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柳南市奇譚➉ジェネシス 前編

玉串県(たまぐしけん)柳南市(りゅうなんし)にある、私立柳南大学の教授である本松聡(もとまつさとし)は、



近い将来に必ず訪れるであろう、人口増加による食糧危機を打破するために、



灼熱の砂漠や、極寒の凍土でも栽培できる、超農作物(スーパープラント)の研究を、長年続けてきた



しかし、品種改良だけではうまくいかず、別のアプローチ方法で、スーパープラントの誕生を実現しようとしていた



その方法とは、あらゆる農作物の生命活動を強力にサポートする、人工細胞を作り出すことだった



その細胞を注入すれば、普通の農作物を、どんな過酷な環境でも栽培できるスーパープラントへと変化させられる、というのを目指してだ



‘‘寄生型生命保護細胞’’として研究が進められ、新たなる人類の歴史の‘‘起源’’となることを祈願し、それは‘‘ジェネシス細胞’’と名付けられることになった



そして1年ほど前、ついに‘‘ジェネシス細胞’’は、完成したのだった







しかし…!







「バカな…!こ、こんなことが…!」



柳南大学の自分の研究室のデスクで、本松教授は驚きの声を上げた



教授のデスクの上には、強化ガラス製のケージに入れられた、一匹のマウスがいる



マウスは、教授に向かって牙をむき、敵意を露にしている様子だ



「………」



教授は無言で、先ほどと同じことを繰り返そうとしていた



教授の右手には、刃を下に向けて握られた、刃渡り15センチほどのサバイバルナイフがあった



教授は、そのナイフを自分の頭の高さにまで振り上げ…



一気に、マウスの背中に向かって振り下ろし、背中から腹までを貫き通した!



「………」



ゴム手袋をした左手でマウスの体を押さえ、サバイバルナイフを引き抜く教授



ガラスケージの床に、マウスからの出血が拡がる



無論、マウスはぐったりと倒れ、ピクピクと痙攣していたが…



なんと、みるみるうちに、背中と腹の刺し傷がふさがっていく!



そして、完全に傷がふさがったマウスは再び立ち上がり、自分を傷つけた教授に向かって、また牙をむいて威嚇するのだった…!







「こんな、バカな…!」



教授はサバイバルナイフを研究室の壁に投げつけ、左手のゴム手袋を床に叩きつけた



「ジェネシス細胞は、植物にしか作用しないように、慎重に研究を重ねてきたはずだ…!どうして、動物にも作用するんだ…!」



教授は、デスクの上の、研究データを記録した書類に視線を落とす



「…ま、まさか…!」



教授が、何かに思い当たったようだ



「ジェネシス細胞自身が、己の生存確率をより高めるために…自らを、進化させたとでも言うのか…?!」







植物にしか作用しないことを前提に造り出した、寄生型生命保護細胞



それは、自分自身のみでは生存することができないため、宿主の体に寄生し、宿主の生命を強力にサポートしようと働くという、性質を持っている



しかし、より己の生存確率を上げるため、植物のみならず動物にも適合できるように自らを進化させてしまい、結果それは、とんでもない生物兵器を生み出す可能性のあるものに、変化してしまった



これでは、人類を救うための研究が、逆に人類の脅威となってしまうことは、想像に難くない







本松教授は泣く泣く、ジェネシス細胞のすべてを、闇に封印したのであった…







本松教授が、ジェネシス細胞の存在を封印してから、およそ半年



教授は、また別の方向性からスーパープラントを実現できないかと、様々な構想を練っていたが、良いアイデアは見つからず、焦っていた



そしてもう1つ、教授を悩ませている出来事があった



大学の女子生徒の1人から一方的な恋心を持たれ、ストーカー行為にあっていたのである



妻も子もある身としては迷惑以外の何ものでもなかったが、相手が生徒である以上、警察に届けることを大学側が容認せず、ストレスの溜まる日々を過ごすハメになっていた



そんなある日のこと…







いつも通りに帰宅した本松教授は、玄関のドアを開けた瞬間、その異様な状況に気づいた



これは…血の臭い…!



慌ててリビングに飛び込んだ教授の目に映ったのは、体中から血を流して倒れている、妻と息子の姿だった



「か、加世子(かよこ)(のぞみ)!」



慌てて2人に駆け寄る教授



その時、



「…先生が悪いんですよ…ぜんぜん、私に振り向いてくれないから…」



「…!」



後ろからの声に振り返ると、そこには右手に出刃包丁を持ち、返り血を浴びて全身が真っ赤になった、ストーカーの女子生徒が立っていた



「お、お前…!なんてことを……っ!」



「…これで、奥さんも子供もいなくなったんだから…私と一緒になって…くれますよね…?」



「ふざけるなぁっ!」



本松教授の渾身の右フックが、ストーカー女子生徒の顔面を捉えた



学生時代には、少林寺拳法部に所属していた教授のパンチは、普通の女性をノックアウトするには充分な威力だった







「加世子っ!希ぃっ!」



再び2人に駆け寄り、脈や呼吸を確かめる教授



妻の加世子はすでにこと切れていたが、息子の希には、まだかすかに息があった



しかし、今から救急車を呼んでも、おそらく病院に着く前に……



「………!」



教授は何かを思い立ち、自分の書斎の保冷庫から、大急ぎで1本のアンプルと注射器を持ってくる



そして…



「希…父さんを、許してくれ…」



「…父さんは…たとえ、お前が人間ではなくなってしまうとしても…」



「それでも…お前を、死なせたくないんだ…!」







教授は、息子の腕に、アンプルの中身を注射したのだった…







30分後



本松教授の通報によって駆けつけた警察官により、ストーカーの女子生徒は逮捕・連行されていった



その際、



「なんで?!どうしてお前が生きているのよぉっ?!」



などと喚き散らし、錯乱した様子を見せたが、それを気にとめる警察官は誰も居なかった







「………はい、40分ほど前、‘‘息子と2人で’’帰宅しましたら…妻が…あの女に殺されていたんです…」



「あの女は、私たちの姿を見て、息子にも襲いかかろうとしたので…私が、殴り倒しました…」



「そして、手足を縛り上げてから…通報した次第です…」



本松教授は、リビングのソファーに腰かけて、警察官からの事情聴取に答えていた



そして、その傍らには…希少年も座っている



ジェネシス細胞を投与された希少年は、すべての傷が完全に回復し、無事に命の危機を脱していた



教授は、回復した希少年にシャワーを浴びさせ、着替えをさせてから通報し、警察には‘‘ストーカーに襲われたのは妻だけだった’’と嘘をついたのだ



教授はこうして、‘‘息子は襲われていなかった’’ことにして、すべての秘密を守ることに成功したのである



もちろん、‘‘過少申告された被害届’’に気がつく者など、誰もいるはずが無かった



加世子夫人と希少年の血液型が同じだったことと、夫人が息子を庇い、重なりあうように倒れていたため、両者の血痕が同じ場所に拡がっていたことも、教授に味方した







ちなみに…



この、‘‘ストーカーによる柳南大学教授夫人殺害事件’’は、もちろん全国ニュースでも報道され、週刊誌の紙面を賑わせることになったのだが、



‘‘まったく同じ日’’に起こった、中田・桂子・きらり・美里が巻き込まれた、‘‘柳南市駅前銀行強盗籠城事件’’の方がはるかに世間の注目を集めたため、あまり人々の記憶には残らなかった



柳南警察署刑事課長の吉崎警部や、鑑識課の山田巡査部長も、銀行強盗籠城事件の現場検証の方に出向いていた



そのため、‘‘本松希’’の顔と名前を記憶している者が、いつもの顔ぶれの中には居なかったのである…







そして、お話は現在に戻る






「あら~中田さん、お元気ですか~」



「あ、坂本さん、こんにちは!」



休日の午後、駅前の商店街を歩いていた中田は、ベビーカーを押した坂本美里(さかもとみさと)と、ばったり出くわした



もちろん、そのベビーカーには、



『ごきげんよう、なかたけいじ』



美里の娘の超能力ベビー、坂本きらりが乗っていた



「ああ、ごきげんよう」



中田は頭の中で、きらりのテレパシーにも返事をしていた



「実は~、あの‘‘強盗事件’’以来初めて、あの銀行に行ってみようと思いまして~。この半年、ずっとあそこは避けていたんですけど~」



「…そうですか、それは、とても良いことですね」



中田と美里が、そんな会話を交わしていたところ…







「………あ、」



そこに偶然通りかかったのは、学校帰りらしい、希少年だった



「あ、こんにちは、希くん」



「…どうも、こんにちは…」



美里に会釈をしておいてから、希少年の元に駆け寄る中田



「…あれから、何か困ってることはないかな?」



と尋ねる中田に、



「…ええ、大丈夫です。ありがとうございます」



希少年は、そう答えた



「そうか、それならいいんだ。もしも何かあったら、いつでも遠慮なく連絡してくれよな」



「…はい、それでは、父と向こうで待ち合わせてますので、これで…」



希少年は、中田に一礼をして、去って行った







美里たちの元に戻ってくる中田



「お知り合いの方ですか~?、とっても美形の男の子ですね~」



「ええ、最近ちょっと、知り合いになった子でして…」



満面の笑顔で言う美里に答えながら、



『どうやらままは、ああいうたいぷのかおによわいみたいです』



「まあ、確かにあの子はイケメンの部類だよな」



きらりのテレパシーにも、脳内で答える



すると、



『いまのかたですが、あたまのなかで、なかたけいじのことを、‘‘ぼくのことをかんちがいしてるけいじさんだ…’’とか、いっていましたが』



と、きらりが言ってきた



「え?勘違いって、何のことだ…って、それよりお前、あの子の頭の中が、読めたのか?!」



『はい。どうやら、あなたいがいにはじめて、わたしとはちょうのあうひとがみつかったようですね。あのかたならきっと、わたしとてれぱしーでやりとりができるはずですよ』



「なんと、そいつは驚きだな…!」



『まあ、あのかたとてれぱしーでかいわするひがくるかのうせいは、きわめてひくいでしょうけどね』



「まあ、そりゃそうだな…」



中田は、ベビーカーの前にしゃがみ込んできらりをあやすフリをしながら、きらりとそんな会話をしていた



‘‘僕のことを勘違い’’…って、もしや…



奥田が言っていた、‘‘本当にそれは、俺と同じツノナシだったのか?’’ってことと、何か関係があるのか…?



中田が、そんなことを考えていた時だった







「ひったくりだぁ!誰か、そいつを捕まえてくれぇっ!」



駅前銀行の方角から、男性の大きな叫び声と、女性の悲鳴が聞こえてきた



「…!、すみません坂本さん、失礼します!」



「は、はい!お気をつけて!」



『きをつけてくださいね』



美里たちに別れを告げ、声のした方向に走り出す中田







「そいつだぁっ!その、黒い帽子とサングラスの男がひったくりだぁ!捕まえてくれぇっ!」



また、男性の叫び声が響く。おそらく、これは被害者の声なのだろう



そして、すぐにそれらしき逃走者と、それを追いかける追走者を見つける中田



「警察だ!止まれぇっ!」



「…!」



中田の声に反応し、走るスピードを上げる犯人。その手には、セカンドバッグが抱えられている。おそらくあれが奪った物なのだろう



中田も走る速さには自信があった。徐々に、犯人との距離が詰まっていく



よし、もうすぐ追いつく!と、中田が思った時だった







「うわぁっ!」



なんと犯人が、向こうから歩いてきていた2人連れの片方を突き飛ばし、もう片方の首に腕を回して拘束したうえ、懐から取り出したナイフを突きつけたのだ



「止まれぇっ!近寄ったら、こいつをぶち殺すぞぉっ!」



「ぐっ…!」



犯人の声に、その場に踏みとどまる中田







「の、希ぃっ!」



突き飛ばされて倒れていた、人質の連れが叫び声を上げた



「…え?!」







そう、なんと人質になっているのは、先ほど別れたばかりの、希少年だったのだ…!







「ま、待て!落ち着くんだ!その子を傷つけるな!」



犯人に向かって、そう声をかける中田



「…このガキを無事に助けたいなら、そこから1歩も近づくんじゃねえぞ…!」



希少年にナイフを突きつけながら、犯人はジリジリと中田から離れていこうとしていた



「た、頼む!息子を傷つけんでくれぇっ!」



本松教授の叫び声が、響く



「う、うあぁ…!」



希少年は、恐怖に脅えていた



犯人に突きつけられたナイフが、キラリと光を反射した



その光が、少年の辛く悲しい記憶を刺激する



希少年の脳裏には…



かつて、母親と共に殺されかけた…



自分の人生で最大・最凶・最悪の痛みと恐怖が、強烈によみがえっていた…







その時だった!







「う、………うあぁああアアアァアアーッ!!!」



「な、なんだこのガキ!大人しくしやがれ…な、なにぃっ?!」







突然の大きな叫び声と共に、希少年の体がガクガクと痙攣しだしたかと思うと…!



なんと、



突然、希少年の髪の毛が、銀色に染まり、



そして、全身の筋肉が急激に肥大化して倍以上の太さに膨れ上がり、着ていた学校の制服が引き裂かれて弾け飛び、



そして、露になった全身が、みるみる銀色の体毛に覆われていく!



「な、なんだこいつはぁーっ?!」



驚いた犯人は思わず首に回していた手を離し、飛びすさる



「の、希くん…?!」



「の、希…こ、これは…?!」



中田も、本松教授も、身動きひとつできず、ただその様子を見守っていた







気がつけば、そこには…



全身が、銀色の毛に覆われた…



人間と同じ、直立二足歩行の骨格を持つ、



類人猿が、立っていた







「こ、このバケモノがぁーっ!」



パニックに陥った犯人が、銀色の類人猿にナイフで襲いかかった



ガキィッ!



しかし、なんとその刃は類人猿の体毛に阻まれ、皮膚まで届かない



「「「な、なにぃっ?!」」」



犯人と、中田と、本松教授が、同時に叫んだ次の瞬間、



「ぐぶぅっ!」



類人猿の右のボディブローが、犯人の体を吹き飛ばした!



2メートルほど跳ばされ、意識を失い、ピクピクと痙攣する犯人







「の、希くん…?!こ、これはいったいどういうことなんだ…?!」



目の前で起こっていることに理解が追いつかず、どうしていいのか分からない中田



その時…!



「…ぼ、暴走だ…!」



「…え?!」







「…ジェネシス細胞が…暴走してしまったんだ…!」







本松教授の叫びが、商店街の中に響き渡ったのだった…!







「の、希…!私のことが、わかるか…?」



本松教授はそう語りかけながら、ふらふらと、銀色の類人猿になってしまった希少年に近づいていった



しかし、



「あぶないっ!」



なんと、近づいてきた本松教授の顔面めがけて、類人猿は左の拳を振り回したのだった



すんでのところで教授を突き飛ばした中田によって、その拳は空を切ることになった



またも、地面に転がされる教授



「の、希くん!何をするんだ!」



叫ぶ中田。だが、類人猿はその声に何の反応も示さない



しかし類人猿は、中田や本松教授に対して、さらに襲いかかってくる様子もなかった



「こ、これは、まさか…」



本松教授が、体を起こしながら呟く



類人猿は、急に、きょろきょろと周りを見回しはじめた



そして、商店街の中の1軒の店に目を止め、そちらに向かって歩きだした



その店は、…精肉店だった







「な、なんだよっ?!こ、こっちに来るなあっ!」



ひったくり犯が希少年を人質に取ったあたりから、一連の出来事を店内からずっと見ていた、ウエムラ精肉店の店主である上村哲夫(うえむらてつお)は、急に近づいてきた類人猿にパニックに陥った



そこへ、



「動かないで!自分から近づかなければ、そいつは攻撃してくることはありません!」



上村に向かって、大声で指示を出す本松教授



「ひっ………い…」



その言葉に従い、ピタリと停止する上村



精肉店の店先までやってきた類人猿。確かに、動きを止めた店主には、まったく見向きもしない



類人猿は、店頭の様々な肉のブロックが納められた、ショーウインドウの厚手のガラスを右拳で破壊する



そして、5キロほどはあるだろう1つの牛肉のブロックを両手で掴み出し、かぶりついて食べはじめた



「……あれだけ筋肉を肥大化させ、さらに全身に強固な体毛を生やしたんだ…タンパク質を欲しがるのは当然だ…!」



そう呟く、本松教授



「あなたは、何故こんなことになってしまったのか、よく事情をご存知のようですね…」



教授に、中田が尋ねる



「…はい、これはすべて、私のせいなんです…!息子には、何の落ち度もないんです……!」



「教えてください!いったい、希くんはどうなってしまったんですか?!」



「……はい、こうなってしまった以上、すべてを…お話しさせていただきます…!」



その時、ひったくり事件の通報を受けたのであろう制服警官たちが4名、こちらに走ってくるのが見えた



「あ…ちょっとすみません、お話は後で…」



中田は、その警官たちに向かって走っていく



警官たちも、肉屋の店先に座り込んで大きな生肉のブロックに食らいつく、全身が銀色の類人猿に気づき、驚愕していた



「お疲れ様です!柳南署の中田です!君たちは、あそこで倒れているひったくり犯の連行と、ひったくりの被害者への事情聴取を頼む!」



「は、はい!了解しました!」



「それから…、あの類人猿には近づかないこと。こちらから接近しない限り、襲いかかっては来ない。いいね?」



「わ、わかりました!」



警官たちにそう指示を出しておいてから、本松教授の元に戻ってくる中田







「…お待たせしました。では、すべてを話していただけますか…」







中田の言葉に、本松教授は変わり果てた自分の息子の姿を見て涙を流しながら、頷いたのだった……!







「先ほど、息子が言っていました。‘‘この前の事故のことで、僕を探しに来た刑事さんと、向こうで偶然会った’’、と。…それが、あなたですね?」



本松教授は右手の甲で涙を拭い、中田にそう言った



「はい、自分が柳南署の中田です。あなたは、希くんのお父さんですね?」



「…はい。柳南大学の研究室で、新しい農作物の研究・開発をしております、本松聡と申します」



「…いま、希くんの体には、いったい何が起こっているんですか?」



中田は、無心に肉の塊を食らい続ける類人猿をチラリと眺めつつ、教授に問いかけた



「私は、人類の未来の課題である食糧危機を打破するため、どんな過酷な自然条件下の土地でも栽培できる、超農作物(スーパープラント)の実現を目指して研究を続けてきました。その実現のための1つの方法として、あらゆる植物の生命活動を強力にサポートする、‘‘寄生型生命保護細胞’’を造り出したのです…」



「植物の生命を…サポートする細胞、ですか」



桂子に脳筋と揶揄される中田だが、必死に教授の話の内容に食らいついていた



「そうです…だが、想定外の事態が起こり、植物にしか作用しないように造ったはずだったその‘‘ジェネシス細胞’’は、動物にも作用してしまうことが分かりました。この細胞を投与された動物は、異常なほどの回復力と生命力を持つことになってしまうのです…私は、その細胞の存在を、封印せざるを得なかった…!」



「ま、まさか、希くんはその細胞を…!」



「………そうです。半年ほど前、私の自宅に柳南大学(ウチ)の女子生徒が押し入り、妻を刺し殺した事件がありました…。ですが、実はその時、妻だけではなく息子も刺され、瀕死の状態に陥っていたのです…!」



「…それで、あなたは希くんの命を助けるために…?」



「…そうです。たとえ普通の人間ではなくなってしまうとしても…それでも、私は息子を死なせたくなかった…!」



教授は、その時のことを思い出してか、苦しそうな表情で目を閉じる



「…先ほど、‘‘ジェネシス細胞が暴走したんだ’’と言われてましたね?」



中田が、話の続きを促す



「…そう、ここからはあくまでも推測になりますが、おそらくジェネシス細胞にとって、不測の事態が起こったのです」



「不測の事態、ですか?」



教授は、そこでいったん、銀色の類人猿の姿を改めて眺めて、再び言葉を紡ぐ



「…ジェネシス細胞は、自分自身だけでは己の生命を維持できません。そのため、他の生命体に寄生し、その宿主の生命を全力で守ろうとする性質を持っています。私の思惑に反して、動物にも適合できるように進化してしまったわけですが、そのジェネシス細胞にも未知の領域があった…それが、人間の持つ、‘‘死への恐怖’’です」



「死への恐怖…」



その単語を、中田は思わず繰り返していた



「あらゆる動物の中で、自分がいつか死ぬことを理解しているのは人間だけだと言います。ましてや息子は、かつて包丁で何ヵ所も刺されて死にかけた経験がある。その恐怖と苦痛の体験は、大きなトラウマとなって、強く息子の中に残っていた…」



「そのトラウマが、さっきのひったくり犯によって、強烈に刺激されてしまった…と?」



「そうです…かつて死にかけた状況と極めて近い状態で、強烈な死への恐怖に支配された息子の体は、ジェネシス細胞にとってこれまで経験のなかった、とてつもない強さの危機へのアラームを発したはずです」



「‘‘危機へのアラーム’’…ですか」



「そうです。そのアラームに強烈に刺激されたジェネシス細胞は、かつての危機体験を上回る力と肉体を息子に与えようとしたのでしょう…強い筋力と、刃物すら通さないほどの強固な体毛を、です…」



「ですが、ひったくり犯はともかく、なぜ父親であるあなたまで攻撃したんでしょうか?」



中田は、いちばん疑問に思っていたことを、教授にぶつけた



「…おそらく、急激な肉体の変化についていけず、息子の意識は失われている状態なのだと思います…いま、あの類人猿の体を動かしているのは、ジェネシス細胞そのものなんです…!」



「な、なんですって…?!」



その時だった



銀色の類人猿がかぶりついている肉の、地面に落ちた欠片を狙って、1羽のカラスが飛んできた



そして、類人猿のすぐそばに降り立とうとした瞬間、



類人猿はそのカラスを、真上から右拳の鉄槌で叩き潰してしまった!



「うっ…!」



無残に殺されたカラスに、顔をしかめる中田



「あの細胞にあるのは、強烈な生存本能のみで、知能はない。強い恐怖の感情によって暴走したジェネシス細胞は、‘‘自分に近づいてくるもの’’をすべて敵と見なし、無差別に排除しようとするのです…!」



「…なるほど、だから、‘‘自分から近づかなければ攻撃されない’’、なんですね…」



「そうです…これが、私の知る、すべてです…」



教授は、すべてを話し終え、すでに2/3ほどを食べ終えてもなお肉を食べ続ける類人猿に、悲しみと後悔をたたえた眼差しを向けるのだった



そんな教授に対し、中田は、ある質問をぶつけた







「希くんを、元の人間に戻す方法はないんですか…?」







「私はこの半年、息子を元の体に戻すための研究を続けてきましたが…」



「うまく…いかなかった、ですか?」



「…ジェネシス細胞の活動を停止させるための薬品…‘‘緊急停止剤’’の試作品を、いくつも作りました…しかし、それらをジェネシス細胞を投与したマウスに注射すると…およそ7割以上の確率で死んでしまいました……とても、実用できるレベルではない…!」



「…わかりました。では、これからどうするのが、最適な対策だと思われますか?」



「…必要な量のタンパク質を摂取し終わったら、おそらく外敵の居ない安心できる環境を求めて、移動しようとするものと思われます。いま、あれがここから移動をし始めれば、たいへんなことになるでしょう…そうなる前に、捕獲したい…!」



「…なるほど…」



「不死身に近いとは言え、生物である以上、捕らえる方法がきっとあるはずです…」



教授は、そこで真っ直ぐに中田の目を見て、



「どうか、警察の皆さんの手で、息子を捕まえてください…!これ以上、息子に誰も傷つけさせないように…!」



深々と中田に向かって頭を下げ、言ったのだった…







「…にわかには信じがたい話だが、お前が沢村あてに送った動画も見た以上、信じて動くしかないな…!」



柳南警察署の刑事課にて、



中田からの電話をデスクで受けているのは、お馴染みの柳南警察署刑事課長、吉崎真悟(よしざきしんご)警部だった



「…よし、わかった!地元の猟友会に依頼して、大至急、そちらに向かってもらう!中田、お前は引き続き、その類人猿の動向を監視していてくれ!」



いったん受話器を置き、すぐにまた持ち上げてダイヤルキーを叩きながら、



「誰か、地元の猟友会に猛獣捕獲時と同様の協力依頼をかけてくれ!大至急だ!」



と指示を出す



「………よう!柳南署の吉崎だ!短いしばらくだったな!」



つながった相手と話し始める吉崎



「ウチの沢村から転送させた動画は見てくれたな?中田も、現地で直にその類人猿と接触している!あれが本物であることを疑う余地は無い!こちらの猟友会にも依頼をかけたが、お前たちにも出動を依頼する!」



そこで、相手側の言葉がいくつかあって…



「ああそうだ!もしも麻酔銃が通じなかった場合は、お前たちの出番になる!逮捕術、格闘技に自信のある者たちを総動員してくれ!頼むぞ!」



電話を切る吉崎



そして…



「沢村!」



「はい!」



吉崎の呼びかけに、起立して答える桂子



「すまんが、お前も現地に向かってくれ。中田1人では、俺が安心できん。あいつについててやってくれ」



苦笑しながら言う吉崎に、



「…了解しました」



桂子は、笑顔で答えた



「ああ、それと…」



動きかけた桂子に、さらにつけ加える吉崎







「玉串県警特殊機動班にも出動依頼をかけてあると、中田に伝えておいてくれ!石原の奴が張り切っていたとな!」







~後編へ続く~

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