魔王討伐──そして全ての始まり
閃光が王座の間を照らした。
勇者レイシュナの持つ聖剣が、ついに魔王ゼルガスの胸を貫いたのだ。
大きく肩で息をするレイシュナ。
魔王は愕然としながら、ゆっくりと膝をつく。
「ば、馬鹿な……この私が……?」
ゼルガスは信じられないという表情で、自分の胸に刺さった剣を見下ろす。
黒き甲冑が砕け、紫の血が流れ出ていた。
「これで終わりよ、魔王ゼルガス」
「……クク……そうか、これで……」
ゼルガスは苦しげに息を吐き、顔を上げた。
目の前には、勝利の余韻に浸る勇者レイシュナの姿があった。
黄金の髪が戦いの熱気に揺れ、青い瞳は誇り高く輝いている。
──なんという美しさだろう。
ゼルガスの心に、これまで感じたことのない感情が芽生えた。
胸が痛いのは剣のせいか、それとも……。
(……いや、まさか)
魔王ゼルガスは生まれて初めて知った。
これが……「恋」というものか。
ふいに、ゼルガスの視界が揺らぐ。
ゼルガスは遂にひざまずいた。
しかし、勇者の聖剣に貫かれた痛みは全身を襲うはずなのに、不思議とそれを意識することはなかった。
それよりも、目の前の彼女──レイシュナの姿に、ただ見惚れていた。
逆巻く黄金の髪と、額に浮かぶ汗が月光にきらめく。
荒い息を整えながらも、剣を構える姿はまさに戦乙女と呼べる。
決して諦めない強さをその瞳に宿し、彼女は最後まで──自分を倒すことを諦めなかった。
(なるほど……この強さこその美しさ──というわけか……)
ゼルガスは今まで、勇者という存在をただの人間、ただの敵としてしか見ていなかった。
人間の代表たる勇者が自分を倒そうとするのは、魔王である自分の運命の流れにすぎないと。
だが、彼女は違った。
恐れることなく、迷うことなく、まっすぐに自分に向かってきた。
血と汗に塗れながらも、折れることのない意志の剣を振るい続けた。
その姿は、まるで──
(まるで、戦場に咲く一輪の花のようだ……)
ゼルガスは、自分の中に生まれた新たな感情に驚愕する。
この期に及んで、敵である勇者に心を奪われるなど……あり得ない。
だが、それでも目が離せない。
剣を構える彼女の姿が、どうしようもなく愛おしく思えたのだ。
「……フッ……」
ゼルガスは、思わず笑みをこぼす。
血の匂いが立ち込める戦場で、自分は何を考えているのか――?
それが急に滑稽に思えたのだ。
「……何がおかしい?」
レイシュナがいぶかしげに問いただす。
そんな仕草すらも、今のゼルガスには美しく映った。
「いや……」
魔王は苦しげに笑いながら、彼女を見つめた。
「……勇者よ、お前は……本当に、見事だ……」
そして、息を吐きながら呟く。
「……私は、お前に恋をした」
レイシュナの瞳が見開かれる。
その反応が可愛らしくて、ゼルガスはまた、苦笑した。
──こうなったら、もはや生き延びるしかあるまい。
この恋の行方を知るために。