったのだ。
夜の闇を映すように淡く輝き、まるで氷柱が月光を帯びたかのように透き通っている長く滑らかな銀髪。
その髪を乱すことなく、凍てついた湖のような蒼い瞳をたたえてヴァルグレムは静かに立っていた。
その瞳に映るものは全てが取るに足らぬ存在であるかのように冷徹で、視線を向けられるだけで心の奥まで凍りつくような威圧感を放っていた。
「フハハハ……ようやく我が世界が戻ってきたか……!」
ヴァルグレムが腕を広げると、城の天井が崩れ、空に巨大な魔力の渦が発生した。
それは黒い太陽のように、世界を呑み込まんばかりの膨大な力をはらんでいた。
「……まずいわね、これは……!」
レイシュナは剣を握りしめた。
ヴァルグレムの魔力は、ゼルガスとは別格だった。
戦ったこともない相手なのに、直感で分かる。
このままでは──
「……ゼルガス、今のあなたじゃ勝てないわよね?」
「ああ、残念ながらな」
ゼルガスは肩をすくめた。
魔王としての力を失った彼は、今やただの魔族に過ぎない。
「だが……まだ戦えないわけじゃない」
ゼルガスはゆっくりと立ち上がり、レイシュナを見た。
「勇者よ、お前はどうする?」
「決まってるじゃない……」
レイシュナは剣を構え、ゼルガスに微笑んだ。
「共闘するわよ、元・魔王さん!」
ゼルガスは一瞬驚いたように目を見開いたが──すぐに笑った。
「フッ……面白い。なら、やってやろうじゃないか!」
こうして、勇者と元魔王は手を取り合い──かつての最悪の魔王との戦いに挑むこととなる。