表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/25

9.

「……ふわぁあ。あれ、ここどこだ?」


 欠伸混じりにパチリと目を開ける。っていうか私、いつの間にベッドで寝てた?

 しかも、おかしいな、快適とは言えない我が家の天井は、隙間風が吹き込む小さな穴が多数あるはずなのに、穴なんて一つもないし、色も綺麗に壁紙がなされていて白くてとても綺麗だ。

 まるで昔住んでいたお屋敷の天井みたいだなって思ってたら、急に横から声がした。


「ここは王城の客間ですよ」


「!?」


 がばっと起き上がって声の主を確認すると、ジェルスさんがいた。


「ちょっと、乙女の起き抜けの顔を見るとか、配慮に欠けますよ! マジでモテませんからね!」


「だから私は女性に困っていないと言ってるじゃないですか」


「なんですか、自慢ですか!? 異性にもてない私への自慢ですね!?」


「事実なんですから仕方ないでしょう。あなたが異性からの人気がないのも、私がモテるのも」


 当然のように言われ、ムキーッとなった私はジェルスさんをぽかすか殴った。


「暴力に訴えるのは感心しません」


「鍛えているんですから私のへなちょこパンチなんて大したことないでしょう! 甘んじて受け入れてください!」


 私の言葉通り、ジェルスさんは抵抗せず、されるがままだった。


「……お元気そうで何よりです」


 目尻を下げ、安心したように微笑むジェルスさんの言葉に、はっとした私はすぐさま攻撃をやめる。


「あ、そういえば私なんでこんなところで寝てるんでしたっけ?? 確か、あの広間にいた全員を浄化して、離宮で死にかけていた第二王子を解放したところまでは覚えているんですけど……」


「その囚われの王子の大怪我を治したあと、あなたは気を失ったんですよ。おそらく力の使い過ぎかと。そして一晩この部屋でぐっすりです」


 なるほど、道理で体が軽いわけだ。力も全回復してる。

 そして昨日の記憶も、意識がはっきりしてくると共に思い出してきた。


 真実を突きつけ浄化された三人は、おおよそアレクサンダー殿下と同じような状態になった。

 ジェルスさんは、やっぱり最後まで何も言わず、黙って見届けた。


 さすがにこんなことをした私のこと引いちゃってるかなって思ったけど、そんな確認も後回しにして、私はジェルスさんを伴って離宮へと急いだ。


 実は女神様に第二王子のことを聞いていなかったら、浄化して新しく生まれ変わった陛下たちに国を治めてもらおうかと考えていた。これまでのことを悔い改め、国民の為の政治を行うだろうし、実際あの子爵家のおっさんが、私利私欲を捨て、領民の生活向上の為にと、不必要に高かった税金を引き下げ、今や模範的な領主になってたから。


 けれど女神様はその道はあまりお望みではなかったようだし、私もそれはそれでどうなんだろうと考えていたから、強制的に浄化する必要のない第二王子の存在は非常にありがたかった。

 女神様のお墨付きなら間違いないだろう。


 実際離宮で虐げられていたらしい王子は、体こそ全身傷と痣まみれで弱っていたけど、瞳に宿る意志は強く、玉座を狙う野心家そのものだった。こんなのを置いてたら喉元食いちぎられるに決まってんじゃんって危機感もなかったんだろうな、あいつらは。


 離宮は人の出入りが少ないけど、逆に秘密裏に動くのには適していたみたいで、その状況を利用して徐々に仲間を増やし、虎視眈々と機会を狙っていたんだと。

 怪しまれたらまずいから、振るわれる暴力には抵抗せず、無力な王子を装って。


 にしたって酷い有様だった。よくもそれだけの理不尽な暴力を耐えたものだ。

 そんな第二王子に私は全身治癒を施して……そこで力尽きたようだ。


「ルーカス殿下? でしたっけ。無事に治癒できてました? 確認する前に気を失ったんですよね」


 その問いに、ジェルスさんは小さく頷く。


「はい。外傷は全て治療されていました」


「それでジェルスさんは隣でずっと……」


「私はあなたの護衛ですからね。一晩、片時も目を離さず、じっと見つめておりました」


「やだ怖い!」


 なんてわざとらしく怖がるふりをしてたら、急にジェルスさんが腕を伸ばし、私をぎゅっと抱きしめた。


「え、なんですか突然!」


 予想外のことに慌てた私だったけど、ジェルスさんは離さず、消え入りそうなほど小さな声を漏らす。


「もしかしたらあなたがこのまま目覚めないのではと、この一晩ずっと不安だったんです」


「ジェルスさん……」


 そうか、だからずっとここにいてくれたのか。

 さっき目の下に隈があったように見えたんだけど、気のせいじゃなかったみたいだ。


 私は手を回し、とんとんと安心させるように背中を叩く。


「だけど私はこうして目覚めました。まあ、ぶっ倒れるまで力を使ったのは初めてでしたけど、力も一晩で戻っていますし」


「力が無くなっていても構いません。生きていてくれて本当によかった」


 こんなジェルスさんを見るのは初めてだった。マジで心配をかけてしまったみたいだ。

 しばらく彼の気が済むまでされるがままにしておこうと、しばらくそのままでいたんだけど、なんか、一向に離れる気配がない。


 これはもしや……。


「ジェルスさんとのラブロマンスが始まる前兆では────痛いっ!」


「何を言ってるんですかあなたは」


 ひどい、何も殴ることはないだろう。

 さっきまで暴力に訴えるのは感心しないと言っていたのはどの口だよ!


 だけどようやく落ち着きを取り戻したのか、ジェルスさんは私の身体を離すと、その場で跪き、神妙な面持ちで口を開いた。


「アリア様、いいえ、アーリアロッテ様、先日は私の治療のために力を使っていただき、ありがとうございます」


「待って、そんなにかしこまらないでください! むしろお礼を言うのはこっちの方です! 怪我をさせられるって分かっていたはずなのに、私のためにあいつらに盾突くようなことを言うなんて。あと私のことはアリアのままでいいんで」


「……私は、彼らがあなたにどのような対応を取るのか分かっていたにもかかわらず、何も行動を起こしませんでした。彼らに進言したのは、私の自己満足のようなものです。もっともアリア様のあの力なら、私の心配も杞憂だったようですが」


 そんなに自分を責めないでほしい。どうしよう、こっちがどれだけいいですよって言っても、頭を上げてくれる気配がない。


 とりあえず話題でも変えようと思い、前々から気になっていることを聞いてみることにした。


「実は気になっていたことがあるんですけど。ジェルスさん、旅の間ずっと私を見てましたよね。いやいや自意識過剰とかじゃなく。多分監視も兼ねてたんだと思うんですけど、でもそれだけじゃない気がしていて。うーん、何て言うんだろう、ジェルスさん自身が興味を持って観察している、的な?」


 この言葉に、はっとした様子で彼の顔がようやく上を向いた。


「それは、その……。ですが決してやましい気持ちで見ていたわけではありません。断言します。あなた相手にそんな気持ちは一切起きませんから」


「それはそれで乙女心的には微妙に傷付くんだけど。……で、見ていたのは私の正体に気付いたから、ですよね? どこで分かったんですか」


 彼らに正体を明かした時、私がとある元伯爵家の令嬢だったと知っても、ジェルスさんは驚いたようには見えず、むしろそれが事実だと当たり前のように受け入れている節があったから。


 私は話を聞きたいので元の椅子に座ってとお願いしたら、渋々席に着いてくれて、色々と観念したらしいジェルスさんは大きく息を吐くと、


「アリア様が見せたあのカーテシーに、持っていた手鏡に小さく描かれていた紋章。そして特徴的な見た目。そこからあなたは処罰されたとされているフェルシモ伯爵家の人間なのではと考えました」


 彼の問いに、私はにんまりと笑う。


 おそらく今挙げた以外にもいくつか私へ繋がる何かがあったのだろう。

 にしても、道理でメアリーさんが最初に泣いていた時、彼の様子がおかしかったはずだ。あれは彼女の涙に動揺してたんじゃなくて、手鏡の方に注目していたからか。それは気付かなかった。


 彼の言う通り、私は子爵家が現在治めている地を以前統治していた、フェルシモ家の生き残りの末娘だ。  

 本当は家族と一緒に首をチョッキンされたはずだけど、不正を犯したという無実の罪を着せられて処刑される幼い子供だった私を、処刑人が憐れんで秘密裏に逃がしてくれたのだ。


 勿論、村の人たちも私のことを知っている。むしろ知っているから匿ってくれていた。


 我が家が無実で、実はあの土地を手に入れたかった隣の小さな領地しか持っていなかった子爵家のおっさんが、王家に便宜を図ってもらって我が家の罪状を捏造し、故に我が家はスピーディーに処刑に至った。

 そしてあのおっさんは望み通り我が領地を引き継ぎ、存分に私腹を肥やし、報酬として王家にその利益を流している、というわけだ。


 そんな事情は勿論公にはされていないけど、貴族達の中では事実として受け止められていて、我が家が生贄になったことにより、王家に逆らう貴族が減ったのは有名らしい。


「私の生家であるゼルダン家も、あの事件以来王家に与した貴族の一つです。それに倣い、王家の為に働けとこの地位を授けられました。王家に不満はありましたが、私一人の力では抗えず」


「そりゃ普通はそうなりますよ。なにせ王家の力は絶大。長年いがみ合っていた教会と手を組むことで互いの権威と権力が増して、革命でも起こらない限り絶望的なほどに腐り切ってましたからね。だけどあの四馬鹿がいなくなった今、ルーカス殿下が王位に就くんですよね?」


「はい。アリア様が眠られている間に、ルーカス殿下が新国王となりました。そして浄化された四人の悪事を聞き出し、彼らに積極的に味方していた貴族達もろとも粛清すると宣言しております。ただ、フェルシモ家の断罪により彼らに与していた貴族の処罰は軽くすると」


 ならあの子爵のおっさんも一緒に粛清だな。


 とりあえず私のやりたかったことはこれで終わった。

 彼らに復讐すること。終わってしまえばあっけなくて、ちょっと拍子抜けだ。


「あ、そうだ。私って一体どんな扱いになるんですかね」


「アリア様が望めば、フェルシモ家を再建し元の領地を治めることも可能かと」


「うーん、それはどうかなぁ」


 正直貴族としての生活よりも、一村人として生活していた時間が長すぎて、全然実感が湧かない。それに、統治能力があってまともな人が来てくれるなら、その人が治めてくれる方がいいんじゃないか。


「そちらに関してはおそらくルーカス陛下よりお話があるかと思います」


 そうジェルスさんが答えた瞬間、扉がノックされ、大泣きしながら私に抱き着いてきたメアリーさんから、まさしく件のお方に、目が覚め次第連れてきてほしいと言われていると聞かされる。


 面倒なことにならなければいいなと思い、でも多分面倒なことになりそうだよなと心の中で呟きながら、今までで一番気合いの入っているメアリーに着飾られ、私はルーカス陛下の元へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ