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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
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8  月夜の晩に

 これだけの量を食べきれるのかと思っていたが、神はおしなべて大食漢のようだ。

 まるで消えるように無くなっていく串焼きに、焼き手のハナは忙しい。

 明日の朝はこれで親子丼を作ろうと考えていたが、卵丼になりそうだ。


「おお、そうじゃ。これは手土産の桜桃じゃ。初物じゃぞ」


 ザルに山もりになっているサクランボを見たハナの目が輝いた。


「ありがとうございます」


 おじいちゃんが酒杯を持ちながら言う。


「なんじゃ? 嬉しいのか? 珍しくも無かろうに」


 ザルを受け取りながらハナが言い返した。


「サクランボは高級な果物なんだよ? なかなか手に入らないんだよ?」


 ハナの言葉を聞いた熊ジイは嬉しそうに何度も頷いている。

 

「だそうだ。良かったな。それで? 何用じゃ?」


 ハナが後片付けをするために立ち上がった。

 なんとなく聞いてはいけないような気がしたからだ。

 縁側と厨房を何往復もして、最後の七輪に手を掛けた。


「それは置いていけ。スルメを焼く」


 そう言うと懐から立派なスルメを取り出した。

 あの着物は絶対に明日洗おうと心に決めたハナだった。

 洗い物をしていても縁側の話し声が耳に届く。

 どうも熊ジイがおじいちゃんに何かを頼んでいるようだった。


「水枯れで最上のやつが困っておる。あやつが動座すると本当に枯れてしまうでなぁ。わしが代わりに来たというわけじゃ」


「俺の所より雨神の所に行くが筋じゃろう。なぜここに来た?」


「竜の所には最上が行ったよ。でもダメなんじゃ。お主以外の者は、予言はできても未来を変えることはできんだろう?」


「竜神になんと言われたのじゃ?」


「最上のやつは泣いておったよ。雨量は変わっていない。人が狂わせておるのだから放っておけと言われたんだとさ」

 

「まあそれはそう言うじゃろうなぁ。やつが霊力を遣えば大洪水が起こるとも限らん」


「だから困っておるのじゃ。長い付き合いじゃないか。呟いてやってくれろ」


 おじいちゃんが考え込んでいる。

 スルメの足を咥えながら……

 ふと熊ジイがハナを見た。

 ビクッと肩を揺らすハナ。

 悪い予感しかしない。


「なあハナ坊、お主からも頼んでくれぬか? このままではあの一帯が荒れ地となる」


 ハナは慌てた。


「お、おじいちゃん?」


 おじいちゃんが顔を上げた。


「なあ、ハナや。お前が行ってみるか? これも勉強だ。願われてホイホイと呟いていては理が成り立たん。見てみるのが一番じゃ。しかし俺もこの歳だからな……北の地は辛い」


 あどけない顔を歪ませて、腰を摩る少年には違和感しかない。


「熊ジイ、原因はわかっているのですか?」


「おうよ! 水分の神の所に供物が来ないのが始まりなのじゃ。奴が臍を曲げよって宮から出てこようとせんのじゃ」


「では、その水分の神様をお祀りしている人達に、お供えをしなさいって言えば良いだけなんじゃないですか?」


「わし等の声は誰にも届かん。姿も見えん。たまに気配を感じる人間もおるが、意思の疎通はできんのじゃ。この一言主を除いてはな」


「えっ! おじいちゃんってすごいじゃん」


 おじいちゃんを見ると頬を染めつつも満更でもない顔をしている。

 それを見た熊ジイがグッと笑いを堪えながら言う。


「わし等には担当というものがあってなぁ。わしは『生産』を担当しておる。最上は『稲作』じゃ。先ほど名が出た竜神は『雨』で、水分神は『水』。それぞれが先読みをして、なるべく良い土地になるよう動くのじゃが、供物が滞ると力が無くなる」


「なるほど……良く分からないけれど分かったような気がする」


「その辺りは古文書を紐解けばすぐに理解できるさ」


「古文書……」


 おじいちゃんがニヤニヤと笑う。


「無理を言うな。ハナは母音が5つだと思っているんだ。まだ読めも書けもしない」


「そこからか……」


「ああ、そこからだ」


 ものすごく可哀そうなものを見る目を向けられ、ハナの闘争心が燃え上がった。


「分かった。行ってくるよ。ちゃんと見てくるから。熊ジイ、明日の朝ごはんを食べたら行きましょう!」


「おお! さすが一言主の愛し子じゃ! 話が早い」


 おじいちゃんがニヤニヤしながら言う。


「まあ頑張ってこい。夕食までには戻れよ?」


「うん、わかった。お風呂沸かしてくるね」


 そう言うと、竈に残っていた火種を火箸で挟みながら、風呂場へとハナは消えた。


「良い子じゃな」


「ああ、可愛くてたまらんよ」


「羨ましいなぁ」


「やらんぞ? あれは俺の宝じゃ。なんと言うか今までの中でも一番可愛い」


「今までの中で? お主も齢を重ねたものじゃ。気弱になったか?」


「ふふふ……そうかもしれんな」


「わしも子をなしておけば良かったと思うよ。ハナ坊は本当によき娘じゃ」


 二人のあどけない少年が酒を酌み交わしながら、感慨深そうに月を見上げた。


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