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8.

「そちらからのご提案の件ですが。あなたたちのくだらない権力誇示の為に、私を婚姻という形で縛り付けるのはやめてください。それにこちらこそ好みというものがあります。そこのぼんくら……失礼、アホ殿下との婚姻など結びたくはありません」


 まさか私から拒否するなど思いもよらなかったという顔で、皆がこちらを見やる。

 この発言に一番に喰いついたのがアレクサンダー殿下だった。


「貴様……たかだか聖なる力が使える如きで、この俺との婚姻をお前から拒むだと!? しかもアホだとか言いやがったなっ!!」


「ですが本当のことですので。ご存知ですか? 殿下は巷では、次期国王としての能力がまるで皆無の顔だけしか取り柄のない空っぽな王子として有名らしいですよ」


 しかし彼の怒りなどどこ吹く風で私は更に怒りを煽るような発言をして見せる。


 ちなみにこれは事実だ。

 まともな国民は現政権に不安を感じており、更に次代を担うアレクサンダー殿下は素行が悪く、頭も悪く、ただただ権力を振りかざすだけの無能なので、近い将来この国は滅びるんじゃないかとさえ危惧している。

 既に周辺諸国にこっそり逃げ出す商人や、実は家族だけでも避難させている貴族もいるらしい。


 そして、もう一つ囁かれている噂がある。


「能力も人望もない、非常に残念なアレクサンダー殿下を次期国王に据えるのは危険だと、最近ではひそかにあなたの弟殿下……えーとなんでしたっけ、そこの馬鹿国王が無理やりメイドを手籠めにして産ませ、離宮にて冷遇している第二王子を王位へ押し上げようとする動きがあると……」


「馬鹿とはなんだ貴様! お前如き平民の分際で、わしを愚弄するとは到底許されぬぞ! しかもよりにもよって養ってやってるあの男のことを口に出すなんぞ!」


「あのどこの馬の骨とも分からない女の子どもと私の可愛いアレックスを比べるなんて、お前死にたいの!?」


「へ、平民崩れの女の腹から生まれた下賤な血の男が、よりによってこの俺を差し置いて王になれるはずがないだろう────っ!!!!」


 この話は禁句だったようで、各々怒髪天を衝くほどにきれていらっしゃる。


 さっさと殺すなり追放するなりしておけばよかったものを、手近に置いたのは、それぞれが彼をボロ雑巾のように扱い、憂さ晴らしをする為というクソみたいな理由だ。

 あとはスペアという意味合いも若干ある。

 どうも王妃様は子供ができにくい体質らしく、アレクサンダー殿下以降王妃様は全く子供に恵まれなかったらしい。

 

 それが彼らにとっては悪手だったのに。

 第二王子ルーカス様が、彼らに虐げられたままでいるふりをして密かに仲間を増やし、力をつけていることに気付かないだなんて。

 ま、このことは私もつい最近女神様に聞いたことなんだけど。


 だったら私がわざわざ聖女にならなくても、そのルーカス殿下が革命でも起こして王位に就くのも時間の問題だったんじゃって女神様に言ったら、もう少し時間がかかる上、血がたくさん流れそうなので嫌だったんだと。


 とりあえず、もういっか。

 彼らの更生は、既に人の力では不可能と判断した。なら神の力を使うしかない。


「とにかく。私はあなた達に手を貸すのはごめんです。断固拒否。未来永劫お断りいたします」


「村娘如きが生意気なっ!! くそっ、その剣を貸せっ!!」


 誰かが止める間もなく近くの護衛から剣を奪い取ったアレクサンダー殿下は、怒り狂った顔で私の方へ近付いて全力で剣を振りかぶったけど、


「させるかっ!」


 ジェルスさんがすぐに間に入り難なく素手で受け止めると、逆に彼からあっという間に剣を取り上げ、鋭い切っ先を殿下の首元に突き付けた。


「ひぃぃぃっ!!!」


 殿下が情けない声を上げる。助けに入りたくとも、少しでも動いたら迷わず刺すとジェルスさんに言われ、護衛もその場で固まることしかできない。


「私は助かりましたけど、いいんですか? 殿下に剣を向けちゃっても」


「誰が相手であろうとアリア様を守るのが私の仕事ですから」


 そう言って不敵に微笑むジェルスさんは、尋常じゃないくらいカッコいい。ってそうだ、この人顔はいいんだった。

 だけどそういうのはちょっと後回し。目の前のこれらをどうにかしないと。


 王子を盾に取られ、誰も何も言えずにいる中、私は自分の力についての説明を始める。


「えっと、私の力はご存知のように、治癒と浄化なんですけど、色々と実験を繰り返した結果いくつかのことが分かったんです。特に浄化ってとっても面白い使い方があって」


「お、お、おお面白いだと!?」


 すごいなこの王子。

 喉が震える度に剣が刺さりそうになってるのに、構わず喋ってるよ。

 いや、喋った時に先が当たって「いてっ!」って言ってたから、単に気付かなかっただけか。


 なんかこの状況、私のほうが悪役みたいだよなと思いながら、説明を続ける。


「女神様の力って、生物にも植物にも無機物にも効くんですよ。んで浄化ってつまり、汚い物とか不純物を取り除いて綺麗にするって感じなんですよね。そして何が汚いのかの判断は私の主観と言いますか」


 治癒が、人間にも建物にも効くように。

 浄化が、濁った水とか以外にも、人間にかけたらどうなるのかなって考えた。


「やっぱり実験してみないとなってことで、試しに、私が思うこいつ中身腐って汚れてるよなーって人にかけてみたんですよね、浄化」


 実験体第一号は、うちの村を領地の一つに持つ、あの子爵家の当主だ。


 結果は上々で、これまでの彼と同一人物とは思えないほどに改心した。

 いや、改心は適切じゃないか。不純物────私が彼自身の内部を真っ黒だと判断し彼の本質たる心を取り除いたのだから、それは既にあの男の顔をした別の人間だ。


「つまりですね、私の浄化っていうのは、その人の肉体ではなく精神を、心を殺すということと同義なんです」


「ひぃっ、くく、くる、くるなっ!!!」


 私が一歩王子に近付くと、彼は恐怖で顔を引きつらせながら後ろへと下がろうとするけど、力が抜けてしまっているのか動けないようだ。


「俺、俺が何をしたっていうんだ!? お前ら下賤な人間を導いてやる未来の王だぞ!? こんな暴挙が許されると……」


「暴挙はどっちでしょうね。少なくとも、このままあなた達が国を治め続ければ、この国は数年以内に確実に滅ぶ。そう女神様が判断したから、女神様が私に力を授けたんですよ。だって女神様が現れるのって、いつだって国の存続の危機の時、でしょう?」


 そう言って私は微笑んだ。


「やめろ、待て、待ってくれ、俺は……俺は悪くない! 頼む、許してくれっ!!」


 王子が体中から液体を垂れ流し、懇願する。


 私はちらりとジェルスさんに目を向ける。

 今からやることは、もしかしたら彼に軽蔑されるだろうか。もしくはそんなことはするなと止める?

 まあ、もう止められないところまできてるんだけど。


 だけど彼が私を見る目はそのどちらでもなく、ただじっと見届けるように、静かに私と殿下のやり取りを見ていた。


「それじゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」


 私は人が一人入る大きさの光球を出す。

 そして顔面蒼白で今にも気を失いそうな王子に、えいっと投げつけた。


「さようなら、散々人々を弄んだ最低最悪なアレクサンダー殿下」


 一際眩しい光が一面に広がり、思わず目を瞑る。

 そして光が収まり、視界が元に戻った時、そこにいたのは────。


「私は間違っていた。これまでしてきた行いは全てこの国の民を傷付け弄ぶものだ。王家の人間として到底許されるべきことではない。私はここに全ての罪を打ち明け、責任を取るため自ら断頭台へ上がろう」


 跪いて涙を流す、アレクサンダー殿下と同じ顔形をし、彼としての記憶を有している全く別の人間だった。


 あの男だったものはここで消滅した。


「さて」


 続いて、同じように後ろで床にぺたりと座り込む国王陛下以下二名にも目線をくれてやる。

 浄化の力を目の当たりにし、いよいよまずいと悟ったのか、彼らも各々喚き散らしている。


「国か、国が欲しいか! それならくれてやる、王座を明け渡すから……勿論宝物この財宝も全て聖女のものだ!」


「いやよ、なんで私がこんな目に遭わないといけないの!? そこの兵達、さっさとあの女を捕らえなさい! あんたたちが死のうがどうでもいいのよ! 何のために雇ってると思ってるの!?」


「おお、女神ベリアルラーテよ! 王家の人間は既に汚れ切っております。ですが私は違いますぞ! どうかこのわたくしめだけはお助け下さい。さすればあなた様への更なる信仰をお約束いたしましょう!」


「うるさいわね! あんただってさんざん私たちについて甘い汁吸ってきたじゃない!? 自分だけ助かろうなんて虫が良すぎるわ!」


「聖女よ、この女も教皇も、聖女の邪魔になる者は全て排除してもらって構わん。だからわしだけは」


「この欲深き者達はどう処罰していただいても構いませんので、女神の代弁者たる私だけは」


「ははっ」


 なんて見苦しいのか。

 己だけは助かろうとみっともなく命乞いをする。

 これが今の王家だ。


 兵たちは動かない。

 私に敵わず、自分が浄化される可能性を考えている。どちらにつけば生存率が上がるか分かっているのだ。

 まあ彼らも心からあいつらに忠誠を誓ってるわけじゃなさそうだし、見物人として見届けてもらおう。それに、人間の浄化って結構疲れるし、余計な力は使いたくない。


 とりあえず、私は三つ、白い球を出す。

 彼らが化物を見ているかのように口から恐怖の息を吐きだす様を見ながら、ゆっくりとそれらが三人に近付いてくる。


 後ずさるが、それは着実に距離を詰める。


「そうだ。最後に」


 彼らにしてみれば私の────私たちの存在なんて忘れているかもしれない。


 だけど最後にきちんと名乗っておかないと。


 私はスカートを持ち上げると、先ほどよりも丁寧になるよう心がけたカーテシーを披露し、言った。


「私の本名は、アーリアロッテ・フェルシモ。あなた方が不正の証拠を捏造し、それがバレる前に急いで処刑して殺した、あのフェルシモ家の生き残りです」


「ま、さか……」


 覚えがあったのか、驚いたように三人の目が見開く。

 それが、彼らが彼らとしての生を終える最後の瞬間だった。

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