半座頭リュウ
「そこで俺が、言うてん」
「何て?」
「 ‥ やすとも ‥ か!」
「 ‥ なんでやねん!」
甘い。
[間]が、甘い。
この漫才師は、余り、場数を踏んでいないようだ。
二人が、探り合うように、ボケとツッコミを、繰り出している。
若手でも、最近は、阿吽の呼吸で、[間]が上手い漫才師は、沢山いる。
が、この若手漫才師は、そもそも、経験が、足りないようだ。
リュウの右眼には、漫才師の歪な[間]が、ハッキリと見えている。
ボケの[間]も、ツッコミの[間]も、イマイチ歪つ。
経験を積んだ、面白い漫才師は、[間]が適度な大きさ広さで、円みを帯びている。
リュウの右眼は、完全白眼。
瞳が無い、黒い部分が無い。
血走っているような血管も、無い。
完全、真っ白。
が、良く見ると、境は、ある。
瞳に相当する白眼部分は、心なしか、赤っぽい。
それ以外の部分は、心なしか、黒っぽい。
動き方も、異なっている。
赤っぽい白眼部分と、黒っぽい白眼部分は、別々に、独自に、動いている。
連動していない。
それが、境を、更に、際立たせている。
傍目に見るに、気持ちのいいものではない。
リュウの左眼は、通常の役割を果たしている為、会う人会う人戸惑うのが、よく分かる。
リュウの右眼を見て、『ギョッ』と戸惑うのが、よく分かる。
その為、リュウは、普段から、サングラスを掛けている。
円いレンズの、瞳が見えない、真っ黒なサングラスだ。
[探偵物語]で、松田優作がしていたものと、よく似ている。
レンズは、マジックミラーになっている。
リュウには、外の景色が、見える。
外からは、リュウの眼は、見えない。
リュウの瞳は、外からは、窺えない。
リュウの右眼は、見えない。
通常の風景は、見えない。
が、あるものは、見える。
それが、[間]。
[間]とか[空間の空き]とか例えられる、スペースの空き部分が、視覚的に、見える。
観念的な[間]も、物理的な[間]も、見える。
観念的な[間]で云えば、今のように、漫才師のボケとツッコミの[間]が、見える。
家族間、夫婦間、恋人間、友人間等の、心の隙[間]も、見える。
物理的には、建物の[間]とか、家具の[間]とか、物品の[間]とか、そう云ったものの隙[間]が、クローズアップされたように、見える。
その様は、SF映画やロボットアニメの、コックピット画面やゴーグル画面を、思い浮かべてもらえばいい。
よって、リュウの右眼と左眼は、全く違うものを、映し出している。
その整合性を取るのは、難しい。
脳が、混乱を来たす。
リュウは、もう、慣れてしまったが。
小さい頃は、大変だった。
眼に映るものを、素直に言っただけなのに、化け物扱いされる。
狐憑きや霊能力者、超能力者にニュータイプ。
色々、様々、悪意・反感を持って、畏怖を持って、見られる。
家族間の、微妙な[間](距離感)を指摘しては、反感を持たれる。
夫婦・恋人間の、隙[間]を指摘しては、悪意をぶつけられる。
友人間の、日毎に開く[間]を指摘しては、逆ギレされる。
自分と周りの人々の間に横たわる、建前と本音の[間」を指摘しては、薄気味悪がられる。
リュウには、何が何やら、分からない。
だって、産まれた時から、右眼と左眼は、違うものを映し出している。
後天的に身に付いた能力ならば、それまでの経験で、世の中と妥協できる地点まで、擦り合わせる合わせることもできる。
が、文字通り、元々からの能力なので、そんなことも分からない。
『擦り合わせる』とか、『世の中と妥協することが必要』とか、そんなことも分からない。
所謂、産まれた時から、半失明。
所謂、産まれた時から、かたわ者。
所謂、産まれた時から、中途半端。
リュウは、演芸場を、出る。
漫才を見ても、落語を見ても、新喜劇を見ても、[間]が気になる。
否応無しに、[間]が、見える。
ちっとも笑えない、面白くない、楽しめない。
演芸場の向かいにある、神社に向かう。
この神社は、小さい頃からの遊び場だ。
遊び場だが、大人に成るに連れ、様子がおかしくなって来る。
歳を経る毎に、神社の境内に入る度に、右眼が、度々痛む様になる。
今や、右眼は、神社を訪れる度、毎度、鈍痛に悩まされる。
対して、左眼は、神社を訪れる度、毎度、爽快な視界を獲得する。
その爽快さは、気分さえも、左右する。
神社を訪れる度、リュウは、左右半身を、引き裂かれる。
リュウの身体そのもの土台を、青色とするならば、
右眼を中心とした右半身は、ディープ・ブルーに、
左眼を中心とした左半身は、ライト・ブルーに、
色濃く、分けられる。
互いに、相反する半身を抱えて、リュウは、本殿へ向かう。
そこまでして、何故、本殿に参拝する?
一つは、英気を養う為。
本殿に参拝すると、右眼の痛みは酷くなるものの、左眼へは、英気と云うかそう云うものが、流れ込んで来る。
それが、身体の中に定着し、活力源となる。
もう一つは、立場上。
リュウは、国家資格である[御用占い師](国家御用達占い師)なので、定期的に、神社に参拝せねばならない。
どこの神社でも構わないが、常時、社務所に人がいる神社、でなければならない。
『国家国民に貢献した』と云う確認印が、もらえないからだ。
右半身と左半身に、分かれ裂かれた体感を抱え、リュウは、本殿に向かう。
本殿前には、人だかりが、出来ている。
男女のカップル、が多い。
実際、ほとんど、だ。
ここの神社の主な御利益は、縁結びとか恋愛成就とか、そう云ったものらしい。
が、半分以上のカップルは、分かれ裂かれている。
正確には、半分以上のカップルの男女は、各人、身体が縦に、割れている。
右半身と左半身に分かれ、左右の間に、隙[間]が、できている。
そこに、風が、通っている。
ヒューヒューと音がして、風が、吹き抜けてようだ。
隙[間]風が、通っている。
見えるのは、リュウだけ。
風の音が聞こえる様に思えるのも、リュウだけ。
でも、リュウの右眼が視覚把握するのは、紛れもなく現状。
今の、現実。
カップルの男女は、お互いに、物理的(精神的にも?)、隙[間]がある。
(リュウの右眼では)男女各人自体も、左右に分割され、隙[間]がある。
まあ、多かれ少なかれ、大きくあれ小さくあれ、どんな人も、左右に分かれ裂かれている。
右半身と左半身に、分かれ裂かれている。
リュウの右眼には、そう見える。
自分の中で、外身と中身、理想と現実、精神と身体、その他諸々に乖離があるほど、それは大きい。
その意味で、ここにいるカップルのホントのところ、も分かる。
男女各人自体の隙[間]どころか、男女間の隙[間]が、むっちゃ狭い。
どころか、『男女の半身が溶け合っている、一体となっている』カップルもある。
そういうカップルは、手を繋ぐのなんか当たり前で、ベタベタ、ベタベタしている。
おそらく、付き合って間も無い、『ラブラブ状態極まれり』のカップル、なのだろう。
それは、『[間]が、無さ過ぎ』、だと思う。
[間]は、大きく広くても、ダメ。
小さく狭くても、ダメ。
適度な距離を保っているのが、一番ええ。
リュウは、経験上、知識上、そう思う。
『お互いの[間]を、適度な距離に保ち、付き合ってゆくのがええ』と、思っている。
異性間であろうが同性間であろうが、家族間であろうが親戚間であろうが、友人間であろうが隣人間であろうが。
おやっ ‥ ?
そんなリュウのセオリーに反する状況が、発生する。
リュウには珍しく、つい、二度見をする。
一組のカップルに、注目する。
一組のカップルから、眼が、離せなくなる。
男女各人は、右半身、左半身に分かれ裂かれている。
それは普通だが、二人の隙[間]には、割と距離がある。
そこに、風が、吹き抜けている。
が、お互いの半身は、溶け合っている。
相反する状況、だ。
男性の右半身が、女性の左半身が、溶け合っている。
手も握っていないのに、お互いの半身が、溶け合っている。
そこには、なんの、隙[間]も無い。
相反する状況、だ。
なんや、この、仲えええんか悪いんか、分からんカップルは ‥
リュウは、見てない振りでガッツリ見て、眼で、動きを追う。
女性が、境内の占いエリアに、向かう。
なにかしら占いたいことが、あるようだ。
心に引っ掛かっていることが、あるようだ。
リュウは、急いで、境内の占いエリアに、すっ飛んで行く。
女性よりも、かなり早く、占いエリアに着く。
受付の男性は、初老で、猫背で、覇気が無い。
リュウは、IDカードを、見せる。
たちまち、男性の背筋は伸び、キビキビする。
心なしか、肌も艶めく。
「ご苦労様です」
リュウは、占いエリアの、御用占い師ブースに、着く。
このブースは、御用占い師の為に、常時、空けられている。
御用占い師が、自由に、気のままに、占いに従事できる様、いつも、用意されている。
国民に寄与してこその、国家資格の、国家御用達の、御用占い師。
国民全員に、御用占い師の占いは、開かれている。
建前上、は。
ま、あくまで、建前上で、ホンマのとこは、違うんやけどね。
リュウにしてからが、政府関係、役所関係、半官半民関係その他諸々に、駆り出されている。
国民関係、市民関係の仕事なんて、ほとんど無い。
たまに、こうして、御用占い師専用ブースで、占うくらいだ。
尤も、御用占い師が居る時に、占ってもらいに来た人は、ラッキーだ。
御用占い師の占いは、基本、無料だ。
国家から手当てが出てるから、占いで収入を得る必要が、無い。
しかも、御用占い師は、ほぼ全員、一定の高いレベルにある。
リュウは、ブース内の椅子に、座る。
テーブルを挟み、向かい側にも、椅子が一つ、備わっている。
ブース内は、淡い緑色で統一され、なんの外連味も無い。
ハッタリ感も、エラソー感も、無い。
良く言えば、親しみ易い。
悪く言えば、殺風景。
敢えて特徴を言えば、ブースの入り口に掛かっている暖簾に、紺で、五芒星が描かれているくらい。
「お邪魔します」
案の定、先程の女性が、リュウのブースに、入って来る。
無料で、御用占い師に占ってもらえるとなったら、そんな機会を、誰も逃さないだろう。
女性を一目見て、リュウは、気付く。
左半身に、まだ、溶け合った痕跡が、残っている。
ありありと、残っている。
どころか、痕跡が、微かに蠢いている。
ああ、よっぽどやな。
この痕跡具合から見て、女性は、先程の男性のことを、かなり強く想っているらしい。
リュウは、女性に椅子を勧め、にこやかに訊く。
「今日は、何を占って欲しいんですか?」
「 ‥ はい ‥ あの ‥ 」
「はい」
「 ‥ 恋愛運、と云うか ‥ その ‥ 」
「はい」
「 ‥ ある男の人との相性、と云うか ‥ 」
「はい」
「 ‥ そんな感じのことを ‥ 」
‥ う~ん、ハッキリせんな。
「 ‥ じゃあ、お相手の写真とか画像とか、持ってはりますか?」
「はい」
女性は、小ぶりの鞄を、ガソゴソする。
一枚の写真を、取り出す。
取り出して、テーブルの上に置く。
「拝見します」
「はい、どうぞ」
写真は、「やはり」と言うか、先程の男性のもの。
女性が、溶け合っていた、男性のもの。
確かに、お互い、半身では、溶け合っていた。
が、お互い、自分自身の半身が、左右に、分割していた。
分かれ裂かれて、風が、吹き抜けていた。
そして、この、占い内容。
付き合っているのでは、無いのか?
ラブラブでは、無いのか?
リュウは、怪訝な思いを心に隠し、写真を改めて、見る。
リュウは、分類で言えば、人相見・姿見の占い師。
字画とか誕生日、筮竹とか手相の占い師、ではない。
相手を、虚心坦懐に、見る。
見て、占う。
見たままを、思ったままを、伝える。
「あなたとこの人、相性抜群、相思相愛なんですけど ‥ 」
女性が、パアアと、顔を輝かせる。
「あなたと、この人自身に問題がある、って云うか ‥ 」
「はい ‥ ?」
女性が、輝く笑顔から一転、顔を曇らせる。
「『二人の仲がええこと』に、お互いが、イマイチ納得してないと云うか、
腹に落ちてないと云うか、疑いを捨てきれてないと云うか、
そんな感じです」
ああ。
女性が、口を開いて、声にならない声を立てる。
腑に落ちるところが、あるらしい。
相性だけの占いだったら、占いは、ここで終了。
が、女性は、まだ何か、話したそうにしている。
リュウも、ここまで来たら、聞いてしまいたい。
女性が、話し出すのを、待つ。
‥‥‥‥
数分の、長い刻が、流れる。
遂に、女性が、おもむろに、声を発する。
「その人なんですが」
「はい」
「『幼なじみ』と云うか、『小学校から、ずっと一緒』と云うか、
そんな付き合いの人で」
「はい」
「ずっと、仲のいい友達で来たんですけど」
「はい」
「ここ最近、なんか、そこに、『恋愛感情みたいなものが、絡んで来た』、
と云うか」
「はい」
「どうも、向こうにも、そんな感じがあるようで ‥ 」
ああ、ほんでか。
リュウは、先ほど見た、各人が左右に分かれ裂かれているのに、お互いの半身が溶け合っているカップルの画像を、思い起こす。
各人は、右半身、左半身に分割されている。
切り裂かれた両半身の隙[間]を、ヒューヒューと、風が吹き抜けている。
が、女性の左半身と、男性の右半身は、溶け合っている。
左右に分割された我が身と、右半身と左半身の隙[間]に吹き抜ける風は、各人の心模様を示している。
一方、溶け合う半身同士も、 各人の心模様を示しているのだろう。
相反する感情が、各人の中で、せめぎ合っているとみえる。
男女間の友情と、男女間の愛情と。
昔から育んで来た想いと、今新たに発生しつつある想いと。
友達以上と、恋人未満と。
リュウは、状況を見て取り、素早く、判断する。
友情の方に隙[間]風が吹いて、愛情の方が溶け合っている。
ってことは、お互い、既に、愛情の方へ、大きく舵を切っているってことやな。
つまり、溶け合っているのを引き離すより、隙[間]を埋めることを考える方が、『自然でええ』ってことやな。
二人にも、全然、その方がええし。
『幼なじみ』ってことで、諦めなあかん道理は無いし。
さて、どうしたもんか?
リュウは、女性を見つめ、一言、言う。
「今から、ちょっと、思考に入りますので、終わるまで、
気にしないで待ってて下さい」
「はい ‥ 」
リュウは、眼を瞑り、頭は動かさない。
眼を、女性に向けたまま瞑り、沈思黙考に入る。
右眼も、左眼も閉じて、暗闇の中に、沈み込む。
文字通り、考えに、沈み込む。
右眼も、何も、映さない。
左眼も、何も、映さない。
右眼も左眼も、同じく、暗闇に佇む。
眼を開いていれば、お互いに、違うものを映し出す両眼。
が、眼を閉じていれば、お互いに、同じものを映し出す両眼。
暗闇の中、沈み込む。
考えが、沈み込む。
と、
考えが、止まる。
一瞬、停止する。
底に、辿り着いたらしい。
考えが、そこから、伸び上がる様に、上昇する。
グングン、加速を付けて、上昇する。
上昇に伴い、周囲の色も、移り変わる。
暗闇から漆黒へ、黒から濃紺へ、濃紺から淡紺へ、淡紺から深青へ、深青から明青へ。
考えが、意識の水面上から、顔を出す。
リュウは、眼を、開ける。
女性を、見つめる。
見つめて、女性を安心させる様に、口元を綻ばす。
尤も、サングラスを常時しているので、見つめて不安にはさせていないだろうが。
「心配無い、ですね」
リュウが、口を開く。
リュウの言葉に、女性は、意外な顔をする。
「「心配無い」んですか?」
「はい。
今の状態でも、かなり仲良くと云うかラブラブと云うか、
そんな状況まで来ているので、今まで通り付き合っていても、
順調に推移すると思います」
「はい」
「ただ ‥ 」
「はい」
「『時間は、思っているよりかかる』と、思います」
「はい」
女性は、返事の後、間を置いて、ちょっとマゴマゴする。
挙動不審に、動く。
そして、問う。
「 ‥ あの ‥ 」
「はい」
「加速度付けるには、どうしたらいいんでしょうか?」
「はい?」
「付き合いが進むのを、加速させるには、どうしたらいいんでしょうか?」
今の速度では、ご不満らしい。
リュウは、心の中で、苦笑する。
「う~ん。
多分、『お互いの意志は、大丈夫』だと思います」
「はい」
「だから、「お互いの意志を、表に出す」と言うか、
意志を、「行動とか言動に、表わす」と言うか」
「はい」
「そんなんが必要、やと」
「はい ‥ 」
女性が、再び、何か言いたそうに、口を噤む。
が、結局、口を開く。
「 ‥ あの ‥ 」
「はい」
「 ‥ 具体的には、どうすればいいですか?」
そんなん、自分で考ええや。
俺には、具体的なこと分からんし、無責任なこと言われへんよ。
リュウは、すぐさま、心に浮かんだ言葉を、押し流す。
まあ、そんだけ、この人の中では、切羽詰まっとんのやろ。
お互いの関係性は、お互いの半身が溶け合っていることからも、『当面は、心配無い』、と、みる。
問題は、各人、左右に分かれ裂かれている半身の隙[間]を、どう埋めるか。
リュウは、押し黙り、女性を、改めて見る。
見つめる。
見つめ続ける。
女性も、もじもじしながらも、見つめられる。
『何か考えがあって、見つめたはるんやろう』と思い、戸惑いながらも、合点して、見つめられ続ける。
リュウは、隙[間]を、見つめ続ける。
右眼で、見つめ続ける。
左右に、分かれ裂かれた女性の半身を、見つめ続ける。
隙[間]には、相変わらず、風が、吹き抜けている。
ヒューヒューと、音がするかの様に、風が、吹き抜けている。
ん?
リュウは、何かに、気付く。
右半身と左半身の隙[間]に、空いた空間に、何かが、そよいでいる。
糸の様な、繊維の様なものが、そよいでいる。
リュウは、右眼を、凝らす。
身体を、女性に、近付ける。
顔を、右眼を、女性に、近付ける。
女性は、ビクッと怯みつつも、その場に、踏みとどまる。
そよいでいるものは、右半身と左半身を、繋いでいる。
微かな、細い糸で、繋いでいる。
千切れている糸も、ある。
繋がっている糸は、数本に過ぎない。
ただ、繋がっている糸は、脈動している。
わずかに、ドキドキ、脈動している。
[意思の糸]か ‥ 。
リュウは、呟くともなく、声にせず、微かに呟く。
糸を、再度、よく見る。
[意思の糸]は、思いとか記憶の大切さを、表わしている。
それが、右半身と左半身が、分かれ裂かれるのを、引き留めようとする。
この場合、男性と恋仲になっても(半身が溶け合う仲になっても)、小さい頃からの幼なじみの記憶、思い出を大切にしたい。
そういう思い、意思や記憶が、[意思の糸]となって見えているのだろう。
ただ、その意思も、風前の灯、らしい。
[意思の糸]の状況から見て、近い内にも、糸による右半身と左半身の繋がりは、断たれるだろう。
意思が失われ、思いの大切さも、忘れ去られるだろう。
とすると、右半身と左半身は、完全に分かれるな。
で、相手の右半身と溶け合っていない、こっちの右半身は、徐々に、消えて無くなるな。
それに伴って、思いとか記憶とかも、忘れ去られるやろなー。
リュウは、ぶらんぶらん、頼り無さげにぶら下がる[意思の糸]を、見つめる。
おっ?
微かな光が、リュウの頭に、射す。
もしかして、突破口が、閃いた?
切れてしまった[意思の糸]を繋げるのは、むっちゃ大変。
でも、今ある[意思の糸]を、太く強靭にするのは、『比較的簡単』、ちゃうやろか。
この期に及んで、まだ繋がっているわけやから、『そもそも強い意思とか、思い』やろうし。
ちゅうことは ‥
ちゅうことは?
‥ 今も残っている意思とか思いとか記憶とか、明確にしたら、ええんとちゃうか?
ほんで、[意思の糸]が太く強くなって、右半身と左半身を引き付けて、右半身と左半身は引き寄せ合って、ええ距離を保つようになるんとちゃうか?
ええ感じに、なるんとちゃうか?
これ、ええ手なんちゃうん、おい。
リュウは、自分に言うともなく、自分に同意を求める。
[意思の糸]の現状確認を、する。
今の段階でも残っているだけあって、残存している[意思の糸]は、しっかりしている。
頼り無げに儚げに、風にそよいているが、作りは、しっかりしている。
しっかと、繋がっている。
おいそれと、切れそうには無い。
残る[意思の糸]は、三本。
つまり、かなり強い意思であり、思いであり、記憶であるものが、三つあると云うこと。
これだけ強い[意思の糸]は、一朝一夕には、できない。
最近、できたものとは、考えにくい。
かなり練られた意思や思いで、何度も反復された記憶でもある可能性が、高い。
それが、三つ。
強度的にも、本数的にも、分かれ裂かれた半身を、引き寄せ合うには、充分と思われる。
勝算は、ある。
リュウは、秘かに、心で、ほくそ笑む。
ただ、その三つを聞き出す方法が、難しい。
ただ単に、女性に訊いても、答えてくれそうにない。
本人も、意識していないかもしれない。
その無意識の場合、誘導尋問の手も、使えない。
『半ば強制的に』とも考えるが、催眠技術もコールド・リーディング技術も無い、持ち合わせが無い。
リュウは、聞き書きに、頼ることにする。
所謂、ライフヒストリーの聞き書き。
曰く、今まで、どんな風に生きて来たかの、聞き書き。
幸いにも、リュウには、時間がある。
御用占い師は、国家(政府)から給料が出る為、金の為に、時間にあくせくして、占いをしなくてもいい。
だから、神社境内の占いブースも、時間自由に、料金自由に、使用できる。
女性も、二十代中頃と、思しく見受けられる。
おそらく、ライフヒストリーを聞き書きしても、『そんなに時間は掛からない』と、思われる。
リュウは、テーブルの上に、ノートを開く。
ついでに、頭の中でも、ノートを開く。
女性を見つめ、口を開く。
「じゃあ、詳細に占おうと思いますんで、
ちっちゃい頃の話から、順に話して下さい」
リュウに促され、女性は、躊躇う。
躊躇いながらも、戸惑いながらも、口を開く。
御用占い師が、親身に占ってくれようと、してくれている。
それに、誰も抗える者は、いない。
ライフヒストリーを聞いたところ、女性は、やはり、二十代中頃。
男性とは、ちっちゃい頃からの幼なじみで、幼稚園 → 小学校 → 中学校 → 高校と、一緒だったらしい。
大学で別れたが、社会人になって再会したらしい。
そして、恋仲になった、と。
フツーやな。
リュウは、ありきたりの展開に、ちょっと不満気になる。
ライフヒストリーを聞いて、人生面・生活面からも、引っ掛かるものは無い。
繋がっている、三本の[意思の糸]。
その内、二本については、容易に想定が付く。
一.ちっちゃい頃からの、仲良かった思いや記憶
二.今の、仲いい思いや記憶
では、後の一本は?
その残りの一本を想定する為に、ライフ・ヒストリーを訊いたわけだが、期待は、外れたようだ。
リュウは、残った一本に、眼を凝らす。
この一本が、最も太い。
微かに、蠢いててもいる。
脈動、している。
色も、鮮明な、ピンクがかった、肌色をしている。
曰く、『活きがいい』。
この一本が、『事態打開の鍵となる一本』、と見受けられる。
が、想定が、付かない。
この一本の中身が、分からない。
リュウの右眼には、明らかに、この一本が、太く雄々しく、映っている。
[採れたて、新鮮]のラベルが、似合いそうだ。
新鮮で、活きが良さそうやな。
時間があんま、経ってへんのやろな。
‥ 経ってない?
ん、時間が、あんまり、経ってない?
『時間が、あんまり、経ってない』ってことは、『新しい』ってことか。
『最近のもん』、ってことか ‥
‥ ああ、なんか分かったような気がする。
これで、イケそうな気がする。
強靭だけれど、細い[意思の糸]は、比較的古い。
それが、一.と二.の[意思の糸]。
古いと云うことは、恋愛感情が芽生える前からのものと、考えられる。
それは、幼き頃の記憶とか、友情関係への思いとか。
対して、三.の[意思の糸]は、新鮮で新しい。
よく動いて、活きもいい。
最近芽生えた恋愛感情のよるもの、と考えていいだろう。
古い[意思の糸]を、太くするのは、現実的に、難しい。
古くからの思いや記憶によるものなので、太くする供給源が、見つけにくい。
が、新しい[意思の糸]は、そんなことはない。
太くする方法は、明確。
なんなら、より強靭にもできる。
現在の恋愛感情を、より高める。
それを供給源に、[意思の糸]を、太く強くする。
つまり、今現在の仲のいい空[間]を、強固なものにする。
リュウの右眼に見えている、二人のフィールドと云うか制空圏と云うか、そのような空[間]の『仲良し』レベルを、更に上昇させる。
お互いに溶け合っている半身と、それから分かれ裂かれている半身を包む空[間]。
リュウは、既に、結論を出してしまっている。
[間]を見て、鑑みて、結論付ける。
このままで、ええ。
このままでも、二人の恋愛感情は高くなり、それが、[意思の糸]にも作用する。
[意思の糸]は、ますます、太く強くなる。
それに伴い、強靭になるに加えて、引き付ける力も、発生する。
引力は、分かれ裂かれている半身を、引き寄せ合う。
仲が順調に推移する限り、分かれ切り裂かれた半身は、引き寄せ合う。
そして、いつしか遂に、分かれ切り裂かれた半身は、片方の半身と、適度な距離を保つようになる。
このままで、何も問題は無い。
リュウは、そう結論付けたが、一抹の不安が無いわけでもない。
分かけ裂かれた半身が、適度な距離を見つけるのは、『幾らか時間が、掛かる』、と思われる。
その間、『仲がいい一辺倒』で、行けるのだろうか?
順調に推移するのだろうか?
喧嘩したりしない?
冷却期間、置いたりしない?
多分、このままベッタリの感じでは、あかんと思う。
こんな風な、半身溶け合いの感じでは、『早々、慣れが来る』、と思う。
『じわじわ、倦怠期が、忍び寄る』、と思う。
忍び寄って来て、『いつの間にか、蝕まれている』『いつの間にか、蜘蛛の巣に囚われている』では、遅い、手遅れ。
分かれ裂かれた半身とは別に、溶け合う半身にも、適度な距離、取らせんと。
それが、ひいては、長く効果をもたらす。
一見、逆効果に見えるが、ロング・スパンでは、断然効果的。
恒常的なエネルギーの供給源になり、[意思の糸]を、太く強靭に、し続ける。
分かれ裂かれた半身が、徐々に、確実に、引き寄せ合う。
リュウは、分かれ裂かれた半身とは逆に、溶け合う半身が、適度な距離を取る策を練る。
手っ取り早くて、簡単な策は、ある。
仲を悪くさせる、ことだ。
喧嘩させることだ。
が、この場合は、まさに逆効果、にしかならない。
[意思の糸]を、細く脆くさせること、にしかならない。
仲ええままで、溶け合う半身に距離を取らせる方法 ‥ か ‥ ?
矛盾を抱えた思考に、リュウは、思わず、苦笑を漏らす。
女性は、リュウの笑みを見て、『ん?』と云った顔をする。
‥ ん~、しゃーないな。
これしか、思い浮かばんな。
リュウは、女性に、尋ねる。
「相手の男性と共に、伺っていただくことは、可能ですか?」
女性は、戸惑い、恐る恐る、尋ね返す。
「 ‥ 今、ですか?」
「出来れば」
女性は、少し考え、答える。
「 ‥ う~ん ‥ 。
そこに居るんで、ちょっと、相談して来てもいいですか?」
「あ、はい。
勿論」
女性は、踵を返すと、テントを、出てゆく。
リュウは、女性が出てゆくと、リュックを、まさぐる。
リュックのチャックを開け、文庫本を、取り出す。
取り出して、読み始める。
数分後。
テントが、捲られる。
人が二人、入って来る。
女性と男性。
説得に、成功したらしい。
リュウは、ゆったりと、文庫本を仕舞う。
男性に、にこやかに、視線を、投げ掛ける。
男性からは、怪訝そうな視線が、投げ掛けられる。
男性を(右眼で)一目見て、リュウは、判断する。
ああ、女性と一緒の、症状やな。
溶け合う半身も、一緒。
分かれ裂かれた半身も、一緒。
けなげに繋がる三本の[意思の糸]も、一緒。
尤も、男性の溶け合う半身は、女性の左半身とは逆の、右半身だが。
三本の[意思の糸]の内容も、女性と同じとは限らないが ‥ 。
‥ 同じやった ‥ 。
リュウは、右眼に映る、男性の[意思の糸]を見つめ、心に呟く。
少しは、『個々のアレンジが、利いているのでは?』と思っていたが、ほぼ同じ。
期待外れ気味に思えるも、逆に、対応はし易くなる。
女性と男性、二人とも、おんなじ対応策で行けるな。
いや、なんなら、1+1=2+αの、相乗効果が、期待できるな。
リュウは、息を吸い込む。
吸い込んで、二人を、見つめる。
ほな、行くか。
「一つ、対応策が、あります」
「はい」
女性が、切実に、頷く。
男性は、キョトン顔。
「一見、逆効果に見えますが」
「はい」
「長い目で見れば、『一番効果的』だと、思います」
「はい」
女性は、真剣な眼差しを、リュウに向ける。
男性も、気が気でない眼差しを、リュウに向ける。
「ちなみに」
リュウは、女性に、改めて、問い掛けて、続ける。
「今、会うスパンは、どれぐらいですか?
二日に一遍、くらいですか?」
女性は、おずおずと、答える。
「 ‥ 毎日です」
それは、多い。
瞬く間に、今の思いを、消費してしまう。
「う~ん ‥
その気持ちは、分かるんですが」
「はい」
「そのペースで行けば、多大な事例から鑑みるに、
十中八九、『冷めるもの早い』、と思います」
「はい。
やっぱり、そうですか ‥ 」
女性と男性は、顔を合わせる。
『自分らは、別!』とか思わずに、聞く耳は、持っているようだ。
「だから」
「はい」
「適度な距離を保って、仲良く長く、付き合っていきましょう」
「はい。
それが、いいです」
リュウは、女性と男性の同意を得ると、口を開く。
「まずは、形から」
「はい」
「会うのは、一週間に一回ぐらいにして、
電話もメールも、一日一回くらいにしましょう」
「「 ‥ えっ ‥ 」」
女性と男性、ほぼ同時に、声が漏れる。
不満と云うより、愕然としたみたいだ。
それだけ、今の二人にとっては、ハードルが高い話だったみたいだ。
「 ‥ それは、ちょっと ‥ 」
女性から、不賛成の言葉が、もたらされる。
リュウは、『これぐらい、できるやろ』の顔をして、一層にこやかに、答える。
「未来に繋がる、お付き合いの為です。
頑張って、努力して下さい」
有無を言わさず、言葉を、畳み掛ける。
「「 ‥ はい ‥ 」」
女性と男性は、多少うなだれて、頷く。
「では、景気付けではないですが ‥ 」
と、リュウは、サッカー選手のように、右腕を差し上げる。
「末永く、仲良くお付き合いできることを祈り、
ハイタッチさせていただきます」
女性と男性は、急な場面転換に戸惑いながらも、おっかなびっくり、右腕を差し上げる。
「ああ、女性の方は、左腕で、お願いします」
女性は、手旗信号の様に、右腕を下ろして、左腕を上げる。
「じゃあ」
言うや、リュウは、女性の左手に、自分の右手を、重ね合わせる。
幾分、掌を丸めて、重ね合わせる。
バシィ! ‥ と、音がする。
続いて、男性の右手にも、自分の右手を重ね合わせる。
幾分、掌を丸めて、重ね合わせる。
こちらも、バシィ! ‥ と、音がする。
バシィ! ‥ と、音がする。
音と共に、スイッチが、入る。
[間]に作用する、スイッチが入る。
騒めく。
蠢く。
活き活きする。
女性と男性の、分かれ裂かれた半身が、微かに脈動する。
各自の半身の切断面も、繋がっている[意思の糸]も、それに伴い、脈動する。
脈動につられる様に、半身の表面の色も、変わる。
肌色から、ほんのりピンク色に。
ほんのりピンク色から、まっことピンク色に。
溶け合う半身も、脈動する。
が、女性の左半身と、男性の右半身では、脈動の仕方が異なる。
脈動のリズムが、異なる。
溶け合っていても、女性の左半身と、男性の右半身は、明確に区分けされる。
脈動で、明確に、区分けされる。
各々に、女性の左半身と、男性の右半身は、活き活きと、脈動する。
その表面の色の変化が、活発な代謝を、告げている。
こんなもんで、ええか。
女性の両半身、男性の両半身、共に基礎代謝が、向上する。
この向上が、[意思の糸]が太くなることに、強靭になることに、寄与する。
溶け合う半身が、適度な距離を取り合うことにも、寄与する。
あとは、二人の、努力次第やな。
女性と男性は、何度もお礼を言い、何度も頭を下げて、その場を立ち去る。
御用占い師に、無料で、先が明るくなる占いをしてもらったのだから、さもありなん。
リュウは、一息を、つく。
つくが、ちょっと、コメカミを、押さえる。
リュウ自身、右半身と左半身が、感覚的に、分かれている。
右半身は、時間を追う毎に、痛みが出ている、増している。
右の片頭痛、右眼の奥の痛み、右肩痛、右脇腹痛、右腰痛、右脚・足痛、etcetc。
対して、左半身は、時間を追う毎に、快適さ、爽健さが、増している。
左の頭スッキリ、左眼の奥爽やか、左肩快調、左脇腹快適、左腰可動OK、左脚・足動きに淀み無し、etcetc。
総じて、右半身グダグダ、左半身アゲアゲ。
全く、対照的。
おそらく、場所の磁場とも云うべきものが、リュウに作用しているのだろう。
これ以上は、ヤバいな。
リュウは、右半身の状況を鑑み、店を畳むことにする。
今日の占いは、終わりにする。
神社境内の出口に近付くに連れ、右半身の痛みは和らぎ、左半身の爽快さは薄らぐ。
境内を一歩出ると、右半身と左半身の区別が、曖昧になる。
リュウの身体は、感覚的に、一体化する。
清濁併せ呑む俗世間よ、ただいま。
リュウは、やっと、いつもの世界に帰って来て、ホッとする。
街を、ゆく。
街中の道を、ゆく。
頻繁に、人が、行き交う。
老若男女、行き交う。
行く人行く人、来る人来る人すべて、何らかの隙[間]を抱えている。
広いものもあれば、狭いものもある。
大きいものもあれば、小さいものもある。
が、年齢に、比例しているわけではない。
男女の別が、あるわけでもない。
手遅れになりそうな隙[間]が、リュウには分かるが、元より、手が出せるはずもない。
リュウは、隙[間]の良化を、祈るのみ。
御用占い師と云っても、国家御用達と云っても、何ができるわけでもない。
リュウは、一軒の、家屋に入る。
家屋は、平屋建ての、どちらかと云うと、屋敷に入る。
屋敷と云っても、江戸時代の中級役人宅くらいの、構え。
ガラガラガラガラッ ‥
玄関を、開ける。
大きな硝子一枚を嵌め込んだ、引き戸を、開ける。
土足そのままで、進む。
入ってすぐの、最も大きいであろう部屋に、進む。
ガラガラッ ‥
障子の枠毎に、小さな硝子を嵌め込んだ、引き戸を、開ける。
「こんにちは~」
リュウは、ペコっと、頭を、下げる。
パソコンに向かっていた人が、書類に向かっていた人が、新聞に向かっていた人が、眼を上げる。
眼を、一斉に、リュウに抜ける。
視線が、リュウに、集まる。
「お、リュウか」
机に座るみんなを、一望できる机に座っている人が、真っ先に、声を上げる。
眺めていた新聞を、机に、置いて。
リュウは、再び、ペコっと、頭を下げる。
下げて、奥の個室に、向かう。
[御用占い師 控室」と書いた、個室へ、向かう。
個室内には、誰もいない。
それもそのはず。
この支部に所属する御用占い師は、三人ほどだったはず。
約束でもしない限り、偶然に鉢合わせする可能性は、低い。
リュウが、自分の文庫本を読んでいると、ドアから、ノックが響く。
「はい」
リュウが答えてるとすぐに、ドアが、開けられる。
「失礼します」
男が、一人、入って来る。
歳の頃は、リュウより数歳下。
背は、リュウより、少し高いくらい。
そして、眼鏡でカジュアルな恰好のリュウとは違い、裸眼でスーツ姿だ。
「リュウさん、こんにちは、です」
「おお」
「週三くらいで、来はりますね」
「定期連絡、せなあかんからな」
「それ、週一くらいで、ええんですけど」
ツッコまれたリュウは、頭を掻く。
「まあ、他の目的もあるからな」
「すぐに、その目的も、来るんちゃいますか」
トントン
ドアが、ノックされる。
「はい」
ガチャ
先程の、新聞を読んでいた男性が、入って来る。
「リュウ、これ、今日の新聞」
リュウに、新聞を、手渡す。
「いつも、すいません。
海原さんは、もう、全部、読まはったんですか?」
「うん、読んだ。
三度目の見返し、してたとこ」
新聞を持って来た男性、海原は、テヘペロ気味に、苦笑する。
新聞を渡して、控室を、出る。
「すかさず、来ましたね」
リュウより若い男性は、答える。
「ホンマやな」
リュウは、答えて、新聞を広げる。
新聞を見ながら、続けて問う。
「レイジ」
「はい」
「なんか、今日、面白い記事あるか?」
リュウより若い男性、レイジは、眼を宙にやる。
「う~ん。
これと云っては」
「そうか」
リュウは、新聞に、集中する。
手短に、的確に、それでいて丁寧に、読んでゆく。
パラッ ‥
三面の下部、雑誌広告欄を、チラ見する。
えっ
二度見、する。
えつ ‥
扇情的な雑誌見出しの言葉が並ぶ下、人物の顔写真が色々並ぶ中、その人は居た。
さっきの、女の人やん。
女性の顔写真の上にある、雑誌記事見出しを、読む。
げっ ‥ !
記事見出しには、こうある。
[実子様、婚約前提交際か?]
実子様やて?
あの人、王女様、やったんか?
リュウは、続けて思う。
何でまた、そんな人が、あんなところへ?
王女様と云えば、四六時中、SPが付いているはず。
お付きの人も、常時、居はるはず。
でも、あの時、少なくとも神社の境内に於いては、そんな気配は無かった。
境内に於いては、二人の世界、やったはず。
何故ゆえに?
‥ そういや ‥
リュウは、合点する。
実子様について思い出し、合点する。
実子様は、大学生。
親(つまり、国王様と王妃様)の方針もあり、学生の内は、なるべく、自由行動を取らせる。
本人も、取りたいだろうし。
だから、通学路とか、遊び場へ行くまでの道中は、警備が付く。
が、中に入ってしまえば、基本的に、自由行動になっているらしい。
『先程の神社境内も、そんな感じ』、なのだろう。
ちゅうことは、相手の男は、『幼なじみ』っぽかったから、そうなんやろう。
でも、王女様の幼なじみ ‥ ?
‥ 想像、できんな。
大学で知り合って、付き合うようになったのなら、間もないこともあり、今のラブラブ状態も、分かる。
が、幼なじみ。
小さい頃からの、付き合い。
で、あの状態。
余程、お互い同士、好き合っているのだろう。
年月の積み重ねを、慣れに変えない、新鮮な気持ちの保持力。
状態の、キープ力。
ただの意思、ではない。
と云うことは ‥
お互いの半身が溶け合った状態も、三本の[意思の糸]がお互いの右半身・左半身を繋げている状態も、年季が入っていることになる。
そこに、リュウは、適度な距離感を、持ち込もうとしている。
長期安定の状態を、崩そうとしている。
余計なこと、やってしもたかな。
リュウは、思う。
[実子様、正式に、婚約!]
今日は、朝から、新聞もテレビも、この話題でもちきりだ。
午後から、王女様と婚約者の、共同会見も、あるらしい。
まあ、順調に行ってくれてるんやったら、ええこっちゃ。
リュウは、新聞で、情報を、ザっとさらう。
やはり、婚約者は、あの男性。
二人は同い歳で、やはり、幼なじみ、らしい。
家格の差とか交際範囲の差とか、その他諸々あるけれど、二人の意思の前には、敵わなかったようだ。
さもありなん。
あんだけ強い[意思の糸]があったら、大概のことは、乗り越えられるだろう。
午後。
会見が、始まる。
テレビで、生中継、される。
どこのチャンネルを点けても、会見中継が、放送されている。
リュウは、国営放送にチャンネルを合わせ、会見を、視聴する。
二人が、出て来る。
椅子に、座る。
会見に、臨む。
ん?
リュウは、眼を、瞬かせる。
二度見して、じっと見る。
やはり、溶け合っているお互いの半身に、距離が出来ている。
溶け合っている女性の左半身と男性の右半身に、隙[間]が、出来ている。
隙[間]は、現状、大きなものでは無い。
が、小さなものが、幾つも幾つも、出来ている。
対して、[意思の糸]の方は、大して変わっていない。
三本から増えているわけでもなく、太くなっているわけでもない。
強靭さも、増しているわけでも減っているわけでも、無さそうだ。
まあ、現状維持。
どういうこっちゃ?
考えられるのは、[意思の糸]の作用無しに、お互いが、距離を取り始めたこと。
だから、それに伴い、溶け合っているお互いの半身の間に、隙[間]が出来て来ている。
つまり、リュウの言葉や行動や思惑とは、てんで違うところで、二人が距離を取り始めている。
リュウとは無関係に、溶け合う女性の左半身と男性の右半身が、離れつつある。
でも、このタイミングで、距離を取りつつあるタイミングで、隙[間]が生まれつつあるタイミングで、婚約発表。
いや、タイミング、真逆やん。
リュウは、なんともしっくり行かないものを感じ、引き続き、テレビ画面に集中する。
「えっ、王様のとこですか?」
リュウは、[御用占い師 控室]で、素っ頓狂な声を、出す。
木造平屋建ての[御用占い師 支部事務所]の、部屋の一室だ。
「なんで、また」
リュウは、続けて、問う。
「ああ、王女様直々のご指名、やて」
海原所長は、答える。
「 ‥ あ~ ‥ 」
「心当たり、有るんですか?」
レイジが、訊く。
リュウの担当の為、レイジも、同席している。
有るも何も、有り過ぎ。
神社境内のテントの幕に、リュウの名前、書いてあったし。
なんなら、最初に、自分でも、名乗った様な気がする。
リュウは、宮務庁を通して、王室に、呼び出される。
国に仕える身としては、象徴とは言え王様一家に呼び出されたら、断る選択肢は、無い。
「いつ、ですか?」
「今日、これから」
「えっ?!
今日、これから?!」
「そう。
今日、これから」
「エラい急な ‥ 」
「なんや、先方、むっちゃ急いだはるらしい」
リュウの驚きに、海原所長は、冷静に返す。
リュウの脳内に、思考の光が、過ぎる。
このタイミングやから、多分、十中八九、王女様のことやろな。
上手く、いってへんのやろか ‥ 上手くいってへんのやろな。
‥ あの様子じゃな。
テレビ画面を思い出し、『さもありなん』と、心で頷く。
リュウは、海原所長、レイジと共に、王宮のある御所へ、向かう。
王宮とは言っているが、木造平屋建ての、建物だ。
趣は、神社や寺院に、近いものがある。
規模は、違う。
雲泥、違う。
そこら辺の神社の千倍、大きい寺社とでも、百倍は、違う。
御用占い師の建物・敷地と比べたら、万倍は、違う。
リュウ一行は、御所に入る門前に、辿り着く。
最寄りの駅から、数十分は、歩いた。
そんな三人を迎える門は、貫禄十分。
大きい。
鬱蒼と、している。
歴史ありそうな、木造。
屋根の庇が、日の光を、かなり遮っている。
門のインターホンを、押す。
インターホンも、各家庭用とは違い、二倍くらい大きく、二倍くらい立派だ。
金の、王室マークが、付いている。
御用達製品、なのだろう。
インターホンで、数度やり取りして、身分証明、約束確認をする。
‥ ゴゴゴ ‥
その後、しばらくして、門が、開く。
門のところには、既に、車が、控えていた。
待っていたらしい。
車は、黒地の、国産高級車。
両サイドには、大きく、王室マークが、描かれている。
こちらも、御用達製品、なのだろう。
頭を下げた運転手が、ドアを開ける。
後部座席の、ドアを開ける。
リュウ、海原所長、レイジは、車に乗り込む。
車内は、大きい、広い。
車の外観から感じたイメージより、中は、広い。
三人が座っても、全然、大丈夫。
悠々、ゆったり、している。
なんなら、詰めたら、六人は、乗れそうだ。
リュウ一行は、家屋に、着く。
いや、家屋ではない。
笑っちゃう程、家屋ではない。
家屋と云うより、当に、寝殿造り。
『ああ、平安時代の貴族って、こんなとこ、住んでたんやろな~』と、思わせる造り。
木道平屋が、何軒も連なり、各平屋は、渡り殿で、繋がれている。
渡り殿は、立派な屋根、欄干が、備わっている。
雨風が入らない様にすれば、充分、住めるくらい。
各平屋の周囲に備わっている縁側も、立派な欄干を備えている。
縁側自体も、広い。
優に、大人が、ゆったり、すれ違える。
リュウ一行は、中でも、一番大きく立派な建物に、通される。
ここが、どうも、外部の人間との接見場になっている、らしい。
入り口入ってすぐの、応接間のようなところへ、案内される。
誘われるまま、その部屋に、入る。
部屋は、床一面に、深紅の絨毯が、ひかれている。
が、絨毯の前に、眼に入ったものがある。
椅子に座る人二人が、眼に入る。
そこには、王女様様と、婚約者の男性が、座っている。
神社境内で占った二人が、座っている。
ああ、やっぱり。
リュウは、想定通りで、微苦笑する。
ぺこ
ぺこ
ぺこ
ぺこ
ぺこ
王女様と男性と、リュウと海原所長とレイジは、目礼を交わす。
海原所長とレイジは、『お二人とリュウは、知り合い?』みたいな顔で、互いに見合わす。
リュウ一行を、ここまで案内してくれた人が、多少偉そうに、王女様と男性を、紹介する。
新聞の記事内容プラス、王女様と男性が、大学卒業と同時に結婚する情報が、明かされる。
まあ、そうやろな。
リュウは、合点する。
ここで、王女様が、口を開く。
「リュウさんと私達、三人きりにしてもらえませんか?」
「はい。
分かりました」
前もって打ち合わせしていたらしく、案内人は、海原所長とレイジを、急き立てる。
速やかに退室する様に、急き立てる。
『『 ‥ えっえっ ‥ ああ ‥ 』』
戸惑って、未練を残して、海原所長とレイジは、退室する。
ガラッ ‥
三人が退室して、戸が閉まる。
戸が閉まるやいなや、王女様が、挨拶する。
「お久し振り、です」
男性も、挨拶する。
「お久し振り、です」
リュウも、挨拶を、返す。
「こちらこそ、お久し振り、です。
‥ えっと、何で呼ばれたんでしょうか?」
リュウの問いに、王女様と男性は、困った様に、顔を合わせる。
王女様は、男性に頷かれ、意を決したかの様な顔に、なる。
そして、口を、開く。
「あの、この間、見てもらって」
「はい」
「あの後」
「はい」
「身体の調子が、すこぶる良くなりまして」
「はい。
それは、良かったです」
「それは、良かったんですけど」
「はい」
「身体の調子が良くなると共に、頭の調子も良くなりまして」
「はい?」
「思考と云うか、考えと云うか、
そういうものを巡らせる余裕が、出て来まして」
「はい ‥ ?」
王女は、ここで、息を改めて、吸い込む。
「そうすると」
「はい」
「お互いに」
「はい」
「この結婚について、改めて考えるようになりまして ‥ 」
「はい ‥ ?」
「なんと言うか、周囲の喧騒と云うか、そんな状況もありまして ‥ 」
「はい」
「二人共、マリッジ・ブルーの様な状態になりまして ‥ 」
「はい ‥ ?」
「このまま、結婚していいものかと」
「ああ」
「そう考える様に、なりました」
そうか。
そう云うことか。
リュウは、ようやっと、合点する。
この結婚について、二人共、疑問が、出て来た。
だから、このまま結婚していいものかどうか、迷っている。
そこで、この前占ってもらった、御用占い師のリュウに、相談に乗って欲しい。
と、こう云うことか。
リュウは、合点するも、少し慌てる。
今のマリッジ・ブルーの原因て、身体の調子が良くなって、物事を、改めて考えられる様になったことが、原因やろ。
身体の調子が良くなったのって、俺が、二人の身体の基礎代謝、上げたからやん。
ええっ!?
俺が、遠因か!?
リュウは、秘かに、愕然とする。
まさか、自分が、王女様と男性の、困っている状況の一部分を、担っているとは。
責任の一端が、まさか、自分にあるとは。
まごうこと無き、一億三千万人弱、全国民の関心事。
全世界でも、国家首脳クラスには、ある程度の関心事。
まあ、歴史の一ページを、刻むもの。
それが、俺の、良かれと思った、何の気無しの行動に、左右されとんのか!?
うわちゃ~。
そう思いながらも、リュウは、ある面では、納得していた。
王女様と男性の溶け合う半身に、隙[間]が、できていたこと。
[意思の糸]の太さ・強さに、違いが、見受けられなかったこと。
それらに、合点がいく。
お互いの溶け合う半身に、隙[間]ができているのは、マリッジ・ブルーの様な、今の二人の気持ちを、反映してのこと。
リュウの基礎代謝向上策は、[意思の糸]には、なんら作用してないわけだから、[意思の糸]が、太くも強くも、なるはずがない。
どーしよう?
多分、このままにしていても、改善はしない。
どころか、マリッジ・ブルーは進み、隙[間]は、ますます、広がるだろう。
かと云って、基礎代謝を下げてしまえば、二人の健康を損なうことになるわけだから、現実的でない。
‥‥ う~ん ‥‥
リュウは、眼を閉じて、沈思黙考する。
自分の頭と心の中へ、深く深く、ダイブする。
王女様と男性は、考え込むリュウを、心配そうに、見守る。
その間、数十秒。
でも、リュウと、王女様と、男性にとっては、邯鄲の夢が如く、幾星霜にも感じられる。
リュウが、眼を、開く。
眼を開いて、見つめる。
王女様と男性を、見つめる。
口元を、綻ばせながら。
やっぱ、これしかないか。
リュウは、思い定めて、二人に、微笑み掛ける。
リュウの様子を見て、王女様と男性は、目に見えて、ホッする。
安堵しながらも、『どうするのか?』、興味津々の体を表わす。
「何も言わず、僕の言う通りにして下さい」
リュウの言葉に、王女様と男性は、少し、眉をひそめる。
「ああ、変なことは、強要しません。
安心して下さい」
そう言うと、椅子から立ち上がり、クルッと、身体を、翻す。
リュウは、二人に、背を向ける。
「お二人共、僕の肩に、手を置いて下さい」
王女様と男性が、戸惑いながらも、おずおずと動き出す。
リュウは、気付いた様に、続ける。
「ああ、王女様は、左手で僕の右肩に、男の人は、右手で僕の左肩に、
手を置いて下さい」
二人は、おそるおそる、リュウの両肩に、手を置く。
王女様は、右肩へ。
男性は、左肩へ。
リュウは、眼を再び閉じ、念じる。
俺の[意思の糸]よ、頼むで。
もし、リュウの様な右眼([間]を見ることのできる眼)を持つ人が、リュウを見たら、一目瞭然だ。
リュウの半身も、分かれている。
右半身と左半身が、分かれ裂かれている。
それを繋ぐのは、幾つかの[意思の糸]。
それは、太さは、さほどではない。
が、半端無く強靭で、しなやかだ。
しかも、数が多い。
その様は、半身が、沢山のケーブルやコードに繋がれた、華奢なゴーレムの様だ。
そのリュウの右半身の肩に、王女様が、
左半身の肩に、男性が、
手を、置いている。
二人が手を置くやいなや、リュウの[意思の糸]達が、脈動し出す。
いや、脈動は既にしていたが、それが、目に見えて、大きくなる。
しかも、じんわり、光り出す。
脈動に合わせて、光を放出して、強弱を付ける。
リュウの半身は、それぞれ、存在する立脚点が、異なる。
もっと、言えば、違うステージにあるもの同士が、結び付いている。
例えて云えば、右半身は、俗、暗、脇道。
対して、左半身は、聖、光、王道。
『右と左で、真逆な存在』、と云える。
それを繋ぐのは、[意思の糸]。
多数の、強靭な、[意思の糸]達。
[意思の糸]が、より分かれよう、より裂けようとする、右半身・左半身を、結び付けている。
その、自らの[意思の糸]の効果で、リュウは、隙[間]を、埋めようとしている。
王女様と男性の隙[間]を、埋めようとしている。
溶け合う半身にできた[間]を、無くそうと、している。
リュウの[意思の糸]の脈動に伴い、王女様と男性の隙[間]が、溶け合う半身にできた[間]が、蠢き出す。
[意思の糸]の脈動に合わせ、震える。
脈動のサイクルが、一つ終わる度に、隙[間]が縮まる、小さくなる。
リュウの[意思の糸]の強さ、活発さに、引きずられる形で、隙[間]は縮まる、小さくなる。
リュウの[意思の糸]の作用を受けた隙[間]は、みるみる縮む、小さくなる。
小さくなって、消え去る。
あれよあれよと言う間に、隙[間]の数は、減る。
残っているのは、比較的大きかった隙[間]だが、それも順調に、縮まっている。
時間をかけずに消え去ることは、必然。
隙[間]が消えるに従って、王女様と男性の心模様に、変化が、起こる。
マリッジ・ブルーの様な、そこはかとない、得体の知れない不安感が、消えてゆく。
それに伴い、改めて巻き起こるは、相手への思い。
周囲から巻き起こる、雑音や批評、危惧や不安の表明。
自分が慣れ親しみ、手放したくない、立場や家格、生活習慣や文化風習。
そんなもの諸々一切合財取り払った、相手への思いを、再確認する。
リュウの肩に手を置いた、王女様と男性は、眼を合わせる、見つめ合う。
王女様の左半身と、男性の右半身は、再び、溶け合う。
今は、下手に、距離取らんでも、ええか。
リュウは、事態が、目論み通りに行って、少し微笑む。
顔を歪ませて、微笑みの形を取る。
が、充分には、達成できていない。
リュウの正中線を走る痛みが、顔を、歪ませる。
リュウの[意思の糸]は、リュウの右半身と左半身を、繋ぐもの。
決して、交わることの無い、右半身と左半身を、繋ぐもの。
右半身は、言わば、俗、暗、脇道の世界に属するもの。
対して、左半身は、聖、光、王道の世界に属するもの。
溶け合うどころか、交わることも、難しい。
それら半身を繋ぐのが、[意思の糸]。
通常の強度や性能の[意思の糸]では、その役割は、果たせない。
リュウの[意思の糸]は、その存在理由からも、特別製、と云える。
だから、今回のような事態にも、対処できる。
[意思の糸]自体の、繋ぐ力、寄せ合う力が強いので、空いた隙[間]を、縮める、埋めることができる。
が、その分、その力を、外部に使うことになる。
リュウの身体の外に、使うことになる。
それに伴い、リュウの右半身と左半身を繋ぐ力は、弱くなる。
結果、右半身と左半身は、離れようとする。
分かれようとする、裂かれようとする。
だから、[意思の糸]に、負担が掛かる。
リュウの正中線にある[意思の糸]に、傷みが、走る。
リュウの正中線に、傷みが、走る。
王女様と男性は、気付く。
心の中が、嘘の様に、晴れ渡ってゆくのに、気付く。
マリッジ・ブルーは、雲散霧消。
跡形も無く、消え去る。
色々、障害とかはあるだろうが、『まあ、なんとかなるやろう』の気概に満ちる。
王女様と男性は、眼を合わせる。
視線を、交わす。
アイ・コンタクト。
一瞬にして、お互いの心持ちを、確認する。
王女様と男性は、リュウの肩から、手を放す。
放して、礼を言う。
「「 ‥ ありがとう御座いました ‥ ! 」」
振り向いたリュウを見て、王女様と男性は、驚く。
顔が土気色になり、頬がこけている。
心なしか、眼が窪み、皺が増えている。
唇は、紫色。
この一刻の内に、リュウが、多大な変化をしている。
そして、その原因は、自分達にあることを、王女様と男性は、直感する。
二人の晴れ渡る心と引き換えに、リュウがこの状態に陥ったことを、一瞬で、理解する。
「「 ‥ リュウさん ‥ 」」
王女様と男性は、ほぼ同時に、声を漏らす。
リュウは、左手を上げて、その声に応える。
「ああ、大丈夫です。
時間経てば、回復します」
リュウは、自分の変化が分かっている様に、何度も経験しているかの様に、答える。
リュウは、立ち上がる。
ピンと伸びていた背筋が、猫背になっている。
「じゃあ、失礼します」
部屋を、出てゆく。
疑問だらけの王女様と男性を残し、リュウは、去る。
部屋から、素早く、去る。
今の自分の精神力では、自分の体調と向き合うのが精一杯という感じで、リュウは、去る。
人を思いやる余裕が、今は、無い。
まだまだ、精進が、足りんな。
リュウは、痛む正中線を抱え、思い反省する。
『おいおい』
リュウの右半身が、右が、呟く。
頭の中で、呟く。
『そんなやつ、いいひんで。
聖人君子、か』
リュウの左半身が、左が、答える。
頭の中で、答える。
『いやいや、おるかもしれんやろ。
てか、割と、おるやろ』
右が、再び、口を開く。
『そーかー?』
『うん』
『そうは、思えんけどな』
『確かに、
「自分の調子ええ時は、人に優しくできるけど、
自分の調子が悪い時に、人に優しくできるかで、
その人間の出来が見える」
とか言うけど、そこらへん、案外、できるやつ、いるで』
『そーかー?』
右は、納得しない。
『リュウは、どう思う?』
左が、リュウに、尋ねる。
いつの間にか、(リュウの頭の中で)三人が向き合って、三者会議になっている。
『俺は、『あんまいいひん』、と思うけどなー』
『そやろ』
『なんや、リュウも、右サイドか』
左は、リュウに訊いて、藪蛇になる。
状況は、2:1、になる。
『ところで、リュウは、どやねん?』
左は、続けて、リュウに、問う。
『『そうありたい』、と思てる』
『「自分の調子が悪い時でも、人に優しくできる人」?』
『そう。
だから、『精進せんとなー』、と思てる』
『おいおい』
右が、口を、挟んで、続ける。
『俺の考えの方が理解できるから、
「現状のままでええやんけ」、やないんか?』
『ああ、違う。
右の考え方が分かるから、現状はそう認識せざるを得ないから、
「もっと、精進せんとなー」、って感じ』
『なんや、思考形態は、左サイドやないか』
右が、ちょっと口を、尖がらす。
『そういや、そうやな。
でも、元々、そっちの方のマインド、薄いからな』
『そっちの方?』
『怠けるとか、妬むとかの、マインド』
『それが、聖人君子じみてるんやろ?』
『いやいや、怠けても妬んでも、そんな感じになったら、
結局、しっぺ返し喰らって痛い目に遭うのは、自分やん。
そんなん、嫌なだけや』
『ああ、そうか。
そう言われたら、分かるな。
自分の利益的に?』
『そう、自分の利益的に。
ショート・スパンで考えるか、ロング・スパンで考えるかやな』
右は、ちょっと、眉を寄せる。
『ショート・スパンと、ロング・スパン?』
『そう。
怠けたり妬んだりしたら、物理的にも精神的にも、
ショート・スパンと云うか、短い期間で即、
『利益がある』、とは思うねん』
『うん』
『でも、そう云うのって、
ロング・スパンと云うか、長い目で見ると云うか、大きく見れば、
『絶対的に、不利益になる』、と思うねん』
『そういや、そやな』
『だから、結局、そう云うことしたら、
「自分が、不利益を被る」ことになるやん』
『なるほど』
『やから、そんなことしいひん。
聖人君子然としてるんやなくて、正当な打算の結果』
『そう言われたら、分かるな』
右も、得心する。
『と、云うわけやな』
左が、ドヤ顔で、頷く。
『いやいや』
右が、(リュウの頭の中で)右手を振って、答えて、続ける。
『お前の手柄やない、から』
『リュウの手柄は、俺の手柄みたいなもんやろ』
『いやいや。
俺ら、各自、独立存在みたいなもんやん』
『いやいや。
俺ら三人、当に、一心同体少女隊、やん』
右と左の、言い争いが、始まる。
いつものこととは云え、リュウは、呆れる。
うんざりも、する。
『争う必要無い、やろ』
『『 へっ? 』』
リュウの言葉に、右も左も、疑問の顔を向ける。
『二人はお互い、マインドも主義も行動も、その他諸々も、
『真逆』やと、思う』
『『 そうや 』』
右と左は、声を揃えて、即答する。
『でもな』
『『 うん 』』
『『目指すところは、一緒』、やと思うねん』
『『 はい? 』』
『手法に違いがあっても、『目指す目的は、一緒』、やと思うねん』
右が、言う。
『具体的に、言ってくれ』
『 ‥ 例えば ‥ 』
リュウは、考え込み、続ける。
『「俺が、機嫌良う動ける」とか、「ええ感じで動ける」とかが、
まず第一なわけやん。
それが、右も左も、「機嫌良う過ごせる」ことに、直結してるから』
『そやな』
『だから、その目的を達成する手法が、
ダーク・サイドに寄ってるか、ライト・サイドに寄ってるか、
の違いなんとちゃうか?』
『そうなんか?』
『右は、ダーク・サイド寄り。
左は、ライト・サイド寄り。
でも、「目指すところは、一緒」やろ』
右と左は、顔を合わせる。
視線を、交わす。
そういや、そんな気もする。
争うだけ、無駄か。
でも、自分の手法が使われへんのは、癪やな~。
『だからさ』
『おお』
『二人が提示してくれた選択肢を、俺が、随時、採用して使ってゆくわ』
『はい?』
『この場面で取る手法は、ライト・サイド寄り。
この場面で取る手法は、ダーク・サイド寄り。
と云った風に、随時、取る手法を、判断してゆくわ』
『そう云うことか』
『まあ、『ライト・サイド寄り八割、ダーク・サイド寄り二割』、
くらいになると思うけど』
右は、肩を少し竦めて、言う。
『まあ、そんなもんやろ。
ええ人悪い人がいるんやなくて、一人の人間に、
ええとこも悪いとこも、あるんやからな』
『同感』
右の言葉に、左も同意する。
リュウは、トイレの便座から、立ち上がる。
自分内の会話に目途を付け、立ち上がる。
いつの間にか、トイレに入っていた。
トイレの個室、大きい方の部屋に、入っていた。
そして、便座に、腰掛けていた。
自分内会話をしながら、自分内会話に集中する為、トイレに入り、個室に籠って居たらしい。
蛇口から水を出し、手を洗い、口と喉を濯ぐ。
鏡に、自分の顔と身体を、映す。
居ずまい佇まいを、チェックする。
眼鏡の具合を、チェックする。
レンズに遮られ、瞳は、見えない。
余程、気を付けて、見つめられないと、瞳は、見えない。
人から、瞳を見られることは、無いだろう。
トイレから出て、待ち合いの間に、向かう。
海原所長とレイジが待ち受ける部屋へ、向かう。
ガラッ
部屋に入ると、海原所長とレイジが、顔を上げる。
戸を開ける音を合図に、揃えて、顔を上げる。
「どやった?」
「どうでした?」
海原所長とレイジは、間髪入れず、立て続けに、問いを発する。
「 ‥ あ~ ‥ 」
リュウは、ちょっと溜めて、言う。
「多分、大丈夫、です」
海原所長とレイジは、怪訝な顔を、する。
安心はしたものの、『何が、大丈夫』なのか、分からない。
「何やったんや?」
二人の疑問を代表して、海原所長が、問う。
「 ‥ あ~ ‥ 」
リュウは、言い淀む。
数瞬、間を置いて、答える。
「なんや、「このまま結婚して、いいのでしょうか?」とか、
そんな感じの相談でした」
海原所長とレイジは、リュウに言い淀みに、直感する。
リュウの言い様に、直感する。
『余り、表沙汰にしたくないことを、相談されたな』
『なんや、プライベートで、デリケートなこと、相談されたんですね』
海原所長とレイジは、合点して、労う。
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
海原所長とレイジは、そのまま流して、大人の対応をする。
発表、される。
王女様と男性の、婚姻スケジュールが、発表される。
なんやかんや、いろいろ儀式をした後、王女様は、王室を抜けるらしい。
王室を抜けて、王族から庶民になって、男性の家に、入るらしい。
つまり、「一般人と変わらぬ生活をする」様になる、と云うことだ。
普通に、スーパーに行ったり、トイレットペーパーを買ったり、医者に掛かったりすることになる。
今後は、もっと気楽に、会える様になるな~。
リュウは、王女様と男性が、テレビに映る度、新聞に載る度、そう思う。
王女様と男性の隙[間]も、見掛ける度に、小さくなっている、縮まっている。
[間]が、溶け合う半身に抗うことが、できない。
王女様の左半身と、男性の右半身は、微笑ましく、べったりだ。
まあ、謂わば、『ホンマに仲のいい、フツーのカップル』、になって来たってことやな。
変に、立場とか絡んで来るから、ややこしく感じんねん。
リュウは、
『そら、国で一番、家筋のことを考えんといかん結婚やけど、
もうちょびっと、当人のことも考えてやってもええんやないか』
、とも思う。
他人同士でも溶け合えんのに、『俺自信は、あかん』、てな~。
リュウは、王女様と男性の溶け合う半身が、ちょっと、羨ましい。
リュウの右半身と左半身が、溶け合うことは、無い。
重なり合うことも、無い。
常に、一定の距離、[間]を、保っている。
いや、その[間]も、[意思の糸]のお蔭で、保っていられる。
[意思の糸]が無ければ、離れる一方だろう。
文字通り、精神分裂、だ。
見た目には、全身一つでも、中身や心は、半身離ればなれ、だ。
ある意味、右半身と左半身で、住む世界、居るステージが、異なる。
その異なる世界とかステージのものを、[意思の糸]の力で、なんとか、引き付け合っている、寄せ合っている。
それが、リュウの現状。
まあ、そのお蔭で、ヘンな力も、あるんやけどな。
その、ヘンな力が、今回、役に立ったわけだ。
王女様と男性のマリッジ・ブルーを、吹き飛ばしたわけだ。
この国の、最重要行事の一つに、貢献したわけだ。
「そこで俺が、言うてん」
「何て?」
「やすとも、かっ!」
「なんでやねんっ!」
丁度、ええ。
[間]が、丁度ええ。
この漫才師は、精進して、場数を踏んで来たようだ。
二人が、阿吽の呼吸で、ボケとツッコミを、繰り出している。
リュウの右眼には、漫才師の的確な[間]が、ハッキリと見えている。
ボケの[間]も、ツッコミの[間]も、まさに、的確。
[間]が適度な大きさ広さで、円みを帯びている。
お笑い番組が終わり、CMを挟み、ニュースが、始まる。
「実子様と男性夫婦に、第二子が生まれていた」、とのこと。
実子様は、王族では無くなったのに、ニュースは、その後を、フォローしてくれる。
追っかけることはしないにしても、動きがあれば、随時、報道してくれる。
実子様と男性の夫婦には、『痛し痒し』だと思うが、『これくらいは、かまへんやろ』と、リュウは、思っている。
その後が、気になるし、気にもしてるし。
さすがに、ニュースコメントだけの報道で、映像は無い。
それでも、家族仲睦まじい様子が、伝わって来る。
相変わらす、実子様の左半身と、男性の右半身は、溶け合っていることだろう。
よしんば、隙[間]が発生することがあっても、すぐ、解消していることだろう。
それに伴い、お互いの[意思の糸]も、強靭に太く、なっているに違いない。
各人の、分かれ裂かれた半身を、ガッチリと、結び付けているに違いない。
理想と現実の折り合いを付ける様に、日常と非日常の折り合いを付ける様に。
そこに、近々、第一子も入るやろな。
いや、もう、入っているかも。
第二子も、入るやろな。
入る入らん以前に、両親が、ふんわりと包み込むか。
リュウは、四人家族を想像して、少し、顔が緩む。
リュウは、テレビを切ると、主電源も落とす。
基本、『ニュースとスポーツ、見れたらええやん』なので、テレビを眠りにつかす。
今日も今日とて、[御用占い師 支部事務所]へ、出掛ける。
ケータイとかスマホとかタブレットとか、そういうものは持っていないので、『何か用が無いか』を確かめに、事務所に顔を出す。
「おはよう御座います」
「 おはよう 」
「「「 おはよう御座います 」」」
事務所に入ると、海原所長とレイジと数人が、挨拶を返す。
他は、出払っているみたいだ。
事務所員とは云え、デスクワークばかりの仕事では無いから、無理も無い。
「リュウ」
「はい」
海原所長に、呼ばれる。
「なんですか?」
「これ」
海原所長が、一枚の葉書を、手渡す。
上半分を写真が占めた葉書、だ。
「私達、結婚しました」とか「子供が産まれました」とか、そんなやつだ。
ああ。
リュウは、合点する。
なんとなく、予想が、つく。
手渡された葉書に、写っている。
仲睦まじい四人家族が、写っている。
実子様と男性と、第一子と第二子と。
「お前の住所分からんみたいで、こっちの事務所に、送られて来てた」
「ありがとう御座います」
海原所長は、微苦笑しながら、言葉を続ける。
「だいぶ、好意持たれてるみたいやな」
「そうみたいですね」
「何してあげたんや?」
海原所長は、爽やかにニヤニヤしながら、リュウに問う。
「いや、これと云って」
リュウは、確かに、実子様と男性のマリッジ・ブルーを、吹き飛ばした。
が、それは、リュウにとって、必ずしも、特別なことでは無い。
老若男女、見た目の貴賤、その他諸々関係無く、『必要や』と思ったら、処置を施している。
そこへ、レイジが、話に入って来る。
「リュウさん」
「ん?」
「ちょっと、いいですか?」
「あの非公式なんですが ‥ 」
レイジは、海原所長に、目配せする。
海原所長も、『ああ、あの件やな』みたいな顔で、合点する。
「王室から呼び出しが、また、来ていまして」
「俺に?」
「リュウさん、御指名です」
「なんでまた?」
「今度の御依頼人は、実子様の妹君、とのことです」
「ああ ‥ そう云うことか」
妹が悩んでいるのを知った実子様が、リュウを、推薦したらしい。
なんか、こちとら占い師やのに、なんか、悩み事相談人とかカウンセラーとか、ドラえもんみたいになってるなー。
「まあ、リュウ、頼むわ」
「はい。
分かりました」
海原所長の言葉に、了解する。
次いで、海原所長とレイジを、視界に入れる。
右眼の視界に、入れる。
海原所長とレイジの身体は、各人、右半身と左半身に、分かれ裂かれていない。
お互いの身体が、溶け合ってもいない。
が、ぴったりと、距離を置いて、寄り添っている。
お互い、独立しつつも、寄り添っている。
そこに、変な隙[間]は、無い。
右眼が映し出す光景が、海原所長とレイジの関係を、如実に、表わしている。
一言で言えば、仲が良い。
リュウは、右眼に見えた光景に、(心の中で)微笑む。
海原所長は、リュウの落ち着いた様子をとらえて、次の言葉に紡ぐ。
「あ、で今度は、一人で王室行ってな」
「はい?」
海原所長の言い様に、リュウは、訊き返す。
「いや、一回行って、充分に信頼してくれはったらしく、
「今度からは、リュウ様、おひとりで来て下さって、構いません」、
とのことや」
「はあ」
リュウは、続ける。
「レイジは?」
「それは、どっちでもかまへん、らしい」
リュウは、レイジの方に言う。
「ある意味、お前も、信頼されとんな」
「信頼されてるんですかねー ‥ ?」
レイジは、複雑な表情を、隠さない。
「で、それは、いつですか?」
リュウが、海原所長に、訊く。
「今日、これからや」
海原所長が、即答する。
「はい?」
「何や?」
「今これから、ですか?」
「そう」
『そうやけど、何か?』みたいな感じで、海原所長は、答える。
「いや、レクチャーとか、前もって打ち合わせとか」
「ああ、必要無い。
前とおんなじ感じ」
海原所長は、実子様+男性との会見を思い出して、軽く述べる。
「そんな、ザックリな」
リュウは、ちょっと、呆れ困る。
「そうは言うても、俺らも、詳しいこと、あんま聞いてへんもん。
詳しい依頼内容は、「会ってから、お話しします」、ってさ」
海原所長は、リュウの様子に、フォローを入れる。
リュウとレイジは、王宮に、向かう。
まさか、この短期間で、二回も王宮に出向くとは、思わなかった。
そして、なんか、嫌な予感も、する。
損害とか負担とかは被りそうに無いが、なんか、嫌な予感がする。
重なって来そうな、カブって来そうな、嫌な予感がする。
ゴゴゴ ‥
立派な門が、やっぱり、大層に開く。
門を抜けて、しばらく、歩く。
豪壮な、木造平屋建ての玄関に、入る。
リュウは、レイジと別れ、玄関横の応接室に、入る。
前回と、変わらない。
そして、待ち受けている人達も、前回と変わらない。
女性一人に、男性一人。
男性は、庶民的な服を着ている。
が、女性は、仕立ての良さそうな服を、着ている。
華美では無いが、素人目にも、仕立ての良いことが、分かる。
ああ、やっぱりな ‥
リュウは、(心の中で)苦笑する。
右眼が、反応する。
視界が、広がる。
女性の左半身と、男性の右半身は、溶け合っている。
溶け合っているが、そこらかしこに、隙[間]も、見受けられる。
各人の、左右に分かれた半身は、幾つかの[意思の糸]で、繋がっている。
女性と男性とに、挨拶を、交わす。
女性と男性が、顔を、見合わす。
アイ・コンタクトで、何か会話しているようだ。
意を決した様に、女性が、口を開く。
「実は ‥ 」
みなまで、言わんといて下さい。
了解、です。
{了}