【3】
それから友香は仕事に没頭するようになった。大輔からスマホに連絡はあるが、無視して答えずにいた。
ー少しは痛い目をみると良い。
意地悪な自分が大輔のことを攻撃しろと言う。おそらく、スマホに出れば、彼は謝罪して次に会う日を決めてくると思うのだが、それでは友香の怒りがおさまらない。
「すごいやる気まんまんだな」
同僚に言われ、友香は微妙に笑い返す。周りには仕事の鬼に見えるのかもしれない。
「仕事、仕事、仕事」
自分に言い聞かせ、友香はパソコンを打ち始めた。
「ーただいま」
アパートに帰ってくると、急に電気がついた。相手は大輔だった。
「おかえり」
「あなた…」
友香は靴を脱ぐのを止め、呆然とした。まさか大輔が居るとは思わなかった。
「ちょっと出よう」
「嫌よ」
つかまれた腕を離そうとしたが、大輔の力は強く、抗えなかった。せっかく入った部屋から連れ出され、車に乗り込む。
「何で、今日…」
居るのよと続けようとして止めた。東京からわざわざ来てくれるとは思わなかった。怒りと嬉しさが混じり合う。複雑な心境だった。
「ーここだ」
大輔は車を止め、降りるように促す。そこは蛍が見られるところで有名だった。
「…うわ、キレイ」
友香は怒りを忘れ、蛍に見入る。儚い命だが、一生懸命光っているのが分かる。
ーまさか別れ話じゃ。
悪い事だらけが頭に浮かぶ。覚悟していると、大輔が急にひざまずき、何かを差し出してくる。指輪だった。
「俺と結婚してください」
「…」
友香は突然のことに驚き、口をパクつかせる。悪いことばかり考えていたが、大輔は自分のことをちゃんと考えくれたのだった。嬉しくて涙が溢れてくる。
「…良いの、私で」
緊張気味に答えると大輔は笑って言ってくる。
「お前が良い。俺はお前に夢中なんだよ」
「夢中…」
頬を紅潮させて、呟く。大輔にそこまで愛されているとは思わなかった。
「それで、答えは?」
「…答えは」
友香は乾いた唇を舐め、覚悟を決める。
「もちろん、OKよ。こちらこそ、よろしく」
指輪に手を伸ばすと、大輔が力強く抱きしめてきた。友香はされるままに、幸福感に包まれていた。
ー私、幸せだ。
今まで罵ったことを恥り、友香は大輔の背中に手をまわす。耳に顔を近づけると、大輔が「愛しているよ」と言ってきた。友香は真っ赤になって言い返す。
「私も…、愛している」
2人を祝福するように、蛍が舞い飛ぶ。光の影が降臨して、美しい景色を見せてくれているようだった。
「これからもよろしく」
大輔がきつく抱きしめてくる。友香はされるまま、安心してもたれる。
「こちらこそ、よろしく」
2人の影が重なり、幻想的な光景と一体になったのだった。