未来への靴
2009年ギフト企画参加作品になります
その靴屋は雪降る街角にたたずんでいました。
靴屋の主人はまだ若く、たいへん腕の良い職人です。腕が良いだけでなく、今ふうに言うならイケメンで人当たりも良い好青年でした。
十二月を迎えた今日も、お店の中はいっぱいのお客さんで溢れています。でも青年は不満でした。来てくれるお客さんのほとんどは女性で、しかも靴の良し悪しではなく自分の顔見たさで訪れ、満足して帰っていってしまうからです。
「あ~あ、これじゃあ師匠が生きてたら、なんと言われるやら」
数年前に亡くなったお師匠さんは、目が不自由なこともあってか口癖のように言っていました。
『いいか。見た目だけじゃなく履き心地や丈夫な靴を作っていれば、お客さんは作ったものをちゃんと評価してくれる。おまえも見た目だけでなく、しっかりと心を込めた仕事を続けるんだぞ』
「……うん。そうだよね。靴の評判だけでもお客さんが来てくれるようにしなきゃ。もっともっと頑張って」
そんな独り言をこぼしながら、そろそろお店を閉めようとした時でした。ひとりの若い女のお客さんが店に入ってきたのは。
「あの、歩きやすい靴が欲しいんですが」
その女の人は木製の杖を片手に、おそるおそる青年の方に声をかけてきました。
「あっ、はい、いらっしゃいま‥せ」
思わず青年は声をつまらせます。入ってきた女の人の顔に目立つ傷跡があったのです。それはひたいの中央から左右の耳筋にかけての、とても深い傷跡でした。
「え、ええと、いまご用意できるのは、この三種類なんですけど」
青年が手に取って渡したのは、厚い皮製で縫製に念を入れた十年は持つ丈夫なもの。軽さを追求した履き心地を楽しむもの。流行りのデザインを取り入れた色鮮やかなものでした。
女の人はひとつひとつ手に取って、それぞれ丹念に触りました。しばらくのあと選んだのは履き心地の良いものです。
「それではこちらで、って! だ、大丈夫ですか」
靴を受け取るさい、よろめいた女の人の肩をあわてて青年は抱えます。
「す、すみません。ありがとうございます」
少し恥かしげに女の人は杖で自分を支えなおしました。
「あの、この靴なんですけど、もう少し靴幅を広げた方が歩きやすくなると思うんです。一日お渡しするの待って頂けませんか。明日の今ごろまでに必ず仕上げますんで」
思わず提案した青年でしたが、女の人が受け入れて帰ったあと作業場で悩みました。あの女の人の様子では履きやすいだけでは駄目なんだ。靴幅を合わせ直し、履き心地の部分に関しては満足に仕上がりました。でもどうしても何か足りないように思えたのです。
彼女は店に入ってから出るまで、終始うつむき加減でどこか怯えてるようでした。なにか彼女の力になるようなことは出来ないだろうか……
青年は一晩中頭を巡らして、お師匠さんの部屋から一冊の本を探し出しました。靴にある仕掛けをほどこそうと思ったのです。
翌日、靴を受け取った女の人は感謝の意を伝え、出来上がった靴を抱えてうれしそうに帰って行きました。
それから半月ほど経った頃。あの女の人が店に顔を覗かせました。
ほほをすこし赤く染めて、よろこびが花を咲かせたような表情を浮かべながら。
「ずっと履いていたのに今日まで分かりませんでした」
青年は照れ臭そうに頭をかきながら
「あとで考えると、さしでがましいことをしたんじゃと心配だったんです」
と伝えました。
実はあの時、青年は靴の内側に点字でメッセージを入れたのです。
『あなたをすてきな未来へ連れていく靴』と。
「ここしばらく、あまりに履き心地がいいので方々へ出かけました。実は、わたし……」
女の人はすこし顔を曇らせ、ひたいの傷あとを触りながら言葉を続けます。
「とても辛いことがありまして、ずっと家に引きこもってばかりいたんです」
靴を買いに外へ踏み出したのは、そんな毎日から抜け出したかったらしいのです。
「最初は人の目が気になりました。気配を感じるのが怖くて。でもこの靴を履いてからは何故でしょうか。ものが見えなくても気にならなく思えてきたんです」
女の人は深々と頭を下げました。ありがとうございます、という声は涙がにじんでるように聞こえました。
青年も胸がいっぱいになって、
「良かったですね」と。
しかしあとの言葉は続きませんでした。女の人のよろこんでいる姿を見ると自分もうれしくて、抱きしめたくなる気持ちを抑えるのに苦労したのです。
そして季節は巡り、また聖なる夜が町にも訪れました。
靴屋の青年は急に客足が減ってたのを感じていました。ですけど、この店の靴が心底気に入って買いに来るお客さんが増えたことも知っていました。
そんな青年の隣でほほ笑んでいるのは、あの女の人です。おそろいのエプロンは真新しく、やさしい光に包まれてるかのような二人でした。
どうやらあの靴は、女の人だけではなく、青年にも明るい未来を呼んでくれたようです。
おしまい、おしまい。