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5.

 旅も三分の二ほど進んだ先にある街での夕食時。


 巨大なぷりぷり海老の殻外しに格闘しながら、私はズバッと切り込んだ。


「ところで最近、お二人とも私のこと暗い表情でじっと見てますけど、何かありましたか?」


 その言葉に、二人の食事の手がピタリと止まった。


「気付いていたんですか」


 ジェルスさんがそう言ったので、私は首を縦に振って見せる。


 ジェルスさんとメアリーさんは二人で顔を見合わせ、意思疎通でもしたのか、互いに頷くと、私に向き直る。


「不快な思いをさせてしまっておりましたら、申し訳ありません」


 二人が謝罪として頭を下げてきたので、慌てて動きを止める。


「いいえ! 別に不快には思ってませんよ! ただなんでかなぁと気になったので、気になることはサクッと聞いちゃえ的なノリで言っただけなので」 


 そうして謝り倒す二人に何とか頭を上げてもらって、理由を教えてもらうことができた。


 私はこれから国王陛下と、教会のトップである教皇の前で力を見せることになる。そして能力を認められ、聖女として認定されれば、正式に我が国に聖女が現れたと大々的に発表されるだろう。

 その後は、歴代の聖女と同じくこの国の発展の為に、国王陛下と教皇の指示の元、力を尽くすことになるらしい。


 勿論衣食住は確約されるし、それなりの地位を与えられる。話だけ聞けば生きていくのに困ることはなさそうだし何の問題もないように思えるけど、事態はそんな単純な話じゃないことは、私にも予想がつく。


 おそらく二人は分かっているのだろう。


 私がこれからどうなるのか──ある意味この国で最も害悪と呼ぶべき王家と教会のトップに、死ぬまで彼らの私欲を満たすために使い潰されるのだろうと。


 これが童話の魔法使いみたいに、炎を吐くドラゴンの召還とか一瞬で辺りを凍てつかせる氷の魔法とか出せるなら脅威になるかもしれないけど、所詮私は浄化と治癒の力を保有してるだけの、知識もない貧しい村の出自の小娘だ。


「どの時代も、聖女は最も尊ぶべき存在です。文献にも、国を守る聖女様のことを、王家の方々はとても大切に扱ったと残っています。ですが……」


 そこまで言ってジェルスさんは悔しそうに唇を噛む。


 なんとなく知っていたけど、彼はとてもいい奴だ。食事中に嫌味をお見舞いしてくるのは私の野菜嫌いを克服させようとしているからだし、そもそも私に対する態度は、私がストレスなく過ごせるようにあえてやっていることなんだろう。

 ジェルスさんとポンポン言い合うのは、私は結構好きだ。

 

「アリア様は聖女様の称号に恥じない、とても綺麗な心根をお持ちの方です。私の痣の治療もありますが、街でもこっそりケガや病気の方を治療されていますよね? 誰からも気付かれないように。そんなあなたを、これから虐げることが分かっているのにあの方々の前にお連れすることが心苦しくて。ですが、私を含め、貴族の大半は彼らに逆らえません。それが自分でも悔しくてならないのです」


 メアリーさんは泣き虫だ。今だってぽろぽろと私の為に涙を流してくれている。

 しかも私の心根が優しいとか……いやいや、そんなことはないんだけど、メアリーさんの方こそ、優しいし綺麗な心を持っている、まさに聖女みたいな人だ。 


 にしても、王族も教会も、噂に違わず相当腐ってるみたいだ。

 彼らが私利私欲で民や貴族から搾取してる話は、噂程度だけどあの村にも届いていた。ついでに言うと、うちの村を管轄下に置くあの子爵家のおっさんも、確か王家の息がかかってる奴だったはず。


 もっと言うと、豊かな領地を狙った子爵家おっさんと、王家に敵対する貴族の中でもそこそこ力があったが故に目の上のたん瘤的存在だった元伯爵家を排除したい王家が結託して、元伯爵様に無実の罪を着せて処罰したともまことしやかに囁かれている。


 それ以来、元伯爵家の二の舞にならないように、貴族達は王家に従っているという。

 で、二人の生家もその中の一つらしい。

 まあ王家派じゃない貴族を、そもそも私のところへ寄越さないだろうし。

 二人とも、本気で私の身を案じてくれているのだ。


 だが皆知らない。

 聖女の力は、私がどういう解釈で使うかによって、脅威にすらなりうるということを。

 そして案じなければならないのは、私ではないのだ。


 私は彼らに向かってニヤリと笑った。


「心配していただいてありがとうございます。でも、私を誰だと思っているんですか? この国のみんながその存在に喜んで頭を垂れる、伝説級の聖女様ですよ?」


 聖女としておおよそふさわしくない笑顔になってる自覚はある。

 まあ、もともと聖女っぽいかと言われると疑問しか残らないけど。

 確かに食っちゃ寝ぐうたら生活のお陰か、少しはふっくらほっぺと厚みのある体を取り戻してはいたし、黄ばんだぱさぱさ髪もキューティクルが復活した栗毛色になってる。だけど別に語り継がれているような絶世の美少女の聖女様ってわけでもない。

 それには結構な誇張が混じってそうなことは女神様は言ってたけど、そんなことを知る人間はいないわけで。


 それでも私は間違いなく聖女なのだ。

 たとえ王家や教会がどんな手を使って来ようと、それを打ち砕く力を私は持っている。そして、女神様の加護は絶対だ。故に女神の力を受け取った私は、この国において絶対的正義なのだ。


 だから二人が考えているような未来にはならない。絶対に。


「大丈夫です、おそらくお二人が思っているようなことにはなりません。いえ────もっと面白いことになるかも」


「面白いこと、ですか?」


 メアリーさんが小首を傾げるけど、その様子が可愛いなと思いながらも彼女の問いには答えず、私は意味深な笑みで返しておく。


 一方のジェルスさんは、じっと私を見ていた。

 相変わらず目つきは険しいけど、あれが標準なんだなと一緒にいて分かってきた。

 警戒しているようにも、メアリーさんのように不思議がる様子もない。ただ、じっと。


 まるで何かを見極めるかのように。


 その視線の意味にはまるで気付いていないかのように、私は手をパンと叩くと、


「さあ、食べましょう! 折角のごはんが冷めちゃう!」


 明るく声をかけて再度、目前の大海老の咀嚼に取り掛かった。

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