4.
予想外の事件により少し時間は押しているが、暗くなる前にはミスティに着けるとのことだった。
マーシャさんは私の聖女っぷりを見てずっと感謝の言葉を述べており、飴玉一つじゃあたしの気持ちが治まらないとのことだったので、マーシャさんの経営している宿の一室を一晩貸してもらうことで話は成立した。
そしてあれほど私に食って掛かってきていたキールはというと。
「ごめんなさい!」
再出発してすぐ、私の前に座ったキールは、そう言って頭を下げてきた。
「俺、アリアが偽物だって散々なじって、本当に失礼だった。それだけ嫌な気持ちにさせたのに、俺の母さんのことも治してくれて……」
確かにイラッとしたのは事実だけど、見た目詐欺の自覚はある。彼のようにうさん臭く思ってしまうのは、当たり前だ。
よって、心の広い私は、当然のように彼の謝罪を受け入れた。
「もういいですよ、気にしてませんから。それにしてもちゃんと非を認めて謝れるなんて、すごいと思いますよ。最近は謝れない大人も多いですからね」
「……なぜそこで私を見るんです」
「別にー? たまたま視界の先にジェルスさんがいただけですよ」
「たまたまという割には、しっかりと首をこちらに向けてますよね」
「え、ジェルスさん自意識過剰なんじゃないですか? 女性ならみんな自分を見るとでも?」
「その理論で行くなら、今私の目の前にいるのは女性ではないということになりますね」
「ジェルスさん、ちゃんと目ついてます? どこからどう見ても私は女性にしか見えないですよね!?」
と、もはや恒例になりつつあるやり取りをジェルスさんと繰り広げていると、キールが困惑気に尋ねてくる。
「なぁ、あんたらってこれから二人で旅するんだろう? そんなんでこの先やっていけるわけ?」
ああ、彼にしてみたら喧嘩しているようにしか見えないか。
いやまあ、実際こっちは真剣にやり合ってるんだけど。
だけど。
「確かに彼は失礼なことをバンバン言ってくるし、いつまでも子供扱いはするし、やることなすこと全部に口を出してくるとにかく過保護で口うるさい男で、護衛というより、保護者の枠も通り越してただのうっとおしいオカンですが」
「ですからオカンは……」
「彼は、私がこの世で最も信頼している人で、唯一何でも言い合える人間なんです。それに私のこと、聖女だからって一線引かずに対等に接してくれるし、一緒にいると心が満たされます。こんな気持ちになるのって、正直ジェルスさんだけなんですよね。だから少なくとも私は、旅の相方がジェルスさんで、すごく嬉しいんですよ」
そう言ったら、こちらを見ていたジェルスさんの瞳が驚いたように大きく見開く。
「私はてっきり、疎ましく思っているとばかり」
「嫌だったらさっさと撒いて逃げてますよ。まあ、ジェルスさんからは簡単に逃げられなさそうですけど」
「……そうですね」
そう言ってニヤリと意地悪く笑ったジェルスさんは、
「私からすればあなたは、まるで聖女らしくなく、子供っぽくて破天荒でわがままで、食い意地は張っていますし、人の神経を逆なですることも言う鈍感極まりない方で、何度その頭をはたき倒したいと思ったか分からないほどですが」
思ったっていうか実際手出されてるけどね、何度も。
そう文句を言ってやろうと口を開きかけた私の唇を、ジェルスさんは人さし指で軽く押さえ、
「それでもあなたは命を救った恩人であり、私の全てを賭けて守りたい大切な人です。アリア様、私はあなたをお慕いしております。言っておきますが逃げようとしても無駄ですよ。地の果てまで追いかけて、あなたに付き従い離れません。生涯一緒にいるつもりですので覚悟してください」
そう言うと、私の手を取り、甲に唇を落とす。
「まあまあまあまあ、もしかしてジェルスさんはそういうことなのかしら!?」
「やばい、見てるこっちが恥ずかしい」
マーシャさんとキールが赤面しながら、私とジェルスさんを交互に見てくるのを感じながら、とりあえず、私は首をかしげる。
「そういうことってどういうことですか?」
とりあえず今の彼の台詞から私が分かったのは、怪我を治しただけで、私に全てを賭けるほどに騎士として忠誠を誓われている、ということだろうか。
しかし地の果てまで追ってくるつもりとか、この人どれだけ私に野菜を食べさせたいのか。
そう述べたら、ジェルスさんには忌々しげな顔でデコピンをくらわされ、マーシャさんとキールには、なんだかとても残念なものを見るような目を向けられた。
その上、
「嘘だろう……あんな色気ダダ漏れであそこまで言われて、何も気付かないのか!?」
「これはジェルスさんも大変ねぇ」
「……なんかあれだ、うん、元気出せ」
「いつかきっと、ええ、そうね、死ぬまでには報われるといいわね。ファイトよ!」
ジェルスさんを取り囲んで彼を励ましていた。
そしてしばらく、私はずっと蚊帳の外だった。




