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1.

 それはいつものように、村の教会で祈りを捧げている時だった。


『あなたに聖女としての力を授けましょう』


 なんとなく厳かっぽい声が私の頭に鳴り響いたかと思うと、急に胸が燃えるように熱く、苦しくなる。


「かはっ…!」


 あまりの苦しさに私はその場に倒れ込み、うめき声をあげながら痛みを取り除くように必死で胸をかきむしる。

 このまま死ぬんじゃないかと恐怖して、こんなことなら近くのパン屋のできたてをお腹いっぱい食べたかったと思ったところで、すっと胸の痛みが引いた。


「な、なんだったの、今の」


 ぜぇぜぇと大きく肩で息をしながら、私はその場から体を起こす。そして上下する自分の胸に何の異常が起きたのか確認しようとそちらに目を向けて……思わず素っ頓狂な叫び声をあげた。


 薄皮がかろうじて張り付いたぺたんこな胸の中央に、こぶし大の光を帯びた何かのマークが浮かび上がっていた。触ってみるが、どことなくあたたかい。


 すごいとか、何これとか思ったけど、最初に思い浮かんだ言葉は、


「気持ち悪い」


『神の与えた聖女の印を、気持ち悪いと評するとは何事ですか』


 さっき頭の中で聞こえたのと同じ声が、再び私の中に響き渡った。

 実は幻聴だと思っていたので、私は驚いてその声の主に話しかける。


「は? 聖女? ていうかあんた誰? 私の妄想じゃないの??」


『妄想ではありません! 私の名はベリアルラーテ。この国を守護する神聖なる女神です』


 ベリアルラーテは、かつて様々な民族が争って戦ってばかりだった地の人々を一つにまとめ上げ、現在の国を建国するために、初代国王が力を借りた女神の名だ。

 そしてこの教会はそのベリアルラーテを祀るものである。


『喜びなさい。あなたが今世代の聖女として選ばれたのです』


 そんな自称ベリアルラーテが、どこか誇らしげな声でとんでもないことを告げてきた。


 聖女。

 それはこの国に不定期に現れる、国を守り発展させる為に神から力を授けられた少女のこと。


 ふむ、確かによくよく見たら、胸に刻まれたものは女神様を表す印だし、体の中に今までとは違った力的なものが血液と一緒に体中に巡っているのを感じることができる。


『試しにあなたのその足の怪我が治ったイメージを作り、手を前にかざしてごらんなさい』


 半信半疑で女神様的な人の言う通りにしてみたら、ぽこっと光の球が手のひらから出た。


「わお!」


 そしてその光は右足の切り傷に飛んでいくと、なんと傷がさっと塞がっていくじゃないか。


『それが治癒の力です』


 この世界におとぎ話で聞く魔法というものは存在しない。

 不思議な力があるとしたら、それは聖女の持つ女神から与えられたものだけ。


 と、いうことは、


「まじで私聖女なんですか?」


『だから先ほどからそう言ってるではありませんか』


 やっと力を認識した私に、どことなく呆れ口調で女神様が答えた。


 調子に乗った私は何個も光の球を出したが、数年前にできた古傷も含めて、体にあった他の傷も全て治してしまった。


 と、ふと年季の入った教会の柱についた大きな傷が目に入る。

 ものは試しだと、それが綺麗さっぱりなくなったところを想像して球を出して当てたり、届かないところにはえいっと掛け声をあげて投げつけてみたら、驚くことにそちらも全て成功してしまった。


 なるほど、治癒とは人間以外、建物の修理=治療という解釈としても使えるらしい。


 ということは、聖女の力って私の解釈次第では色々と使えるんではないだろうか。

 認めざるを得ない、確かにこんな力を与えてくれた彼女は女神様なのだろう。


 ちなみにこの治癒は必ず与えられるものらしい。いかにも聖女らしいからっていうのと、汎用性が高く使いやすいからだそう。


 そして女神様から与えられる力はもう一つある。


『あなたに与えた二つ目の力は浄化です』


「ふーん」


 あれか、汚れたものを綺麗にする、ってやつか。


 最近水浴びに行けてなかったので、自分が綺麗になったイメージを作り上げて自身の身体に手を当てると、真っ白な光に包まれ、洗い立てのように髪も体も服もピッカピカになった。


 であれば、さっきの治癒では取れなかった建物の汚れもいけるかもと考え、イメージして光を飛ばせば、予想通り綺麗になった。


 面白そうな力だ。後で色々と実験してみよう。


 ……っていうか、なぜだか分からないけど急に体が重くなってきた。

 思わずその場に座り込み、女神様に尋ねる。


「めっちゃ目回ってるんですけど、これって治ります?」


『おそらくまだ力の使い方が定まっていないからでしょう。しかし安心なさい。一晩眠れば全て回復します。それに練習をすればもっと上手に使えるようになりますよ。ですが力を使い果たしてしまうと強制的に意識を失いますので気を付けなさい』


 寝れば全回復って何気にすごくない?

 これは是非とも早く力を使いこなせるようにならないと。


「もしかしてもしかしなくとも、女神様の力って結構すごかったりします?」


『ええ、過去に現れた聖女と同等の力を与えています。あなたがその気になれば、この力を利用して国を乗っ取ることもできるでしょうね』


「……物騒なこと言うんですね」


 女神様は国を守るために聖女を生み出すんじゃないのか。


 でもまあ、王族と結婚した聖女もいたらしいから、そういう意味では国を乗っ取ったともいえるのだろうか。


 それにしてもまさかこの時代に、よりによって私なんかに力が与えられるなんて。

 聖女が現れるのは決まって国が何か問題を抱えた時だ。 

 汚染された水源が原因で疫病が流行った時は、私と同じく治癒と浄化の力の聖女の、他国からの侵入があった時は治癒と守護の力の聖女の登場により、国は滅亡の危機から免れたと聞いたことがある。


 そして私が今、聖女としての力を持って誕生した──それはつまりこの国で、女神様が手を差し伸べねばならないほどの問題が起こっているというわけで。

 別に大災害が発生しているわけじゃないんだけど、なんとなくその理由に思い当たる節があった。

 なんにせよ、私はこの力を使って問題解決に尽力すればいいのだろう。


 が、とりあえず気になることが二つほどあったので、女神様に聞いてみることにした。


「私が聖女だってのは分かりました。けど、なんで私なんですか?? 女神様なら知ってると思いますけど、私信仰心なんてほとんどないですよ?」


 女神様は直接人間に干渉することができず、初代国王を助ける時は、彼の恋人で後の王妃様となった方に力を与えたそうだ。その後不定期に現れる聖女は、特に二人の血を引く直系というわけでもないから、ただの一村娘が選ばれてもおかしくはないんだけども。


 おとぎ話で語られる聖女は皆、女神様に心からの信仰を捧げた、慈悲深い清廉な美しき少女ばかりだったはずなのに。


 私が教会に来ていたのは、この地に遣わされた神父様が大層熱心な女神信者で、祈りを捧げる為に教会に来れば、どんな人ももれなく食べ物をもらえるからだ。

 大体が岩みたいに硬くなったパンだけど、ないよりましだしね。


 すると女神様はクスリと笑い、


『正直なところ、これまでの聖女たちも、皆が皆語り継がれているような人間ばかりではありませんでした。聖女は気高い者だ、女神の力は偉大だとしておきたい教会と国側が作り上げた、それこそおとぎ話なのです。私が力を与えるのは、生まれも育ちも関係なく、その時代で問題を解決するのに最も適した人物です。そしてこの度、私はあなたに力を付与しました。あなたならばこの国を──私の愛したギルバートの国を守ってくれるに違いないと、そう確信して』


 ギルバート、その名は初代国王の名だ。

 亡くなって何百年も経つのに、女神様は彼の国を守る為、こうして奇跡を起こしに人間界にやってくる、ということか。

 私には愛とか恋とかまだ分からないけど、それだけ女神様は初代国王陛下を愛しているんだろう、現在進行形で。


「なるほど理解しました。ではもう一つ疑問なんですが」


 それだけ自分に期待されているっていうのはなんかむず痒いが、女神様が確信をもって選んだのだから私に異論を挟む余地はない。


 ということで、もう一つ確認しときたいことを私は口にした。


「この力、何のためにどんな使い方をしても問題はないんですかね? 例えばさっき言ってたように、国を乗っ取っちゃっても」


 さっき光を出しながら力の使い方をなんとなく理解したのだが、この力、正直解釈次第で何でもできそうな気がした。

 浄化の力だって、例えば濁った水をきれいにする……なんて分かりやすい使い方以外にもできることはありそうだ。私の頭に中には一つやってみたいことがあった。 


 そして返ってきた答えは。


『構いません。あなたの心のままに使うこと。それが、たとえどのような結果になろうとこの国を守ることになるのですから』


「了解しました。では私はこの力を私利私欲の為に使わせていただきます。女神様、どうもありがとうございます」


『ええ、どういたしまして。何かあればいつでも心の中で私を呼びなさい』


 その台詞を最後に、感じていた女神様の存在が霧散していくのを感じる。と同時に、急に教会の扉がバンッと音を立てて開く。


 中に入ってきた神父様は、新品同様になった教会の内部、そして私の胸元の印に目を止め、天を仰ぎながら涙を流した。


「おお、なんと、わが村から聖女様が誕生された!!」

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