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揺るぎなき勝者——こぼれ落ちる勝利

 ヴァルグレムは冷静だった。

 レイシュナが氷の彫像を打ち破ったことには、確かに驚いた。

 だが、結論は変わらない。

 ——もう一度、閉じ込めればいいだけの話だ。

 彼の絶対零度の支配に抗えるものなど、この世には存在しない。

 それは"真理"であり、"法則"であり、"運命"だ。

 だからこそ、ヴァルグレムの勝利は揺るがない。

 ——そのはずだった。

 しかし、レイシュナが手にした二本の刃を見たとき、僅かな違和感が生まれた。

 聖剣と、《フランベルグ・ヴァルガード》。

 本来、相反するはずの二つの力が、今は共鳴している。

 ヴァルグレムの冷気を浴びてなお、光は収まるどころか——

 どんどんと強くなっていく。

「……何をしている?」

 不可解だった。

 ヴァルグレムは、初めてわずかに眉をひそめる。

 炎の魔剣は燃え盛り、聖剣の光は純白に輝く。

 二つの力が交じり合い、まるで"時間"すら歪めるかのような——

「……ッ!」

 ヴァルグレムの目がわずかに見開かれる。

 気づいた時には、もう遅かった。

 レイシュナは二本の輝く刃を天へと掲げ、"限界を超えた" 力を解き放つ。

「……これが私たちの答えよ!」


 ——時間魔法——《時環崩壊クロノ・カタクリズム》、発動!


 レイシュナの叫びとともに、時が乱れる。

 聖剣と《フランベルグ・ヴァルガード》が共鳴し、放たれる光は烈火のごとく天へと昇る。

 剣を握る彼女の周囲の空間が歪み、ひび割れ、"何か"が壊れ始めた。

 ヴァルグレムの目がわずかに細まる。

「時間……魔法、だと?」

 冷気が張り詰めた玉座の間に、未知の熱が満ちていく。

 それは、世界の摂理にすら干渉する禁忌の領域。

 ヴァルグレムですら、その領域に触れることは予測できなかった。


 ——ヴァルグレムの冷却能力は、万物の活動を止める力。

 ——だが、完全には止められず、わずかに動き続ける精霊の流れ。

 ——そのわずかな動きを、強制的に"加速"させることができたなら?


「貴様……まさか——ッ!!」

 ヴァルグレムが直感したときには、もう遅かった。

 レイシュナの二振りの刃が交差し、ときを裂く。

 刹那、レイシュナは叫ぶ。

「爆ぜよ!」


 瞬間、世界が"焼けた"。


 ヴァルグレムを包んでいた絶対零度の空間が崩壊し、熱と光の奔流が炸裂する!

 精霊たちの動きが狂乱し、氷の大地は溶け去り、空気が灼熱の波動を帯びる。

 かつてないほどの熱量が、ヴァルグレムを覆った。

「ぐっ……!」

 ヴァルグレムが思わず声を漏らす。

 彼の冷気すらも溶かす"時間加速による熱エネルギー"。

 それは、彼の支配を揺るがす初めての"異物"だった。

「……ゆくぞ、ヴァルグレム!」

 レイシュナの瞳が、一気に燃え上がる。

 その刹那、ヴァルグレムは見た。

 レイシュナの体から、とてつもない熱が溢れ出したことを。

 いや、それだけではない。

 氷に包まれて生命活動を停止したはずのゼルガスからも、同じ力が噴き出している。

 それはただの熱ではなかった。

 世界の理を塗り替え、絶対的な冷気すら無意味に変えてしまう禁忌の力。

 時を加速させる奔流が、ヴァルグレムの創り上げた静止の世界を侵食していく。

 凍てついた大地が砕け、永遠に閉ざされた氷の彫像たちが軋む音を立てながら溶け崩れていく。

 氷壁も、宮殿も、すべてが熱に曝され、ヴァルグレムの手を離れていった。

 ついに、ヴァルグレムは——理解した。


 《時環崩壊クロノ・カタクリズム》が完全に発動し、世界のすべてを新たな時間へと押し流していくことを。


 ヴァルグレムは己の身にも迫る熱を感じながら、静かに目を閉じた。

 ——もし、自分が別の道を選んでいたら。

 冷たく閉ざされた世界ではなく、熱と流転に身を任せていたら。

 この二人のように、どこまでも変わりゆく時の中で生きていたら。

 そんな世界も、あったのだろうか——。

 しかし、それを知ることはもうできない。

 激しく燃え盛る光の奔流にさらされながら、ヴァルグレムの姿は次第にその輪郭を失っていった。

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