2.
神父様が聖女の誕生を教会本部に知らせたことにより、すぐに私を王都に迎え入れたいと連絡が入り、半月後には迎えの馬車が到着するだろうと言われた。
出発まで時間がある私は、村で濁りつつあった井戸の水を浄化したり、この土地を治める子爵家のおっさんに呼ばれて、私の聖女としての力を見せろと言われたので、お望み通り目の前で披露してあげた。
無事に成功したこともあって、お礼にとたくさんの食料をもらったので、私は全て村に持ち帰って皆に配った。
十二年前にここを治めていた貴族が行っていた不正が明るみになって処刑されたことで新たに就任したこの貴族様は、ものすごくケチで自分だけ私腹を肥やすようなタイプだったので、こんなにたくさんのお恵みが与えられるなんて、聖女の力ってやっぱりすごいんだねぇと村人たちは大喜びだ。
そりゃあ歴史に名を残すほど圧倒的な力を有しているからね。なにせ、王都からすぐにお迎えが来るくらいだ。
他にも、私は聖女の力をもっとうまく使えるようにと色々と試行錯誤を重ね、鍛錬に費やした。
そして予定通り。
私の力が発現してから半月後、えらく豪華な馬車が貧相な村の入り口に到着した。馬車には王家の家紋がでかでかと記されている。
中から現れたのは、白地に金の縁が入ったマントをなびかせた大柄な騎士の青年と、私よりも少し年上っぽい、だけど可愛らしい顔立ちのワンピース姿の女性だった。
「私は王国騎士団長のジェルス・ゼルダン、そして横にいるのが聖女様の身の周りの世話をするメアリー・ハーベイです。私たちのことはジェルス、メアリーと名でお呼びください」
神父様から私が聖女だと紹介されたジェルスさんは、みすぼらしい身なりの私に対して侮蔑の視線を送ることもなければ嘲ることもせず、いかにも騎士らしくその場に跪くとそう自分達を紹介する。
「初めまして。アリアと申します」
自己紹介とともに貴族様がするようなカーテシーも披露して見せたら、二人の表情が変わる。
「あ、すみません、この前子爵様のお屋敷で、ご当主様に挨拶するからと屋敷の方たちに教えられて……。そこでも上手だと褒められたので、つい調子に乗ってやってしまいました。やっぱり変でしたよね、すみません!」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。あまりに見事で驚いてしまいまして」
ジェルスさんが慌てて謝罪しながらそう言ってくれた。隣のメアリーさんも同意するように頷くと、
「これほど美しいカーテシーがおできになるようでしたら、国王陛下の御前での挨拶の際にも問題ないかと思います」
褒められて、私はほっと胸を撫で下ろす。と同時に、やっぱり私はこの馬車に乗せられて王都入りしたら、すぐに国王陛下の前に直行させられるんだなと知る。
そんな挨拶もそこそこに、さっそくだけど私を王都に連れて行く前に、まずは聖女としての力を確認させてほしいと言われた。
「えーと、とりあえず女神様の印はこれですね」
私はボタンを外し、見やすいように大きく広げると、二人にずいっと詰め寄る。
「どうぞご確認ください」
「……そんなに胸元を開かずとも確認できますので」
少し目を逸らしながらジェルスさんにそう言われ、メアリーさんには顔を赤らめながら、
「同性ですので、私が確認させていただきますね!」
と言われて馬車の中に連れられ、改めてメアリーさんが目視で確認してくれる。
「あ、触ってもらった方が分かりやすいかもです」
そうそう、力を使用していなくても印にはずっと妙な熱がこもっており、確かめてもらうべく私はメアリーさんの手を取ると私の胸に押し当てる。
そうして確認作業が終わり、女神の印を偽るために描いたものでもないと証明され、私たちは外へ出る。
まあぶっちゃけ、印がどうだろうがもらった力を見せれば一発なんだけどね。
それにしても何を見せようか。この前井戸の水は全部浄化しちゃったし、私自身──どころか村の人たちは私が力を使っていることもあって傷一つない。
などと思い悩んでいると、不意に風が吹いた。
そしてその時、メアリーさんの右側に重くかかっていた前髪が風で少し露になり、右目の上辺りに大きな火傷の跡があることに気付いた。
「メアリーさん、その顔は……」
「お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。幼い頃に熱湯を被り、以後このようなことに」
私は彼女に近付くと、その火傷の跡を見せてほしいとお願いする。
本人もこうして隠しているからこうやって人の目に触れるのは嫌なんだと思うけど、彼女は頷くと、快く承諾してくれ、ちびっこい私の為に屈んでくれた。
私がそっと彼女の赤毛をめくると、確かにそれは火傷の跡だった。
私は心の中で念じ、あの光の球を出す。そしてそれが彼女の目の辺りに着弾した途端、光が弾け、それと同時にきれいさっぱりなくなっていた。
隣で間近で見ていたジェルスさんが、驚いたように目を丸めているのを横目に感じながら、私はいつも持ち歩いている古い手鏡を差し出した。
「ちょっと曇ってますけど、見えると思います。どうですか?」
鏡を確認したメアリーさんは、ジェルスさん以上に驚愕したように大きな目を更に大きく見開き、そして。
「あ、ありがとうございます!! もうこの怪我は一生治らないと言われておりましたので、本当に私は、どのようにお礼を申し上げたらいいか……」
ぽろぽろと、大粒の涙を流した。
どうしよう、泣かせるつもりはなかったんだけどな、でもこれ喜んでもらってるっぽいから喜びの涙かな、でも、えと、どうしようとあわあわしながらメアリーさんの隣の騎士様を見上げたら、彼は彼でこちらを見て固まっていた。
なんだよ使えねぇ奴だなと思ってたら、馬車が到着したあたりからわらわらと集まってきていた村人たちの中から一番のモテ男が進み出てきて、メアリーさんにハンカチを差し出していた。
さすがモテるだけあるよ、女性の扱いに慣れてるよ。しかもきちんと断りを入れてから彼女の涙をそっと拭ってやってるよ。
とにもかくにも、私の聖女としての力の証明は、これで果たされた。
勿論二人も認めてくれて、大した荷物もない私はすぐに出発することになった。
私には家族はいないが、嬉しいことに、ごはんを恵んでくれた宿屋のおばちゃんやパン屋のおっちゃん、一緒に遊んだ近所の子達や私によくしてくれた親御さんたちに神父様その他諸々、つまり村人総出で私を見送ってくれた。
別れの挨拶の代表は齢七十とは思えないほど背筋がピンと伸びた、村長の爺ちゃんだ。
彼が手を差し出してきたので、私も同じく自分の手を出してがっしりと握手を交わす。
「アリア、こちらのことは心配するな。王都でもしっかりやれよ」
「勿論。そして聖女としての役目を果たしたら、必ず一度は戻ってくるから」
皆と離れるのは寂しかったけど、私には聖女としてやるべきことがある。だから、そう約束して後ろ髪を引かれる思いで村を去る。
馬車の中には私とメアリーさんが乗って、ジェルスさんは馬に乗って護衛役をしてくれている。
そして村から少し進むと、なんとジェルスさんの部下らしい、馬に乗った騎士の軍団がいた。数が多すぎて私や村人が委縮するおそれがあり、離れた場所で待機させていたらしい。
「他ならない聖女様の護衛ですからね。これでも人数は絞った方です」
ジェルスさんの言葉を聞いて、いやいやこれで削ったの!? と正直ビビった。
こうして騎士の軍団と合流した私たちは、今日はとりあえずここから少し離れた大きめの街を目指すらしい。野宿ではなく、宿も取ってくれているという。
自宅の木の台に敷いてるか敷いてないか分からないくらいの薄い布の上で寝るよりは、さぞかし寝心地がいいだろうなぁと楽しみにしていた私だけど、それよりも早く睡魔がやってきた。
考えてみたら、特にここ数日はほとんど寝ていなかった。力を授かった私は、様々な使い方を試した。他にも、どのくらいで疲れるのかとか、なら疲れないために最低限の力で聖女の力をより多く行使できないかなどなど。
正直寝る間も惜しんでぶっ続けで力の使い方を練習していたせいもあって、私はここが馬車の中だということも忘れ、ついうとうとと眠ってしまったのだ。
あと、椅子のくせにふかふかすぎるのも原因だと思う。
はっと目が覚めた時には、夕焼け空が窓の外に広がっていた。昼過ぎには出たはずなので、数時間は熟睡してたらしい。おかげで力は半分ほど戻ってたけど。
もうすぐ街に着くということなので窓から外を見ると、うっすらと壁的なものに囲まれた何かが見えてくる。
「あちらはオーベラという名の街です」
聞いたことがある名だった。オーベラを含むこの辺りはもう、あの子爵家の治める地ではない。隣の領地である。
こうして予定通り街へ到着したわけだけど、まずは夕食を摂ることになった。