13.
翌日の目覚めはばっちりだった。
むしろ一人で寝る時よりも力が増しているような気がする。まあ、気のせいなんだけど。女神様からの力って増えることはないらしいから。
つまりジェルスさんは私にとって良い抱き枕なんだろう。
今日も今日とて朝からしっかりと肉をお腹に詰め込み、早速マルクスさんの屋敷へ向かう。
まだ早い時間だ。
それなのに屋敷の入り口には既に列ができていて、出迎えてくれたマルクスさんにもう始めていいか尋ねると、準備はできているとのことだったので、すぐに聖女の仕事を開始した。
やってきた人は、
「風邪気味で鼻水が止まらないんです」
「昨日足を捻挫してしまって」
という比較的軽症の人から、
「骨が折れたんですけど治りますか?」
「うちの坊やの熱が三日も下がらなくて……」
「食べ物に当たったみたいで腹を下してずっと辛いです!」
という人まで様々だった。
みんな有償での治療というのをよく分かっていて、大体の人はごねることなく正規の料金を払い、感謝しながら帰っていった。
そんな中、一人の男が大声で叫びながら、制止を振り切りこちらへとやってくる。
そして並んでいる人たちを押しのけ、私の前までやってきた。
すぐ隣に立っていたジェルスさんが彼を排除しようと剣を抜こうとしたのを、私は止める。
なぜ、という顔をしたジェルスさんだったけど、その男が昨日の奴だと気付いたのか、剣に伸ばした手はそのままに、笑いをこらえながらも静観してくれるようだった。
その男は目の前の机をバンっと勢い良く叩くと、後ろで人が押さえているのにも構わず、こちらへ噛みつかんばかりの勢いで迫って叫びまくる。
「おいこのガキ! これはお前のせいだろう!! 舐めたマネしやがって、この俺様にこんなことしてただで済むと思うなよ!?」
「あら、なんの話でしょう」
「とぼけるなっ!! これはお前がやったんだろう!? じゃなきゃいきなり何の前触れもなくこんな風になるわけがない!! どうせお前が変な力でも使ったんだろう! 何が聖女だクソが! いいからとっとと治せ!」
まあ、使ったんだけどね、力。
だけど私は当然すっとぼける。
「治せと言われましても……。あなたとても元気そうですよね? 一体どこを治せと?」
すると男は、顔を真っ赤にさせ、これまでで最も大きな、ありったけの声で叫んだ。
「っ昨日まで生えていた俺の髪を……このハゲを治せって言ってるんだろうが!!」
そう、確かに彼はふさふさだった。
昨日までは。
それが今は、毛根すら生えておらず、光が反射すれば照り返すほどの光沢をもった、一片の曇りもないつるつるの頭になっていた。
それもそうだ。
だって昨日私は彼の頭皮に浄化の力をかけたから。
彼の毛根は頭皮にとって悪だと思わせ、次の日の朝に一気に抜け落ちるように予め時間を設定しておいた。当然、毛根がないのだから、どんなに手を尽くしてもこのままでは彼の頭には永遠にふさふさは戻ってこない。
しかし見事なまでにてかてのつるつるになったなと思いながら、素知らぬ顔で私は答える。
「……あの、私の力は浄化と治癒です。それなのにどうやってあなたの頭をハゲさせることができるっていうんですか? あなたのハゲの原因を私に求めないでください。遺伝なんじゃないですか?」
そう答えると、周りからひそひそと「そう言えばあいつの親父も剥げてたよな」とか、「爺ちゃんもつるつるだったはず」「若くしてああなるのはかわいそうだが、聖女様のせいにするとか頭おかしいんじゃないのか」という声が聞こえてくる。
男にもそれが聞こえたようで、うるせぇ! と周囲を怒鳴りつけると、再び私に向き直り、
「お前のせいで、いつも一緒に遊ぶ女の子たちに馬鹿にしたように笑われたんだぞっ!? 一体どうしてくれるんだ!」
と責め立てる。
ジェルスさんほどではないにしろ、なかなかに整った顔立ちだから、かなりダメージがあったのだろう。
しかし、私がしたという証拠はない。
だけど。
「仰ってる意味が分かりませんが、その頭、私だったら治すことは可能ですよ」
「だったら早く治せ……」
「皆さん並んでるんです。治療をしてほしければ一番後ろにお並びください」
私はにこりと笑って、最後尾を指さす。
といっても並んでいる人が多すぎてここからじゃ見えないので、それっぽいところを指しているんだけど。
男は尚も喚き散らしていたが、私が並ばないと治療しないと言い続け、さすがにうっとおしくなったらしいジェルドさんがものすごい怖い顔で睨みつけたら、舌打ちしながら一番後ろへと並びに行った。
そんな一部始終を見ていた人たちは、私に同情的である。
「あいつ、町はずれに住んでるダンっていう奴なんだけどさ、色んなところでトラブル起こす男だって有名なんだ。聖女様も災難だったな」
「それにしてもあんなに綺麗に髪が無くなるなんて……ちょっといい気味よね」
「俺もあいつには迷惑かけられたことがあるしな。あのまま禿げさせとけばいいんだ!」
といった具合である。どうも相当に悪い噂が絶えない男だったらしい。
そんな男だけどやはり毛髪が恋しいのか、途中ずっと悪態はついていたらしいけど言われた通り列に並んでいた。
そして遂に彼の番がやってきた。
「ガキが! 治ったら覚えとけよ! きっちり借りは返してもらうからな!」
開口一番、私に噛みついてきたダンに、私は手を差し出した。
「対価が先です」
「は? お前ふざけてんのか!? 自分でやったことを治させるのに金取るとか頭おかしいんじゃねぇの!?」
予想はしていたが、まあ、ごねるごねる。
幸い彼が今日の最後の患者だから、ここで時間を食っても後の人の治療が遅くなるってことはないんだけどね。
「対価をください」
とりあえずひたすらにその言葉を言い続け、観念したのかダンが財布を取りだす。
「ちっ、いくらだ!?」
「金一枚です」
するとダンは再び怒り出す。
「はぁ!? 他の奴らは銅三枚とかだろうが!! それなのになんで俺の頭が金一枚なんだ!!」
金一枚は、この町だと大体四人家族が一か月過ごせるだけの額だ。
しかし彼の実家はそれなりにお金持ちであり、その程度のお金は出せるだろうと、患者さん達の話から推測していた。
ここから更に切れまくっていたダンだったが、私は彼にだけ聞こえるような声で、囁く。
「言っておきますけどその頭、どんな薬を使っても治せませんよ。なので私が頭の治療を拒否すれば、あなたは一生そのままです。私を殺しても一緒です。効果は永久的に持続しますので」
「!? やっぱりお前が俺をこんな風にしたんだな! 何が聖女だ! みんなにお前の悪行を言いふらしてやる」
「普段から素行も評判も悪いあなたと、聖女の私。町の人がどっちを信じると思いますか?」
この場にはマルクスさん他数名がいるけど、目が合うと、彼らは何も見聞きしてないと言わんばかりにわざとらしく視線を逸らし、体の向きを別方向へ変える。
ダンも自分の評判の悪さに自覚はあったのか、何度も盛大に舌打ちをした後、彼は財布から金一枚を取りだすと叩きつけるようにこちらへ放り投げた。
なのでもらったお代はジェルスさんに預け、早速彼の毛髪を元通りにすることにした。
今回かけるのは治癒だ。
浄化に使った力よりも強い治癒の力をかけると、すぐに彼の髪は復活した。
青いふさふさが戻ってきたダンは当然喜び、そして予想できたことだけどすぐにこちらに恨みを晴らさんとばかりに殴りかかろうとする。
なので私は再度浄化をかけ、彼の頭をただの頭皮に戻した。
「なっ!?」
ばらばらっと落ちてくる髪に呆然としながら固まるダンを見ながら、どうしてこうなると分からないんだろうと思いつつ、私はもう一度手を差し出す。
「金一枚です」
「っ────!!」
悔しそうに地団太を踏み、今度はさっきよりも強く代金を叩きつける。
なので元通りにする時に、
「私に何かしようとしたら、その都度毛髪を奪います。それが嫌ならこれ以上余計なことはしないでくださいね」
と言うと、さすがに懲りたのか私へ攻撃することはせず、とても機嫌が悪そうな顔のまま、ずしずしと大きな足音を立てて去っていった。




