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大賢者のもとへ——師との再開

 精霊たちが無尽に飛び回る、人里離れた聖域のはずれ。

 そこに大賢者ズイオウが住む庵があった。

 庵の中で静かに目を閉じ瞑想している、白く長い髭を蓄えた小さな老人こそ、大賢者ズイオウその人であった。

 精霊たちがざわめき、不安げに揺れる気配を感じたズイオウは、静かに目を開いた。

 風が囁き、水がさざめき、大地がかすかに揺れている——勇者レイシュナが近づくことを告げるかのように。

「やはり来たか」

 ズイオウがつぶやくのと同時に、庵の扉は開かれた。

 そこに立っていたのは、成長したかつての愛弟子、レイシュナだった。

「ズイオウ先生——お久しぶりです」

 レイシュナは優しく微笑んだが、その笑みの奥にはほんの少し迷いが見え隠れしていた。

「うむ、元気そうだな。茶でも飲んでゆけ」

 ズイオウは、そんなレイシュナの心のゆらぎに気づかぬふりをして、ゆったりとした口調で言うと、杖を軽く振った。

 たちまち、テーブルの上に清らかな液体をたたえた二つの湯呑みが現れた。

「この香り……まさか、森の月花茶?」

「ふむ、覚えていたか。お主がまだ幼い頃、この茶を淹れるたびに大騒ぎしたな。『苦しい!』だの『甘くないの?』だのとな」

「そんな事言いましたっけ……?」

 レイシュナは頬をかきながら、湯呑みを手に取った。

 口に含むと、かすかな苦みとともに、心が落ち着くような甘さが広がった。

 懐かしさが胸を満たし、肩の力が少し抜けた気がした。

「先生は、変わりませんね」

「普通、歳を取ったって思わんか?」

「そんなこと……なんとなく、昔よりも穏やかになられた気がします」

 ズイオウは少し笑い、茶を一口飲んで、静かにつぶやく。

「さて、——お主がここに来たということは、何か迷いがあるのだな?」

 レイシュナは少し驚いたように目を開いたが、すぐに笑った。

「やっぱり、わかってしまうんですね」

「精霊たちが騒いでいる。お主の心が揺れている証拠だよ」

 レイシュナは聖剣を胸に抱いて、ゆっくりと息を整えた。 そして、静かに言葉をつむぐ。


「……魔王バルガスが、私の中で、ただの敵ではなくなってしまいました」


 ズイオウは茶を置き、じっと彼女の瞳を見つめた。

「勇者である私は、魔王を倒すべき存在です。でも……それが本当に正しいのか、わからないままです」

 使命と自分の心の間で揺れる葛藤。

 勇者であるがゆえに、誰よりも迷わずにいなければいけないはずなのに。

 ズイオウは小さく息をつき、優しく語りかけた。

「レイシュナよ、おのが心のままに、精霊の導きのままに生きるのだ」

「でも……!」

「聖剣に選ばれし勇者であっても、一人の人間なのだ。それを忘れてはいかん」

「……私は勇者にはふさわしくないのでしょうか?」

 レイシュナは苦しそうに言葉を絞り出した。

「——答えは、お主自身が見つけるものだ。だが、一つ言えることがある」

 ズイオウは茶を飲み干し、諭すように語る。

「他人のでなく、自分の心の声を聞くのだ、レイシュナ。迷いを抱えたとしても、それを恥ずかしいことはない。それこそが、お主が人である証なのだからな」

(迷いは、人である証——ならば、私は——)

 レイシュナはそっと目を閉じて、ざわめく心を静めるように深く息を吐いた。

「……ありがとうございます、先生」

 久しぶりに吐き出した自分の本当の気持ちを込めた言葉の数々が、迷いの霧を少しだけ晴らしてくれる——そんな気がした。

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