表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/30

勝利の余韻──しかしそこにあったものは

 血の匂いが充満する魔王城の最奥。

 レイシュナは、確かに勝利をつかんだはずだった。

 魔王ゼルガスの胸を貫いた聖剣は、未だにその手の中にある。

 だというのに──

(……なんで、こんな気持ちになるの……?)

 目の前の男は、魔王だ。

 この世の闇を統べ、幾千の魔物を従え、世界を絶望に陥れようとした存在。

 倒さなければならない、最も邪悪な敵。

 ──なのに。

 黒き甲冑に包まれたその身体は、未だに揺るぎない威厳を放っていた。

 胸を貫かれたというのに、彼の双眸は死んでいない。

 鋭く、深く、底知れぬ力を湛えたまま、レイシュナを見つめている。

 普通なら、今頃断末魔を上げ、または呪いの言葉を吐きながら、体中を襲う苦痛に耐えきれずに倒れているはずだ。

 しかし、彼は──笑った。

「……勇者よ、お前は……本当に、見事だ……」

 レイシュナの心臓が跳ねた。

 なぜ──魔王が、そんなことを言うの?

 人間を滅ぼすために生まれた存在のはずなのに。

 この世界の敵であるはずなのに。

 その口から、そんな言葉が出てくることが信じられなかった。

(違う……私は、こんな言葉を聞くために戦ったわけじゃない……!)

 自分を奮い立たせるように、剣を握りしめる。

 それなのに、魔王の言葉は止まらなかった。

「……私は、お前に恋をした」

「……っ!?」

 レイシュナの意識が一瞬、真っ白になった。

 何を言っているのか、理解が追いつかない。

 けれど──ゼルガスの瞳は真剣だった。

 それが、嘘偽りのない言葉だと、一瞬で悟らされた。

(……なんで……そんな目で、私を見るのよ……)

 レイシュナは、自分の心が揺らいでいることに気づいてしまった。

 ゼルガスは、確かに恐ろしい魔王だ。

 だが、それ以上に──

 彼は美しかった。

 巨大な闇の力を纏いながら、それを当たり前のように支配する圧倒的な存在感。

 戦いの最中、幾度となく浴びせられた魔力の奔流は、まるで夜空を裂く雷のようだった。

 人間には決して到達できない領域にいる者。

 その強大さに、彼女は――

(……魅せられてしまっていたんだ……)

 思い返せば、戦いの最中も、その力に恐怖する以上に、目を奪われていた。

 魔王としての絶対的な威圧感、戦士としての冷静な思考、そして……

 どこか孤独な影を宿した、彼の瞳に。

(……私は……)

 もし、彼が魔王でなければ。

 もし、彼が人間だったなら。

 きっと、レイシュナは彼に恋をしていた。

 ──けれど。

(それでも……あなたを討たなきゃいけないの……)

 剣を握る手にーー再び力を込める。

 これは使命だ。

 私が倒さなければ、誰が倒すというの?

 ──なのに、どうして。

「……殺せないのか?」

 ゼルガスが、囁くように言った。

 挑発ではない。

 その声音には、どこか寂しげな響きが混じっていた。

 レイシュナは答えられなかった。

 剣を握る手が、震えているのを感じながら──

 自分が、すでに決断できなくなっていることを悟ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ