11.
私達が宿へ戻ってきたのは、外もとっぷりと暗くなった頃だった。
「ジェルスさん、今日こそ晩御飯をカリム食堂で食べますよ!」
「耳元で叫ばなくても聞こえています」
「でも葉っぱは勘弁してほしいです」
「認めません」
外灯が付き始める頃、なんとかリストにあった全ての人たちの治療を終えた私たちが、いつものように野菜について議論を交わしながら宿に戻ると、入り口にはちょっとした人だかりができていた。
「アリアちゃん!」
その中のいたマーシャさんが私を見つけて声を上げた瞬間、人だかりの視線が一斉にこちらへ向いたかと思いきや、私たちの方へ一目散に駆け寄ってくる。
「聖女様!」
「本当にあのちっこいのが聖女なのか!? しかもあれで女だと!? ふざけるな、まだガキじゃないか!」
「俺の怪我も治してください!」
一気に押し寄せてきて、人波に流されて危うく窒息しかけたところで、ぐいっと私の腕が上に引かれて体ごと持ち上げられたかと思うと、気付けばジェルスさんの腕の中にすっぽりと収まっていた。
「わー、ジェルスさんの目の位置から見ると、世界はこんな風に見えるんですね。ほとんどの人間のつむじを見下ろせるじゃないですか」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう」
「まあ、そうですよね」
どうも私が聖女だと、遂に町の人達に知れ渡ったらしい。別に隠していなかったしね。それで様子を見に来た、もしくは治癒か浄化のお願いをしにここに集まったってところか。
ジェルスさんの腕に抱かれ、ちっこいとかガキって言った奴はどいつだと探しながらどうしようかと考えていると、マーシャさんが男性を一人連れ、人込みに割って入る。
「こらみんな! そんなに二人をびっくりさせないでおくれよ! ごめんねアリアちゃん、アリアちゃんが重病の人を治したって話が広まってさ。みんながこっちに押しかけてきちまったんだよ」
「そうだぞみんな、少し静まりなさい!」
多分あの男性がマーシャさんの弟の町長さんだろう。だって顔がそっくりだから。
二人の言葉に皆落ち着いたようで、ようやく静かになった。
なのでジェルスさんに下におろすように頼んで私が地面に降り立つと、その男性から自己紹介を受ける。
「初めまして聖女アリア様。姉から話は伺っております。私はこの町の長をしておりますマルクス申します。以後お見知りおきを」
そしてマルクスさんとマーシャさんの話を聞くと、今の状況は私が考えていた通りだった。
この旅の目的は、聖女として人々を癒すことである。
正直軽症患者なら何人束になろうと苦にならないので、希望があれば全員治したいんだけど、ここで私は一つ懸念していたことがある。
私が数日滞在し、小さな切り傷や、極めて軽度の風邪等々、薬を使ったり、一日程度安静にしてたら治るような、聖女の治癒なんて必要のないほどの軽傷患者の治療までしてしまったら、この街の医師の商売も一時成り立たなくなて困るんじゃないかと。それにそのせいで彼らの恨みを買うのも御免だ。
その話を今日会った医師たちにしたら、彼らは素晴らしくできた人格者たちであり、人々が治るのならそれに越したことはないと、皆を治療してほしいと言われたのだ。
だけど彼らにだって生活はある。
と、いうとこで、結局私は対価として、この町の診療所で治療した場合の平均治療費を算出し、その額を対価としてもらって希望者の治癒をすることに決めた。そしてもらったお金は全て、診療所に等分する。
ただし、私が重病や重症だと判断した場合や、金銭の用意が難しい場合は要相談ということで。
……という話を皆にして、希望者は明日から治療したいので、できればこの町で一番人を収容できる場所を貸してほしいとマルクスさんに尋ねたら、なんと彼の住んでいる屋敷の一部を貸してくれることになった。
ほとんどの人はこの話に納得してくれたけど、中には私を守銭奴とか、無償奉仕が聖女だろうとか、とても聞くに堪えない言葉で私を非難し喚く人もいた。いやいや、だからお金は診療所に等分するって言ってるのに、全然話を聞いちゃいない。
しかもそいつ、石まで投げてきた。幸い誰にも当たらなかったけど、あの男死にたいのか?
なぜならジェルスさんの纏う雰囲気が一気に剣呑なものに変わったから。周囲の人間が思わずひっと言って後ずさっているし。
「あの男、殺してきても?」
「駄目ですやめてください」
多分怖い顔もしてるんだろうなと確認しなくとも分かった私は、落ち着かせるように彼の手を握る。
ついでにその男が、私をガキだと言いやがった人物と同じ声だったことに気付き、マルクスさんたちにこの場から引き剥がされどこかへ連れていかれる彼に、少しだけ力を使い、ある細工をすることにした。
最近では、少量の力なら光を出さずに治癒や浄化を使用することが、そして時間差でその力が効くようになるってことも可能になったので、私のしたことだとすぐには気付けまい。
ちょっとした悪戯である。
きっと明日の朝、びっくりするだろうなと思いながらこっそり笑っていると、そんな私に目ざとく気付いたジェルスさんが探る目でこちらを見つめる。
「あなた、今何かしましたか」
「何の話ですか?」
私は彼にそんなことができるようになった、って話はしていないのに、勘が鋭いと言うかなんというか。
仕方がないので屈んでもらうと、彼にだけはこっそり耳打ちで教える。
聞いたジェルスさんは、私のしでかした内容と力の使い方の熟練度が上がったことに驚きつつも、少し黒い笑みを浮かべた。
「いいと思いますよ。見せしめとして、アリア様を攻撃したあの男を切り刻む、でもよかったかとは思いますが、あなたのやり方の方が大分平和的なのでは」
「ジェルスさんのその考え怖いんですけど。あと、あなただって私のことを子ども扱いしますよね?」
「私はいいんです」
そう答えると、まだ握ったままだった手を繋ぎ直し、宿へと連行される。
なんかしれっと言ってるけど、全然よくないからね!?




