7.
そして予定通り、出発から二週間ほど。
これまで見てきたどの街よりも煌びやかで活気のある王都へと到着した。
あふれんばかりの人と店と物であふれる王都の様子見もそこそこに、豪華絢爛としか言えない城へと連れていかれた。
ちなみにジェルスさんとメアリーさん、その他護衛を務めてくれた騎士団の皆さんとはここでお別れで、思いのほか悲しかった。
で、私は、旅の疲れをとる暇もなく、別室で新たな侍女的な人たち数人がかりで小綺麗に身なりを整えられ、城の大広間へと連行された。
中にいたのは、一目でこの国の最高権力者と分かる(なにせ王冠が頭に載っている)でっぷり肥え太った国王陛下と、スリムな体形で美容と装飾品に全力を注ぐ王妃殿下、美しき王妃によく似ている美麗の青年と、金の三本ラインが入った教会で頂点に立つべき人間が纏う修道服に身を包んだ、俗世に塗れた体形のおっさんだった。
ここに来て、奴らと対峙して初めて、私は自分の身体が緊張で少し震えた。
聖女の力を女神様からもらった時、私は自分の為に使うと決めた。
そしてそれが彼女曰く、聖女としてこの国を導くことに繋がるのだろう。
私がしたいことは、簡単なこと。
一人目は既に終えている。
で、次のターゲット達が今私の前に立っている。彼らは噂でも、そしてジェルスさんやメアリーさん、他騎士団の方や街で聞こえてくる人達の声を聞いても、共通しているのは、屑だということ。
けれど、やはりきちんと自分の目で確かめなくてはならない。
彼らが言われているように、本当にどうしようもない屑なのか。
「お前が噂の聖女とやらか」
女神様の威厳には到底及ばない厳かを装ったおっさん、もとい陛下の声がする。多分この流れは挨拶でもするのだろう。
なのでとりあえず、皆から褒めてもらったカーテシーを披露してみせる。それでも高位貴族のそれには到底及ばないのだろう。不格好だとばかりに皆が一瞬眉を顰める。
お辞儀だけでなく、見た目もまあ、彼らが普段見ているだろうご令嬢には遠く及ばないのも原因だと思うけど。まあ平民などこれが精いっぱいだろうと思われたのか、言葉にする者はいなかった。
けれど一片の曇りのない黄金の髪を後ろに撫でつけた、最高級の職人の作品の如き麗しきお顔立ちの青年は、私を見た瞬間豚のように不満げに鼻を鳴らした。
「なんだこの貧相なガキは。俺は歴代聖女のような美しく豊満な体の女を期待してたんだが」
「そう言うなアレク。だが顔立ちは悪くない。それにまだ成長期だ。女はある時を境に見違えるほどの見目になる。この聖女もその要素は持っていそうじゃないか。長い目で見るがよい」
国王陛下の言葉に、この顔だけイケメン男はやはりアレクサンダー殿下だと確信する。
やはり噂に違わず、陛下は屑だ。そして屑の子供もやはり屑。こんなのが次期国王とか、そんなに自国を自分たちで滅ぼしたいのかと言いたくなる。
しかしそんなことを思っていると気付かれるのはまずい。
いや、最終的には気付かれたところで痛くも痒くもないんだけど、もうちょっとだけ先だ。
イラッとした気持ちはいったん胸にしまって無を貫く。
アレクサンダー殿下は尚も不満げに、何か言いたそうにしていたが、遮るように修道服のおっさんが口を開いた。
「初めまして聖女殿。私はパレスチです。あなたが聖女としての力を有していることは、聖女の印しかり、部下を通じて確認済みですが、今一度この場でその力を見せてはもらえないでしょうか。まず濁りのある水を持って参りますので、まずはそちらの浄化を。その後、これから怪我をした者を連れてまいりますので、治癒をお願いいたします」
丁寧な口調で満面の笑みだが、私の力を利用しようという魂胆が丸わかりだ。
嫌悪感しか湧かないが、
「分かりました」
と素直に返事をしておく。
合図があるとすぐに水がたっぷり入った瓶が、二人がかりで運ばれてきた。
かなりの大きさがある透明のガラスの瓶の中身は、明らかに濁っている。しかもヘドロ的なのも浮いてるし、ちょっと臭う。
うげぇと思いながら、気持ちを作り、真っ白な光の球を出す。
で、光が着弾した瞬間弾けたあとに残されたのは、透明で美しい水。
どれだけ綺麗か確認するため、私は瓶に近寄ると手ですくって飲んだ。ちょうど喉が渇いていたので、その行為を五回ほど行うと、力を認めたようですぐに瓶は下げられた。
多分別室で本当に飲める水になるほどに綺麗になったのか、確認でもするんだろう。
ともかく、一応私には浄化の力があるとまずは認められた。
「見事じゃったぞ、聖女よ」
「お褒めに与り光栄です」
陛下の言葉に、とりあえず頭を垂れとく。おっさんに褒められても嬉しくもなんともない。
えーと、確か次は治癒だったな。ところで頑張ったらこれ、ピンクとか青とか色付けた光が出せたりしなかろか、しょうもないことを考えていた私の前に、件の怪我人が現れたのだが。
まるで罪人のように後ろを縄で縛られた、大柄な体つきの青年。金とオレンジの混ざった髪色のその人は、私の前に転がされた。
すぐに駆け寄ると、顔はぼこぼこにされ、腫れあがっていて、とてもじゃないけど判別できない。それでも私には分かった。だてに一緒に旅をしていない。
「ジェルスさん!!」
声をかけると私だと分かってくれたんだろう、何かを言おうと口を開くけど、言葉にはならず、うめき声が上がるだけ。
しかも腹部から赤黒いなにかが服に染み出している。
どう見ても人為的なキズだ。それも誰かの悪意に満ちた。
そしてそれをニタニタと面白そうに見つめていたのは、アレクサンダー殿下だった。
「なに、我らの所有物となる聖女の処遇についてこの俺に意見してきたから、俺様直々に立場を分からせてやっただけだ」
怒りで一瞬目の前が真っ白になる。
お前らは躾のなっていない獣よりもたちが悪いと、思わず私は力を行使し掛けて、でもなんとか冷静になって堪えた。
今私がすべきなのはジェルスさんの治癒だ。王族に力を見せるためじゃない、ジェルスさんから痛みと怪我を取り除くために力を使う。
「ごめんなさい」
彼の怪我をきちんと確認するため、私はシャツのボタンを引きちぎらんばかりの勢いで外す。
やはり腹部を刺されたみたいで、申し訳程度に布が当てられていたけど、止血の意味をなさず、血がじゅくじゅくと漏れ出ている。
正面の傷はパッと見それだけ。
続いて背中側。大きな体を半分傾け、邪魔な縄を村暮らしで鍛えた腕力で引き千切って確認すると、そちらは痣まみれだった。
これだけたくさんの、しかも重症の怪我を治すのはそれなりに力を使う。それでも必ず治せる。
私は彼の体が元通り綺麗になるイメージを作り上げると一際大きな光の球を作り出す。それは私のイメージ通りにジェルスさんの体をすっぽりと包み込む。
やがて光が消えた時、そこには出会った時と同じ騎士の姿があった。
「よかった……」
失敗するなんて微塵も思っていなかったけど、それでも知っている人の大怪我は、私の自信を存分に揺さぶった。
「どこか痛むところは?」
「大丈夫です。アリア様、ありがとうございます」
いつもと同じ、女性を引き寄せる綺麗な顔に戻った彼の答えに、私はようやく安心して息を吐く。
まさかこんなことをするなんて考えもしなかった。
私は諸悪の根源に目を向ける。
「む、やはりその聖なる力は間違いなく女神ベリアルラーテ様のお力じゃ! これで我が教会の権威もますます高まるというものだ」
私の力を確認し、目の前の権力者たちが喜んだのは言うまでもない。ただ一人、アレクサンダー殿下だけは面白くないといった顔をしていたが。
まじでカスばっかりだ。
殿下の行為も、聖女所有物発言も、彼らにとってはなにも問題ないことなのだろう。
ということは、やはり彼らは私が復讐すべき奴らで間違いない。
ならばさっそく準備をしないと。
あ、でもその前に、まだ彼らが彼らとしての意識があるうちに、罵詈雑言ぐらいあびせようかと口を開いた私だったけど、その前に国王陛下がとんでもない爆弾を投下してくれた。
「わしの治世に聖女が現れるとは、なんと幸運なことよ!! 王家と教会が聖女の後ろ盾となろう。そして国民に向けて聖女降臨を知らせるとともに、我が息子アレクサンダーと聖女との婚約を発表しようではないか!」
「え」
アレクサンダー殿下の明らかに狼狽した、そして大層嫌そうな声が広間中に響く。
「待ってください!! なぜ俺がこのような辛気臭い貧乏ったらしい女とも男とも分からない体の者と結婚しなければならないのですか! しかも結婚するとはこれと子を儲けろということですよね!? 俺にだって好みはある、これを抱くなどごめんです!!」
こんな男と息ぴったりなのは嫌だが、私も同意見だ。
それにしてもとんでもない言い草だ。確かに見た目はまだ鶏ガラ枠を抜け出せてないかもしれないが、王都の外には私以上に鶏ガラの体でなんとか生きながらえている国民もたくさんいる。
それを作り出している元凶は、お前らだというのに。
しかし王の提案は想像してなかったわけでもない。
歴代の聖女も、実は王族の人間と婚姻を結んだ者が多かった。
聖女の力は受け継がれるものではないけれど、やはり血縁として取り込むほうが都合がいのは確かだ。とはいってもそのほとんどが、相思相愛の関係だったと語り継がれているが。
まあ、真実は分からないけど、少なくともこれまで聖女様が降臨した時の権力者はまともな治世だったらしいから、無理やりとかではなかったんじゃないだろうか。
私としては王族に取り込まれるのはごめんだし、ましてこんな失礼で、人を人とも思わない畜生以下の男などこちらから願い下げだ。
しかも徒に人を虐げる加虐趣味のある男だ。虫唾が走る。
しかし私が発言するよりも早く、王妃殿下は下卑た口元で息子にこう告げた。
「なに、聖女と言っても所詮はその辺の平民よのう。一応アピールとして結婚して正妃として据えるが、平民の女の子供に王位を継がせるつもりはないわ。聖女とは子ができなかったことにし、後に側妃を迎えてそちらと子を儲ければよい」
本人を前にとんでもないことを言ってくれている。
「アリア様に対して何を……」
なんとか堪えてたみたいだけど、ついに我慢が出来なくなったらしいジェルスさんが奴らに詰め寄ろうとするのを、私は手で制す。
「ですが……」
「大丈夫です。だからちょっとだけ、私の好きにさせてもらえませんか?」
「っ分かり、ました」
私の為にボロボロになるほどにこの身を心配してくれる優しい彼には、黙って見ててほしいという私のお願いは到底聞き入れ難いことだろう。
それでも彼は私の為に、ぎりりと歯噛みしなながらも耐えてくれた。
さて、と私は次に害悪どもに向き合うと、眉を顰め、不満を隠すことなく述べることにした。




